カフェの街のコーヒーショップ革命。「La Main Noire」で気軽にガストロノミーレベルの味を
「美食の都パリ」
とは、 私もしばしば使ってしまう言葉です。
けれどもそういうステレオタイプな言葉にあぐらをかいていてはいけないのだな、と思わせられる経験をしました。
「フランスのガストロノミーには多大な尊敬を抱いています。けれども、若い世代のシェフたちによって今どんどん変化していっているのです」
こう話すのは、今回紹介するコーヒーショップ「La Main Noire(ラ・マン・ノワール)」 のシェフ、ライアンさんです。
※お店の様子はこちらの動画からご覧いただけます。
「80年代から90年代にかけて、フランス料理は一時代を築いた後、ちょっと停滞しました。その間、最近の10年くらいの間に、ほかの国がどんどん先にいっています。
例えば、私の地元オーストラリアのメルボルン。 郊外のバーやパブなどでミュージックライブの前に食事ができるのですが、その食事がいわゆるビストロノミーのレベルなのです。
フランスのトップのガストロノミーはオーストラリアのそれよりも上だと思います。けれどもオーストラリアの平均的なレストランのレベルはフランスのそれよりも上だと思います。街角のコーヒーショップ、バーでさえ、素晴らしい食材を使って想像力に溢れた繊細な料理が食べられます。
一方、残念なことにフランスでは、多くのレストランのメニューがほとんど同じです。ハンバーガー、アントルコート(牛のリブロース)とフライドポテト、季節の魚、野菜。魚は鱈かサーモン。そんなふうにだいたい同じで、しかもしばしば美味しくなかったりする」
ライアンさんの言葉には納得するところが少なくありません。今のメルボルンの食のレベルを私は知りませんが、フランスの多くの庶民派レストランやカフェの食事メニューに個性が少ないというのはその通りだろうと思います。
「フランス人ってそんなにハンバーガーが好きだったの?」
と、聞きたくなってしまうほど、「バーガー」がメニューの筆頭にあったり、「本日の魚料理は何?」と聞けば、鱈という答えが返ってきたりすることがしばしばです。
ライアンさんはパリの三ツ星、しかも世界一のレストランとも評される名店 「ギィ・サヴォア」で経験を積んだオーストラリア出身の料理人です。彼のお母さんもまた料理人。彼女はレストランを持ってはいませんでしたが、本を出版したりテレビ番組に出演したりしていたそうです。
ライアンさんは、まず会計の道に進もうとしたそうですが、料理は常に彼のパッションでした。そこで、パリの料理学校「コルドンブルー」で学んだ後「ギィ・サヴォア」で働くという道を選びました。
そして、ライアンさんがメルボルンで意気投合した同世代のフランス人、リュドヴィクさん、カンタンさんと3人で新しいプロジェクトを立ち上げます。それが「ラ・マン・ノワール」というわけです。
伝統的なカフェ文化があるパリという土地ではむしろ新しい、メルボルンのようなコーヒーショップ、つまり、肩肘張らないカジュアルな雰囲気の空間で、美味しいコーヒーと美味しい料理を気軽に楽しめるという店を2020年に開店しました。ですが、それ以前から「ラ・マン・ノワール」オリジナルのプロダクトをクリエイトしてきました。
以前ご紹介した新しいコーヒーショップ「ル・ポン・トラヴェルセ」で、私がとても美味しいと思ったチャイの茶葉は、「ラ・マン・ノワール」のラボで作られたものでした。
こうしたチャイの材料だけでなく、様々な風味のペーストのシリーズも発表していて、それらはいずれも飲み物として、また料理の中で自由自在に生かすことのできる新しいタイプの食材です。
ヴェジタリアン、ヴィーガンといった食習慣を持つ人が少なくないパリですが、飲み物でも、カフェインやアルコールを含む従来の飲み物に代わるヘルシーで美味しい「何か」を求める風潮も見られるようになりました。
その点、お湯で煎じて、もしくは牛乳や植物性ミルクに混ぜて楽しめるブレンド茶葉やペーストのシリーズは、これからの代替飲料としてのポテンシャルも十分に持っています。
コーヒーショップというからには、もちろん美味しいコーヒーも欠かせません。けれども、豆は彼ら自身が焙煎するのではなく、一般的にはほとんど知られていない、小規模で誠実な仕事をしている焙煎家たちの豆を月替わりで紹介しています。焙煎家によって焙煎方法や風味が異なるコーヒーの豊かなバリエーションをパリの人たちに発見してもらいたいという意図からです。
ちなみに店名の意味は「黒い手」。コーヒー豆を作る人たち、焙煎家たちなど、手を黒くしながら仕事をする人々への尊敬がそこには込められているのです。