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高齢者の転倒・骨折をいかにして防ぐか、最新のテクノロジーを活用して予防する

斉藤徹超高齢未来観測所
高齢者の転倒による死亡は不慮の事故の第1位(提供:イメージマート)

10月6日に、上皇后さまがお住まいの仙洞(せんとう)御所でバランスを崩し転倒されました。高齢化の進展とともに高齢者の転倒事故は大きな社会課題として浮上してきています。

人口動態統計(令和5年)によると、転倒(スリップ、つまづき及びよろめきによる同一平面上での転倒)による65歳以上高齢者の死亡数は9,662人と、交通事故による死亡者数2,116人を遥かに上回っています。高齢者の転倒をいかにして少なくするかが、健康寿命の延伸にとっても重要なテーマとなっています。

高齢者が転倒し、骨折することを防ぐためには、ウォーキングを行う、ヒンズースクワットをするなど日頃の運動習慣が重要と言われています。しかし、いくら運動を行っていたとしても、年齢とともに筋力は衰え、結果として転倒するリスクは高まります。

そうしたリスクを低減するために期待されるのがテクノロジーの力です。AIやIoT、センサーなどの技術を活用し、高齢者が転倒する可能性を未然に防ぎ、予防する、そうした技術がいくつか生まれています。

高齢者の生活課題をテクノロジーによって解決する技術はエイジ・テック(Age-Tech)と呼ばれています。ここでは、転倒防止テーマに焦点を当てた、フランス、アメリカなど海外のエイジ・テック企業のケースをいくつか紹介したいと思います。

転倒の際に腰を保護するエアバッグ「ヒップエア」

高齢期における大きな健康リスクのひとつが転倒です。予期せぬ場所での転倒がきっかけとなり、肘や腰を骨折し、数ヶ月にわたるリハビリが必要とされ、最悪の場合は寝たきりを余儀なくされます。

こうしたこともあり、エイジ・テックでは数多くの転倒関連のデバイスが開発されている。アップルウォッチに代表されるような加速度センサーを備えたウェアラブル端末や、家庭内に設置したセンサーなどで転倒を感知。すぐさま家族や施設職員などに転倒を連絡するデバイスは、多数開発されています。しかしそれらの多くは、転倒したことを通知するという、あくまで事後対処的な装置である。即座の対応は可能でも、転倒した事実を変えることはできません。

「ヒップエア」の紹介ビデオ

フランスのヘリテ社が開発した「ヒップエア」は、転倒の瞬間にエアバッグを膨らませ、腰を保護しようとするウェアラブル・デバイスです。これを装着しておけば、万が一に転倒した際にも、センサーが転倒を検知すると、約0.2秒で検知し、0.08秒で転倒側のエアバッグが膨らみます。特殊なエアバッグ形状により、腿骨頚部は地面に衝突する前に保護され、股関節や骨盤を守ることができるのです。

ヘリテ社は、2002年から長年にわたり、オートバイや乗馬、自転車などの用途におけるエアバッグ保護システムを開発しており、その技術を活用してシニア向けエアバッグが開発されました。

現在、この「ヒップエア」はオンラインでも販売されており、日本円換算約12 万円で販売されています。

あなたの転倒リスクを予測する測定器「ジブリオ」

要介護状態にならないためのひとつに挙げられるのが、転倒リスクを避けることです。

米国テキサス州ヒューストンのテキサス・メディカル・センター(Texas Medical Center)で活動するメンバーを中心に開発されたジブリオ(ZIBRIO)は、自分の身体バランスを測定することができる計測器です。

測定の仕方は極めて簡単で、ジブリオの上に乗り、1分間じっと静止しているだけ。しかし、実際には、何もせずに60秒間立ち続けるのは、実は極めて困難です。よほど体幹が強い人でない限り、人は直立を保つために小さな体のバランス調整を行っています。

「ジブリオ」の紹介ビデオ

ジブリオ(ZIBRIO)は、そうした身体がバランスを取ろうとする圧力変化の動きを全て測定し、AIによるディープラーニング・データを適用し、利用者の姿勢制御の安定性と不安定性のパターンを識別し、10点満点のバランススコアとして算出します。そして、ユーザーが今後12か月間に転倒するかどうかの可能性を予測するのです。

バランススコアを算出する技術は、BrioCoreテクノロジー(特許取得)に基づいており、宇宙飛行士やアスリート、高齢者などを対象に15年間にわたり蓄積されてきた研究成果がベースとなっています。

簡単に客観データとして見ることが可能となることで、自分のバランスが低下しているのか、バランス・エクササイズの効果が出ているのかを知ることができます。

ジブリオ・チームのCEO、キャサリン・フォースは、運動制御の博士号を持ち、NASAで博士号取得後の研究を行った姿勢の安定性に関する専門家です。2014年から高齢者に関するバランスの研究を始め、その後シードラウンド資金を調達することで、研究にさらなる厚みが加わりました。2019年にはSXSWのピッチコンテスト、ヘルス&ウェアラブル部門、NASAピッチでファイナリストに選出され、2020年にはAARP のInnovation Labs のGrand Pitch Finaleでなどで優勝を果たしています。

AIを活用したウエラブル端末「テンポ」

一般に年齢が高くなるほど、日々のコンディションは次第に不安定になります。日常のちょっとした変化に気づけないことが、その後の健康悪化につながってしまう場合もあります。

そうしたことを予防するのが、ケア・プレディクトが提供するAIウェアラブル端末、テンポ(Tempo)です。

テンポは高齢者の日常行動を常にモニタリングし、健康状態の低下の兆候に気づき、早期介入を図り、予防に繋げることを目的としています。

例えば、同社によると高齢者がうつ状態になる場合、その数日前から、落ち着かない睡眠パターン、衛生状態の悪化、食事パターンの変化などが見られるようになります。テンポは、この微妙な変化を検出し、健康状態の悪化を予測するのです。

腕時計型の端末は、リモートセンシング技術を使い、食事、歩行、位置情報、活動レベル、睡眠時間、睡眠の質、料理、入浴、食事時間といった情報を常時収集します。継続的に収集されたこれらの情報はAIによる深層学習で解析され、高齢者の行動パターンを学習し、そのパターンの変化を予見します。最終的な予測と警告は、ブラウザやスマートデバイス上で自動化されたデジタルダッシュボード上で、実用的なウェルネスインサイトとして介護者に提供されるのです。

「テンポ」の紹介ビデオ

こうしたテクノロジー活用により、転倒、栄養失調、うつ、セルフネグレクト、栄養失調、尿路結石といった深刻なリスクを引き起こす前の小さな変化に気づき、早期に注意を払うことができるようになります。実際にこれを使うことで、尿路感染症を臨床診断より最大3.7日早く、うつを実診断よりも2週間早く予想できたそうです。

テンポが使用されているのは主に介護施設です。転倒情報を含むすべての注意アラートをスタッフにプッシュ送信することで、問題が発生する前に発見することができるのです。端末には双方向のマイクが内蔵されており、高齢者が必要なときにいつでも助けを求めることができるようにもなっています。

以上、簡単に転倒防止関連のエイジ・テックをいくつかご紹介しました。

エイジ・テックは、健康維持や介護予防などのヘルスケア分野を中心としながらも、幅広い領域の高齢者課題がテーマです。高齢者の買い物支援、オレオレ詐欺防止、金融サポート、遺産相続、孤独を防止する人との繋がり支援などもエイジテックのテーマとなっており、超高齢社会の中でエイジテックが貢献できる領域は多岐に存在すると言えます。

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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