なぜサウジアラビアは“大型補強”を行っているのか?ベンゼマ、カンテ、クリバリ…大いなる野心と課題。
サウジアラビアが、力をつけてきている。
2022年のカタール・ワールドカップ、グループステージ初戦でサウジアラビアがアルゼンチンを撃破したのは、遠い昔の話ではない。そのニュースは世界に衝撃を与え、大会有数のサプライズとして伝えられた。
だが、あれは単なるラッキーパンチではなかった。近年、サウジアラビアがフットボールに注力しているのは明白だ。
■C・ロナウドのサウジアラビア移籍
昨年、クリスティアーノ・ロナウドがアル・ナスルに移籍。マンチェスター・ユナイテッドで問題を抱えていたC・ロナウドに年間2億ユーロ(約300億円)という巨額オファーを提示して、2年契約を締結した。
「サウジアラビアのリーグ戦は非常に競争的だ。だけど、まだまだ成長の余地がある。特に、インフラの整備だ。VARや審判のレベルというのは、もっと上がると思う。でも、クオリティの高い選手がたくさんいる。欧州五大リーグに並ぶリーグ戦になる可能性はある」
「サウジアラビアに移籍してくる選手は、みんな、歓迎だ。それが全体のレベルを引き上げてくれる。年齢は関係ない。若い選手も、ベテランの選手も、サウジアラビアに来ればいい」
これはC・ロナウドの言葉だ。
■欧州以外での挑戦
フットボールの本場は欧州である。だがそれ以外の国・地域への人材流入が盛んになるのは、サウジアラビアが初めてのケースではない。
1970年代から1980年代にかけては、素晴らしい選手たちがアメリカに渡った。ペレ、ヨハン・クライフ、フランツ・ベッケンバウアーらがNASL(当時)の成長と発展のために、アメリカでプレーした。
1990年代に入り、流れはアジアに傾く。1993年にJリーグが創設された日本には、ジーコ、ミカエル・ラウドルップ、ガリー・リネカー、フリスト・ストイチコフ、ドゥンガ、ベベットといった選手が到着した。
2010年代において、主役になったのは中国だ。ディディエ・ドログバを筆頭に、大物選手が続々と中国のクラブに加入した。フッキ、オスカル、アレックス・テイシェイラ、パウリーニョ、ヤニック・カラスコ、ジャクソン・マルティネスらがアジアでの挑戦を受け入れた。2010年代の中国では、現役バリバリの選手が、そちらに流れていった。その動きは、驚きをもって伝えられた。
■サウジアラビアに選手が流れる理由
そして、サウジアラビアだ。
すでにC・ロナウドを“確保”していたサウジアラビアは今夏、リオネル・メッシを引き入れようとしていた。最終的にはメッシがインテル・マイアミ移籍を決断したため、メッシーロナウドという2大スターを競演させる夢は潰えたが、その野心の大きさがうかがえる出来事だった。
メッシの獲得はかなわなかった。だがレアル・マドリーでC・ロナウドの同僚であったカリム・ベンゼマを手中に収めることには成功した。
ベンゼマは2022年のバロンドール受賞者だ。バロンドーラーとなり、マドリーとの2024年夏までの契約延長が決まったと言われていた。しかしながら今季終了に伴い、急転直下、アル・イテハドへの移籍が決定した。
ベンゼマの移籍は電撃的に決まった。ゆえに、マドリーは、この夏の“9番”獲得が必須になっている。キリアン・エムバペ(パリ・サンジェルマン)、ハリー・ケイン(トッテナム)に関心を示しているが、その引き金となったのはサウジアラビアだったと言える。
ベンゼマだけではない。エンゴロ・カンテ(チェルシー)、カリドゥ・クリバリ(チェルシー)、エドゥアルド・メンディ(チェルシー)、ルベン・ネベス(ウルヴァーハンプトン)の移籍が次々に決まった。資金力のあるプレミアリーグでさえ、サウジアラビアに人材を引っ張られている。
サウジアラビアでは、PIF(公的投資基金)が、アル・ナスル、アル・ヒラル、アル・イティハド、アル・アハリの4クラブを実質的にコントロールしている。各クラブの保有権の75%を有しており、その後ろ盾があるからこそ、大型補強が可能になっているのだ。なお、PIFは2021年10月に3億8000万ドルで、ニューカッスルの買収に成功してもいる。
■資金を投じる目的と問題点
では、なぜ、サウジアラビアが巨額な資金を投じて選手を獲得しているのか。目的として考えられるのは、ブランディングだ。
サウジアラビアは先日、新しい国営航空会社の設立を発表した。それを皮切りに、多くの事業でグローバル展開を目論んでいる。その時、欧州のサッカークラブが重要な役割を担うのは明らかだ。エティハド航空、カタール航空、エミレーツ航空などがクラブの買収やスポンサー就任を通じて、ビジネスを発展させたという成功例がある。
また、サウジアラビアはポスト石油時代を睨んでいる。スポーツやエンターテイメントのビジネスを展開させ、資源(石油)に依存するアプローチからの脱却を図ろうとしている。
一方で、課題がないわけではない。
サウジアラビアの参入で、マーケットが破壊されてしまう可能性がある。適正な価格で適正な取引が続けられていない限り、市場というのは壊れるものだ。近年のマンチェスター・シティやパリ・サンジェルマンのケースから、それは自明である。そして、UEFAはそれをコントロールできずにいる。ファイナンシャル・フェアプレー(FFP)は実質的に機能していない。UEFAの管理が及ばないところで、戦力が強化され、そういったところが欧州の頂点に立ち、チャンピオンズリーグで優勝するという歪な構造になっている。
これはマンチェスター・シティを批判するものではない。パリ・サンジェルマン、ニューカッスル然り。もっと大きな問題だ。お金は上から下に流れる。ただし、その流れを滑らかにしておかないと、堰き止めを喰うタイミングが訪れる。その時、欧州の市場を支配しているのが中東だったとしたらーー。笑えない話だ。