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岸田首相をターゲットにした「自爆テロ型犯罪」が発生 日本はどこへ向かっているのか

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:つのだよしお/アフロ)

本日午前11時半ごろ、和歌山県和歌山市の雑賀崎漁港で、補欠選挙の応援に訪れていた岸田総理大臣に向かって爆発物のようなものが投げ込まれた。岸田総理は無事で、爆発物を投げたとみられる容疑者は、威力業務妨害の疑いで逮捕された。

自爆テロ型犯罪

またしても、捕まってもいいと思って振るう暴力「自爆テロ型犯罪」が起きてしまった。

昨年の7月に安倍晋三元首相が銃撃され死亡した事件は記憶に新しい。

この事件の原因については、宗教団体への恨みが繰り返し報道されたが、岸田総理への襲撃も、マスコミは、宗教団体への恨みが原因と言うつもりだろうか。

仮に背景に宗教問題や政治的問題があったとしても、それは事件のトリガー(引き金)であって、そこだけにフォーカスした報道では事件の本質は見えてこないのではないか。

例えば、スクールバスを待っていた私立カリタス小学校の児童が刺殺された事件(2019年)、京都アニメーションが放火され社員36人が死亡した事件(2019年)、ハロウィーンの夜に悪のカリスマ「ジョーカー」に似せた服装をした男が京王線の乗客を襲った事件(2021年)、大阪市の心療内科クリニックが放火され院長ら26人が犠牲になった事件(2021年)、東京大学のキャンパス前で受験生が刃物で切りつけられた事件(2022年)も、すべて自爆テロ型犯罪だ。

岸田総理襲撃事件も、安倍晋三元首相銃撃事件も、こうした一連の自爆テロ型犯罪の枠組みで考えなければ、事件の本質や日本が向かっている先は見えてこないだろう。

筆者の解釈では、一連の事件は「幸せ」のシンボルをターゲットにしたものだ。言い換えれば、事件の原因は不満の底流にある格差や貧困である。

不満の底流

どうも日本の置かれた状況は、犬養毅首相が殺害された5・15事件や、高橋是清大蔵大臣らが殺害された2・26事件と似てきたようだ。

もちろん、現在の自爆テロ型犯罪では、政治的闘争という色彩は薄いが、社会全体に不公平感が充満した状況の下、うっ積した不満が爆発したという点では同じだ。

5・15事件や2・26事件でも、軍国主義は事件のトリガーであって、失業者の増加や農村の娘の身売りが問題の本質だった。

イスラム過激派によるテロも、宗教はトリガーであって、欧米諸国における移民の失業や、貧困にあえぐ国と先進国との経済格差が問題の本質である。

こうした本質を見て見ぬふりをしていては、状況は悪化していくだけだ。

とすれば、不満の底流にある格差や貧困を解決することが求められるはずだ。

確かに、バブル崩壊後の「失われた30年」の結果、G7の先進国グループから、日本は最初に脱落しそうな状況にある。

賃金が上がらない理由として、たびたび指摘されているのが労働生産性の低さだ。その要因は、IT革命やデジタル・トランスフォーメーションの遅れである。

選挙活動もオンライン化を進めていれば、岸田総理襲撃事件や安倍晋三元首相銃撃事件は起きていなかったかもしれない。

こうした状況を改善するには、例えば、IT教育やオンライン授業を本格化し、「不登校」「引きこもり」「いじめ」といった言葉が死語になるまで、学校教育の多様化を進める必要がある。

もちろん、ITスキルやITリテラシーを高める職業訓練や社会教育を充実させることも重要だ。

さらに、失業中でも教育を受けられるよう、すべての人に経済的に安定した生活を保障すべきである。それには、基本的な生活費を保障する「ベーシックインカム」の導入が適している。

カナダのドーフィンで行われたベーシックインカムの社会実験(1974年~1977年)を分析したウェスタン・オンタリオ大学のデビット・カルニツキーとペンシルベニア大学のピラル・ゴナロンポンスは、「実験的な所得保障が犯罪と暴力に与える影響」(2020年)という論文で、ベーシックインカムの導入後、財産犯罪だけでなく、暴力犯罪の発生率も低下したと主張している。

犯罪機会論

加えて、短期的には「犯罪機会論」の導入が必要である。残念ながら、グローバル・スタンダードである犯罪機会論の普及が、日本では相当に遅れている。

犯罪機会論は、犯罪の動機を抱えた人が犯罪の機会に出会ったときに初めて犯罪は起こると考える。動機があっても、犯行のコストやリスクが高くリターンが低ければ、犯罪は実行されないと考えるわけだ。

犯罪機会論では、「領域性が低い(入りやすい)場所」と「監視性が低い(見えにくい)場所」で犯罪が起きやすいことが分かっている。

そこから、犯罪機会論は、「ゾーニング(すみ分け)」や「多層防御」を提案する。この手法は、建物の設計だけでなく、通学路の安全、インターネットのセキュリティ、警備態勢などにも応用できる。

犯罪機会論を徹底した警備態勢を取っていれば、岸田総理襲撃事件や安倍晋三元首相銃撃事件も起きていなかったかもしれない。警察や地方自治体には、犯罪機会論の導入を進めてほしい。

適切な例えではないかもしれないが、犯罪機会論が反映されている「孫子の兵法」や戦国時代の陣形なども見習ってもらいたい。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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