「あの時の少年」が「世界に橋を架ける」とき。山本由伸メジャーリーグへはばたく
まさに熱投だった。138球を投げての1失点完投。ノーヒットでもなければ、100球をめどにどれだけ好投していても交代させていた中嶋監督も、この日だけはエースを9回のマウンドに送った。今シーズンもう投げることはないため、「次」を考える必要がなかったのだ。そして、スタンドのファンは彼の「次」のマウンド姿をここ京セラドーム大阪で見ることはないだろうことをわかっていた。最後の打者、近本光司のベースよりのゴロをセカンドの大城滉二がグラブに収め、ベースカバーに入った紅林弘太郎にそのままトスし、試合が終了すると、山本由伸はガッツポーズをとった。スタンドのファンの目には涙が浮かんでいた。
もうあれはひと月ほど前になるのか。日本シリーズ第6戦での山本のピッチングは今年のプロ野球シーンの中でも最も印象に残るもののひとつになったことだろう。
高卒でプロ入り。オリックスでの7年間で70勝を挙げ、近年は、史上初となる2年連続投手5冠(勝利、防御率、奪三振、勝率、完封)を達成。これから完封を除いた投手4冠は今年で3年連続となった。そしてチームのレジェンド、山田久志(阪急)、イチローに並ぶ3年連続MVPにも輝いた。こうなると今の野球では、選手の目は当然のごとく、海の向こうのメジャーリーグに向く。山本も今シーズンを最後にNPBを巣立ち、世界最高峰リーグに活躍の舞台を移す決断を下した。
あどけなさの中に見せた「一流の風格」
将来オリックスを背負う存在になるとは期待していたものの、まさかここまでの投手になるとは思っていなかった。
私が彼にインタビューしたのは、今から5年前、彼のプロ入り2年目となる2018年のことだった。高卒でドラフト4位ながらルーキーイヤーに5度先発マウンドに立ち、初勝利も挙げていた彼を売り出し中の若手として取材したのだ。2年目のこのシーズンは、セットアッパーとして勝ちパターンの一角を担っていた。
この日は、いわゆる企画ユニフォームデーだった。試合前のインタビューには、通常選手たちは練習着で臨むのだが、山本はベンチ裏の控室に来るやいなや、「あっ、せっかくだからユニフォーム着てきましょうか」といったんロッカーに戻り、この日のための企画ユニフォームをまとって戻ってきてくれた。
まだ二十歳を迎えていない「少年」のこの振る舞いに私は感心しきりだったのだが、インタビューの受け答えも、まだあどけなさの残る表情とは違い、非常に落ち着いており、その振る舞いに将来性がにじみ出ていた。
そのひと月後、ファームの取材に行った際、プロ入り以来、山本を指導してきた小林宏投手コーチ(当時・現二軍監督)に彼にインタビューしたことを話すと、「彼、落ち着いているでしょ。他の選手とはやっぱり違いますよ」と返してくれた。そのポテンシャル以上に「人間力」が当時からとびぬけていた。
プロ2年目にセットアッパーとしてブレイクしてからは、あっという間にスターダムにのし上がった。3年目の2019年からは本格的に先発に転向。チームの低迷もあって、なかなか2ケタ勝利には届かなかったが、2020年には149奪三振で初タイトルを獲得した。そして2021年からはオリックス・バファローズだけでなく、日本の大エースとして君臨。その活躍は今さら語る必要もないだろう。彼の活躍は、長らく低迷を続けていたチームをも押し上げ、合併球団となって初優勝から3連覇が成し遂げられた。閑古鳥の鳴いていたスタンドは満員となった。チームが最強軍団になるのを見届けた山本由伸は今、自らの夢に向かって進もうとしている。
大阪、神戸でのパレードには姿を現さなかったが、優勝シーズン最後のイベントであるファン感謝祭、「Bsファンフェスタ2023」には登場し、京セラドームを埋めた満員のスタンドに向けて、バファローズの選手として最後の言葉を残した。
「ポスティングシステムで移籍することになりました。本当にありがとうございます。7年間応援してくださったみなさまのおかげで目標とした舞台のスタートラインに立てそうなところまできました。みなさんにこれからも応援していただけるように頑張っていきます。これからも応援よろしくお願いします。本当にありがとうございました」
そのまなざしは、あの頃と少しも変わるところがなかった。
海を渡って、目標をひとつひとつクリアしてゆくという。もう日本ではやり残したことはないだろう。寂しい気もするが、これが現在の世界野球の現実なのだ。
現在、彼の移籍先として、様々なチームの名が挙がっている。そこにはヤンキース、レッドソックス、ジャイアンツと名だたる名門球団の名がある。いずれにせよ、途方もない額の金が動くことは間違いない。それに違わぬ活躍を見せてくれることは間違いないだろう。
「世界に橋を架けろ」とは、オリックス・バファローズの球団歌のワンフレーズである。その言葉どおり、山本由伸は、太平洋に橋を架けようとしている。
(写真は筆者撮影)