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「団地のふたり」に見る、おひとりさま女子と超高齢化社会の未来

斉藤徹超高齢未来観測所

現在NHK (BSプレミアム 4K/NHK BS 毎週日曜 夜10時~10時49分)で放映されているプレミアムドラマ「団地のふたり」が非常に面白い。

このドラマは、東京郊外「夕陽野団地」を舞台に、ふたりの中年をむかえる女性、なっちゃん(桜井奈津子/小林聡美)とノエチ(太田野枝/小泉今日子)の友情を中心に、団地のさまざまな住民との交流を描いた、コミカルかつ心温まる日常ドラマである。しかし一方で、このドラマには、女性の社会進出、単身女性の高齢化、団地の持つコミュニティの可能性など、社会学的な視点からも、非常に興味深いテーマが多く含まれている。この記事において、少し読み解いてみたいと思う。

(なお、本文での読み解きは、場所の設定、年齢設定などはテレビドラマでの設定を参照しながら、原作『団地のふたり』藤野千夜著、双葉文庫も併せて参考にしている。/また、こちらの文章はネタバレを含んでいます。)

「団地のふたり」のあらすじ

「団地のふたり」の主人公は、イラストレーターを少しずつ続けながら、ネットでの不用品販売を販売するなっちゃんと、子供の頃から神童と呼ばれ、大学院まで進んだものの、大学で職を得られず、現在は非常勤講師として働き続けているノエチのふたりである。

ふたりは、保育園から55歳となる現在まで半世紀以上続く幼なじみ。小中学校までは一緒だったが、高校からは別の道を歩み、その後それぞれ就職、結婚、同棲などで団地を離れたものの、共にうまくいかず、再び団地に舞い戻ってきている。

なっちゃんの母親が、親戚の介護のために1年以上郷里の静岡に帰っていることもあり、ノエチは暇があるとすぐになっちゃんの家を訪れ、まるで中学生か高校生のように、親密な関係を続けている。

「団地のふたり」の舞台

「団地のふたり」の舞台(テレビの設定)は、東京都の郊外、東久留米市にある滝山団地(番組では「夕日野団地」)である。滝山団地は日本住宅公団により、1968年から70年にかけて建てられた大規模団地で、当時開発されていたひばりが丘団地、東久留米団地をしのぐ敷地面積35万坪、総戸数3180戸の大規模団地として開発された。

テレビの風景でも良くわかるように、当時の大規模開発団地は、遊歩道や公園が数多く整備されている。車の進入も制限され、ヒューマンスケールあふれる開発がなされている。ただし交通の便には恵まれておらず、バスを利用しない場合、最寄駅(花小金井駅もしくは東久留米駅)からは徒歩で40〜50分は覚悟しなくてはならない。

滝山団地の風景

出所:公団ウォーカー
出所:公団ウォーカー

当時、こうした団地の入居申し込み人気はすさまじく、通常の抽選倍率は数十倍が当たり前。抽選に続けて二十回、三十回落ちるのは普通の出来事であった。当時の人々にとって団地に住まうということは、まさに「夢の文化生活」を手にいれるのと同義であった。

ノエチの両親、太田昌夫(橋爪功)と節子(丘みつ子)の夫婦もそうして団地の住居を入手した。団地の販売時期が、ノエチの出生とほぼ同時であることから、太田夫婦は出産を機にこの滝山団地の購入を決意したのだろう。

「団地の高齢化率」は45%

入居から半世紀以上が経過し、入居当初20代から30代であったファミリー層も高齢期を迎えている。後期高齢者となった住民も多い。

令和2年時点の滝山団地がある滝山二丁目、三丁目、六丁目の人口総数は6,329人で、世帯数は3,389世帯。高齢化率(65歳以上)は概ね45、6%となっており、東久留米市の高齢化率28%と比較しても相当高齢化していることがわかる。(「東久留米市住民基本台帳」による)

「そもそもファミリー向けの団地だったのに、昭和の子どもが成人して出て行き、平成の子どもたちも出て行き、現在は配偶者に先立たれた高齢の単身世帯も少なくない」(「団地のふたり」)

番組に出てくる雨戸の張り替えをお願いする佐久間のおばちゃん(由紀さおり)や「天城越え」を色っぽく歌う福田さん(名取裕子)、無口で人付き合いの悪い東山さん(ベンガル)も、そうした人々のひとりである。

しかし、高齢者だらけであっても、そうした人々が集い太極拳が行える公園が敷地内にあったり、ノエチの父が理事長を務める管理組合が機能していることによって、単身高齢者を見守る体制が整っている。

ちなみに、なっちゃんの家は9号棟の一階、ノエチの家は十号棟の3階で(書籍による)あり、団地の配置図を確認すると、棟としては斜め向かいの味噌汁の冷めない距離に位置する、ご近所さんと言える。

滝山団地の配置図

出所:UR都市機構
出所:UR都市機構

「団地のふたり」が育った社会環境

彼女たちの生まれ育った社会環境についても触れておこう。

現在55歳の彼女たちが生まれたのは、1968年または1969年。まさに日本は経済成長の真っ只中にあった。東名高速道路が全面開通したのも69年のことであり、学生運動や政治運動も極めて活発な時代であった。

この滝山団地も含めた団地群が、共産党員を中心とする政治活動(オルグ)場であったことを、滝山団地で育った政治学者の原武史が、著書『滝山コミューン一九七四』(講談社文庫)や『レッドアローとスターハウス』(新潮文庫)の中で実証的に明らかにしている。

1968年の日本の合計特殊出生率は2.12。この時期は戦後のベビーブームが終結し、出生率は低下傾向にあったが、それでも一組の夫婦に子供は二人というのが標準という時代であったから、団地の周辺には数多くの元気な子供たちが走り回っていたことだろう。ちなみに現在(2022年)の出生率は1.26であり、一人っ子が当たり前の時代となっている。

進学に関して見ると、なっちゃんは短大、ノエチは大学院の博士課程を修了している。

彼女たちが大学に進学したであろう1987年の女性の大学進学率は14.9%であった。一方、男性のそれは36.3%で、女性の進学率は男性の半分以下であった。(2023年の大学進学率は、男性60.7%、女性54.5%)この時代の女性の大学進学はまだ珍しいもので、ましてや大学院進学はさらに希少でおそらく1%にも満たなかったのではないか。(現在は大学に進学した女性の6.6%は大学院に進学している。)

この時代の彼女たちの就労環境にも少し触れておきたい。

1985年には、雇用分野における男女の性差別を禁止する「男女雇用機会均等法」が制定された。(当初は努力義務)それまでは、大卒女性は就職口が無いと、4年生大学ではなく短大を志望する女性が多かったが、この時代から女性の4大進学率は上昇していった。

その意味で彼女たちは、大学を卒業して就職を志望していれば門戸は開かれていたかもしれないが、1980年代のバブル景気から、90年代には一気にバブルが弾け、就職氷河期に直面したロストジェネレーション(失われた世代)に近い世代であるとも言える。

短大、大学院卒業後の状況の詳細は不明だが、ノエチは、博士号取得後、准教授の手前まで行ったものの、学内の権力闘争に巻き込まれ、非常勤講師を続けている。一度結婚を機に団地を離れたものの、33歳で離婚、団地に舞い戻ってきた。なっちゃんは短大卒業後、イラストの仕事をはじめ、最初は通販のカットからキャリアを積み上げ、一時は大手ファッション雑誌のカラーページなどもこなし、羽振りが良かったものの、いまは細々とイラストの仕事をこなしている。団地をはなれ、アパート住まいをしていたころに同棲したことはあるが結婚歴はない。

大学の正規雇用職員となることを望んでいたにも関わらず、非常勤を続けざるを得なかったという意味では、ノエチはロストジェネレーション世代であると言っていいかもしれない。なっちゃんは、自ら自由業の道を選んだから、ロスト・ジェネレーションとは言えないものの、バブル景気に翻弄された一人であるのかもしれない。

「団地のふたり」のこれからはどうなる?

さて、そんな二人が55歳の現在を「団地のふたり」では描いている。それぞれ、おひとりさま女子でありながらも、同居する両親がおり、高齢化が進む団地の中で、網戸の張り替え、ネットオークションを活用した不用品の処分支援など、高齢者たちの生活支援に彼女たちは活躍している。まさに高齢化する団地の中でのお助け女子として社会的役割を担っている。

また、なっちゃんの将来の夢は、「コロナが落ち着いたら、営業日も営業時間も、メニューも適当なカフェをどこかで開く(店番・ノエチ)」ことである。(「団地のふたり」)

こうして、幼なじみならではの仲の良い関係を続けていくことで、単身高齢者の孤立や孤独が社会的問題が大きく取り上げられる中で、こうした問題とは無縁に暮らしていけそうにも思える。

非正規雇用、おひとりさま女子を巡る将来不安

しかし、現在はそうであったとしても、十年後の未来はどうだろうか。

特に懸念されるのが、彼女たちの「貧困」(所得)に関わる問題である。高齢期における生活(賃金)水準は、それぞれの現役時代の働き方、稼ぎ方が年金に影響を及ぼす。

ノエチは、大学院卒業以来ずっと非正規雇用の状態が続いている。なっちゃんも同様で、おそらく年金は国保のみの加入であろう。従って65歳で支給される年金額もさほど期待できない。

同じおひとりさまであっても、彼女たちの先輩である佐久間のおばちゃんや福田さんは、おそらく彼女たちよりも生活にゆとりがある。彼女たちは、結婚し、長年専業主婦をつとめていたので、夫が先に亡くなったとしても、自分の年金に加え、夫の遺族年金が支給される。しかし、非正規で未婚/離別である彼女たちは、生活を持続するのに十分な年金を得ることは困難だろう。

これは、彼女たちだけの問題ではなく、バブル崩壊後から約10年間に就職活動をしたロスジェネ世代全体にわたる問題でもある。彼女たちの非正規雇用率はすっと高いままで、近年でも4,50代の6割は非正規で働き続けている。こうした人々が、今後高齢期を迎えた際に、生活可能な年金収入が得られるかどうかはなはだ疑問である。

もしかすると、「団地のふたり」も、将来においても生活の糧を得るために、ネットオークションを続けたり、団地の困りごと解消を生業として続けなくてはならないかもしれない。

おひとりさま女子の未来

こうした不安をなくしていくためには、どうしたらよいだろうか。

端的に言えば、女性が生涯未婚であってもなくても、きちんと自立し、生活可能な社会となることが最も重要ではないか。

これは、現在でも一部のキャリア志向の女性においては実現できているが、一方で、日本の女性の管理職比率は13.2%(21年)と他諸国と比較しても圧倒的に低く、そうした社会環境こそが女性が安心して活躍可能な状態を阻害している。

現役時代に女性が活躍できてこそ、初めて安心できる老後環境が整えられるのである。ロスジェネ世代の問題は、こうした女性活躍の母体が構築されていない中で、不況による就労困難がそれに追い討ちをかけたものとして考えられる。

また一方で、女性自身の意識も変わっていく必要があるだろう。これからの時代は、誰かに支えられて生きていくのはなかなか難しい世の中である。若い頃からいかに自分のキャリアを形成していくか、予め構想していくことがこれからの時代には求められてくる。なっちゃんとノエチは、その構想はしっかりと持てていたものの、バブル崩壊といった時代の波に翻弄されてしまったふたりであるとも言える。

なっちゃんとノエチのこれからの未来に幸あれ、と強く願いながらこの文章を終えたいと思う。

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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