可能性の芽を摘むな。西武・森友哉を育てたチームの方針
「楽しく野球をする」ということ
2018年は「若年層のアスリート育成」について考える機会が多い年だった。
まず、3月ごろだったか、プロスペクト株式会社の新規事業開発チームの事業リーダーである阪長友仁氏の講演会に参加して、ドミニカ共和国など、中南米野球の若年層の指導についてお話をうかがった。阪長氏は2007年、アフリカ・ガーナで野球代表監督としてオリンピックを目指し、その後、青年海外協力隊やJICA規格調査員の一員として南米、中米の野球育成に携わった。同じスペイン語圏のドミニカ共和国の選手育成システムや指導方法に共感し、日本に帰国したあとは、ドミニカ共和国で学んだ指導方針で若年層の選手育成に関わっている。
現在は筒香嘉智(横浜DeNA)や森友哉(埼玉西武)を排出した「堺ビッグボーイズ」で中学生の指導に携わる。
阪長氏のモットーは「目先の勝利にとらわれず、将来を見据えた指導方法」だそうだ。
そのお話を聞いて、以前、森友哉選手を取材したときに「中学2年のときにチームの方針ががらっと変わって、練習時間がすごく短くなりました」「ラッキー!と思いました」と語っていたことを思い出した。
阪長氏に会った後日、森選手にもう一度確認すると「全体練習はすごく短くなりましたよ」と話していた。「自主練習はしなかったのか」と尋ねると「しないっすよ」とキッパリ。自主練習をしなくても試合になればチームの誰よりもヒットを打てた。それならば自主的に自由な時間を使って長い練習をする必要は感じないだろう。
つぶされなかった日本の宝
ただ、逆に考えれば、その縛り付けない指導方法のおかげで、現在の森選手がいるのではないかとも思う。取材をしていていつも驚くのは、森選手の体格だ。ほとんどの選手は顔を見上げて話をしなければならないのに対し、森選手とはあまり目線が変わらない。よくぞ、この小さな体から、あんなえげつない打球が打てるものだといつも感心する。
もし、森選手が「野球を嫌いになるほどの厳しい練習」を強要され、体格が小柄だからと「長打をねらうな」などと言う指導者に出会っていたら、日本球界は大きな宝を損失するところだった。(もちろん現在の活躍には大阪桐蔭高校の指導力や本人の強い意志も関わっているのだろうが)
ベンチの監督ばかりを気にする子どもたち
阪長氏の話の中で最も印象に残るのは、ドミニカ共和国の選手はミスを恐れず、思い切り、全力でプレーしているという部分だった。バットを振る映像を見せてもらったが、フォームは選手それぞれバラバラで、しかもフルスイングだ。
そこでもうひとつ思い出したことがあった。
4~5年前にピンチヒッターで行った小学生の野球大会の試合のことだ。まだヘルメットのサイズが合わず、大きなヘルメットを重そうにかぶった小学生たちが、次々と打席に立つ。どの選手も一様に、1球ごとに打席を外し、ベンチにいる監督を見る。なぜベンチを見るのかと観察していると、どうやら「セーフティバント」のサインが出るのを確認しているようだった。監督のサインにうなづいた選手は、プッシュバントを三塁前に転がす。三塁手はダッシュして捕球するが、それをファーストに悪送球。何度もそのプレーを繰り返し、相手エラーで得点を重ね、プッシュバントを駆使したチームが優勝した。
「あの野球をしていて、子供たちは楽しいのか」
「思い切りバットを振りたいと思わないのか」
そんなもやもやとした気持ちを抱えたまま監督のところに取材に行くと、監督の口からはこんな言葉が出てきた。
「うちは選手の自主性を重んじているチームです」
冗談かと思って、本気で「はい?」と聞き返した。
監督は至って本気だった。そして、そのチームは界隈では強豪チームと呼ばれていたようだ。
がっかりしてそれ以降、少年野球の大会には足を向けていない。
阪長氏の講演で見せてもらったドミニカ共和国の選手の映像は、みな一様に笑顔で、生き生きとした顔で野球の練習をしていた。それに比べ、強豪チームの選手は、監督のサインと顔色ばかりをうかがっているように見えた。
いつまでそういった「管理野球」に耐えられるのか。あの中から一体、何人が中学、高校で野球を続けようと思うのか。疑問ばかりが残る。
バレーボール界での現状は?
以前、このYahoo個人の中で「東京五輪に向け、バレーボール界は何ができるか(※1)」という記事を書いた。
もう5年も前の記事だ。
バレーボール界も残念ながら当時からあまり変わっていない。
今年、バレーボールでは堺ブレイザーズを運営しているブレイザーズスポーツクラブの田中幹保氏をインタビューする機会に恵まれた。田中氏は元全日本男子チームの代表監督を務めた経験があり、監督を退いてからはブレイザーズスポーツクラブでジュニアチームやキッズチームの運営に携わってきた。
田中氏はこんな話をしていた。
「全日本の監督をお引き受けしたとき、正直言って“基礎が備わっている選手がこれほど少ないのか”と驚いたんですよね」
とにかく一日も早く、若年層の育成に力を入れなければいけないと感じたそうだ。
ブレイザーズは2000年、地域密着型スポーツクラブとして発足した。その翌年から中学生を対象とた「ジュニアブレイザーズ」をスタートし、堺市内の高校に男子バレーボール部がなく、バレーを続けられない選手を受け入れてきた。その後、小学生を対象とした「キッズスクール」が誕生。その中から「試合に出たい」という選手が集まり小学生バレーの大会に出場している。
本来の目的とは違ってきた「フリーポジション制」
※1の記事を見てもらえるとわかると思うが、小学生が出場する大会には「フリーポジション制」が取り入れられていて、その制度は「フリー」と名付けながらも、実は身長の高い選手を前衛に、身長が低い子は後衛に固定してもいいという、とらえ方次第では指導者が都合よく解釈できるルールになってしまっている。
田中氏はそのフリーポジション制にとらわれず、普通の6人制バレーボールのように、ローテーションをしてすべての選手に前衛と後衛を経験させている。
「本当は全員セッターというのも試したかったが、さすがにそれは難しいと監督から言われてね」と苦笑いしていた。
キッズチームの監督も共通の思いだ。
「アタックだけしか打てない、レシーブだけしかできないという選手を育てたくない」
そういった育成の理念を持つチームが、今現在、どれくらい存在するのか。ルールが変わっていないところを見ると、選手の将来まで考慮している指導者が増えているという期待は、あまりできないと思っている。
スポーツ界は問題提議をしても、さまざまな方面から横やりや反発があり、理想通りに進めるのが難しい世界だ。しかし2018年、スポーツ界に起きたさまざまな事件を見れば、これまでの育成方法、指導方法にひずみが出てきていることは明らかである。
トップチームの強化はもちろん大事だが、若年層の育成は今すぐにでも改革をしないと手遅れになる。
そんな危機感を感じる年の瀬である。