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「肥満」を肯定する社会の到来

斉藤徹超高齢未来観測所
肥満をポジティブに捉える社会の到来(写真:アフロ)

肥満という概念の変化

“肥満状態”とは、単に太った状態を指し示すだけでなく、常にその状態そのものが時代価値観を背景に、ポジティブなものとして、もしくはネガティブなものとして評価され続けてきました。

かつて太古の時代、“肥満”は豊かさの象徴でもありました。縄文時代「遮光器土偶」は豊満な女性の姿がモデルですが、食物が豊富に採取できる時代ではなかった当時、豊満であることは、望むべくもない理想的な身体体型でした。また、19世紀末の画家ルノワールが描くふくよかな女性の姿は、近代家族における豊かな家族像を象徴的に表象したものでもありました。

古代から前近代まで、豊かさの象徴であった肥満は、工業社会の到来とともにネガティブな存在として語られる機会が増えてきました。

「肥満児」という言葉が、初めて新聞紙面をにぎわしたのは昭和40年代のことです。都市化を背景に当時頻繁に起こった化学スモッグで外出できなかったことが「肥満児」増加につながったと当時の新聞では論評されていますが、もちろんさまざまな子供向けの菓子の登場や食生活・栄養状態の改善なども背景にはあったでしょう。子供たちに圧倒的人気を誇っていたザ・ドリフターズのメンバー「高木ブー」の泣き虫いじめられっ子キャラは、当時の肥満児の存在を背景に設定されたものでもありました。

しかし、その後1980年代に米国からはじまったフットネス・エアロビクスなどの健康ブームは、極端とも言える健康信仰者を生み出しました。「肥満は自己コントロールが出来ない人間がなる」「太った人は出世できない」などのイメージがこの頃から次第に強化されていきました。

20世紀後半から、肥満であることは非難すべき対象として認知され続けて来ました。メタボリック・シンドロームの判断基準に腹囲の大きさが対象となり、ますます肥満の存在は立場は不利になっていると言えるでしょう。

肥満者の増加と格差社会

しかし、このような時代倫理とは裏腹に、実際のところ肥満者は減るどころか、増加する傾向にあります。図1-1,1-2は昭和58年からの肥満者の割合(BMI≧25)の変遷を示したものです。(上:男性、下:女性、厚生労働省「国民健康・栄養調査」各年資料より)男女別に見ると、特に肥満者割合の上昇が目立っているのは男性です。年齢によって差はあるものの、概ね2割から3割強が肥満者の範疇に属し、近年では20代と70歳以上の肥満度が著しい伸びを占めしています。

一方で、女性は年代によって傾向に差が出ています。40代から60代は継続して肥満度は低下しているのに対して、20~30代と70代は肥満度が上昇し、その結果全体の肥満度は10~25%の間に収れんする傾向が伺えます。

図1-1 肥満者割合の推移(男性)
図1-1 肥満者割合の推移(男性)
図1-2 肥満者割合の推移(女性)
図1-2 肥満者割合の推移(女性)

ここで特に注目されるのは、男女ともに変化が著しい20代と70代の肥満度の変化です。このうち、調査対象年齢の両端の20代、70代における肥満率の上昇は、もしかすると格差社会=貧困層増大の結果として捉えることが出来るかもしれません。

昨年12月に厚生労働省が発表した「国民健康・栄養調査結果の概要」によると世帯の所得別によって栄養摂取状況に大きな差があることが明らかになっています。中でも肥満者の割合は、男女とも世帯所得が600万円以上の世帯員に比較して、200万円未満の世帯員で有意に高いと言う結果が表れています。つまり、貧しい世帯ほど肥満率が高まるということです。食品群の摂取でも、200万円未満の世帯は、野菜・肉類の摂取が少なく、穀類摂取率が高いという結果が出ていますが、これはつまり出来るだけ少ない金額で満腹感とエネルギー摂取を図りたいという意識の結果に他なりません。

年齢階級別に所状況を見ると、年収が低いのは、肥満層が増加している20代と70代の層です。図2は、平成25年国民生活基礎調査から見た世帯主の年齢階級別平均所得を示したものですが、金額が低いのは年齢の低い層と高い層です。所得と肥満率の相関を考えると20代70代の肥満率が上昇している理由がよくわかります。近年の格差社会=貧困社会の到来が、実は若者と高齢者の肥満度の上昇をもたらしているのではないでしょうか。

世帯主の年齢階級別平均所得
世帯主の年齢階級別平均所得

『マシュマロ女子』と『ミスター・ベイブ』

近年は、肥満者の増大という社会環境変化を背景に、肥満であることをポジティブな存在として捉えて行こうとする現象がそこかしこで生まれつつあります。

そのひとつが、男女ともに肥満を対象とした雑誌の創刊です。2013年3月創刊の『la falfa』(ラ ファーファ)は、ぶんか社が創刊した太った女性を対象とした雑誌で、同誌のキャッチコピーは「ぽちゃり女子のおしゃれ応援マガジン」。表紙モデルは創刊号から2年間にわたり渡辺直美がつとめ、ぽっちゃり女子を表現するワードとして「マシュマロ女子」という言葉が誌面内を飾っています。女子に続けとばかり、ぽっちゃり体型の男性をターゲットにしたファッション・ライフスタイル誌「Mr.Babe」(ミスターベイブ)もミリオン出版から2015年10月に創刊されました。ファッション誌だけでなくリアルな店舗も登場してきています。『スマイルランド』は、カタログ通販の老舗Nissenの大きいサイズ専門ファッション・カタログ(Lサイズ~10Lサイズ)ですが、実際の店舗『スマイルランド』としてもイトーヨーカドーのインショップやショッピングモール・アリオのテナントとして出店しています。

肥満肯定社会の到来

既に外食の分野では「食べ放題」「でか盛り」「メガ盛り」など、ハイ・パフォーマンスの食提供スタイルは既に一般化しています。またテレビ番組でも、食を紹介する番組を目にしない日はありません。番組で、太ったタレントたちがおいしそうにレポートする姿がこれだけ好意を持ち、迎え入れられているのは、肥満化しつつある日本人がその自己肯定感を高めようとする意識が、その根底にあるのではないでしょうか。食からファッション分野に至る肥満をポジティブに捉えようとする動きは、今後さらにさまざまな分野に広がっていくに違いありません。

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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