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外山安樹子トリオをひやおろしてみた【Jazzアルバム・レヴュー&ライヴ評】

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
『Moving Again’19→'23』ジャケット写真(筆者スクショ)

外山安樹子トリオの新作『Moving Again '19→ '23』の"先行発売スペシャルライヴを観に行って、この作品とトリオのことを書き留めておきたいと思いながら、夏を越してしまった。

上質な日本酒であれば“ひやおろし”と呼ばれてグレードもアップするものだが、拙文ではそれが当てはまろうもない。

しかし、“書き留めておきたい”と思わせた外山安樹子トリオについては熟成も深まっているようなので、改めて筆をとることにする。

外山安樹子とトリオ

礼幌で生まれた外山安樹子は、6歳から本格的な音楽教育に触れ、クラシック音楽の世界で数々の輝かしい経歴を残していたが、進学に際しては早稲田大学で法律を学ぶという“リヴァースの前歴”がある。

そんな転換の時期に出逢ったのがジャズで、独学で自らのスタイルを構築して、実力派と言われる日本のミュージシャンたちに認められ共演を重ねるようになっていった。

2007年にファースト・アルバム『Lilac Songbook』(ベースの関口宗之とのデュオ)を、2009年には秋葉正樹(ドラムス)を加えたトリオで『All is in the Sky』をリリース。

本作はそれ以来不動のメンバーによる、 トリオ結成15周年を記念するアルバムでもある。

ボクは、トリオにとって4作目となるアルバム『Tres Trick』リリースのタイミングでインタヴューをする機会を得たのだけれど、そのときもトリオで4作も制作を続けるモチヴェーションについて聞いた覚えがある。

外山安樹子が燃え尽きてしまわない、つまりトリオを解散しない理由を、そのときの彼女は「ライヴするたびになにかが変わってくるという実感があ」るからと答えていたが、一方で自分の音楽活動の中心には“曲作り”があり、その曲が貯まって生まれるのがアルバムということで、それはすなわちトリオとアルバムがパラレルに存在していることを意味している。

アルバム『Moving Again '19→'23』

外山安樹子トリオの新作は、2曲のカヴァーと外山安樹子のオリジナル曲10曲を、 トリオのみの演奏によって収録している。

前述のように外山安樹子の音楽活動の中心は作曲であることを考えると、彼女の音楽性の“映し鏡”であるはずのアルバムには本人の志向、あるいは思考回路が表われるという仮定が成立するはずだ。

その前提でこのアルバムを眺めてみると、彼女が演繹的ではなく帰納的に曲を生み出していることが見えてきて、それがつまり外山安樹子という作曲家の特色というべきものであることに気づいた。

簡単に言い直せば、テーマを決めて世界観を縁取ってからなかを塗り込んでいくのではなく、ランダムなモチーフをガラガラポンして出てきた解をもう一度因数分解してしまうような自由さを感じる、ということだ。

それはつまり、小学生のころから東京藝術大学の先生にピアノを学び、中学生でピアノ協奏曲(というフォーマットに沿った作品)を作ることができてしまった経歴をリヴァースしてジャズの道を選んだ、外山安樹子の“本性”がますます色濃くなってきたアウトプットとして、本作を“印象派的Jジャズ”と混同してはいけないということを意味しているということでもある。

2023年6月8日@渋谷JZ Brat Sound of Tokyo

新作『Moving Again '19→'23』は、世界を襲ったコロナ禍の前から渦中にかけての、2019年から2023年のあいだに外山安樹子が書き貯めたオリジナル曲を中心に構成され、“再始動”を意味するタイトルが付けられている。

東京・渋谷の駅に程近いライヴ&ダイニングクラブで行なわれた当夜のライヴは、そのアルバムの発売を記念するもので、ステージに下りてきた外山安樹子は開口一番、「きょうは新しいアルバムに収録した曲をぜんぶやります!」と宣言した。

オープナー(=1曲目)に選んだのは〈まっすぐに〉という曲だ。

この曲を、「自分がやりたいことを“まっすぐに”やろうと決意して作った」と言ってから、ピアノに向き直った。

そしてボクは、外山安樹子が“まっすぐに”見つめていること(あるいは音楽)とはなんだろうと考えながら、15年の歴史を積み上げてきたこのトリオが発する音たちに埋もれていった。

その感覚はとても楽しいものだった。

アルバム冒頭を飾る〈イランカラプテ〉は不思議なタイトルだと思っていたのだけれど、彼女のMCによる説明ではアイヌ語で“こんにちは”と言う代わりの「あなたの心にもっと触れさせてください」というニュアンスを含んだ言葉だという。

とはいえ、一見ストーリー性が前面に出て来そうな曲でも、内容はイメージを固めるアプローチを選ばず、3人の音楽性が組んず解れつしながら曲のフレームを変容させていく。

セカンド・セットのスタートは〈Take Five〉と、このカヴァーの選曲もまた“作曲家”外山安樹子の志向を表わしているようでおもしろい。

エンディングに選ばれた〈This Must Be the Place〉では、導入部分で自らの語りによる詩の朗読も披露。

さらにアンコールでは、ひとりで登場した彼女が、2023年1月にリリースしたピアノ・ソロのアルバム『MY PALETTE』に収録したアメリカのロックバンド“ジャーニー”のヒット曲のカヴァー 〈Open Arms〉を弾き始め、曲後半からはトリオ・メンバーが加わってステージを締め括った。

なるほど、作曲家としての外山安樹子をトリオが変えるというのはそういうことかと、ほんのちょっとだけわかった気になって、帰途につくことになった夜だった。

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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