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災害大国ニッポン、4人に1人が被災者に

巽好幸ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 この国ではあの3・11からの復旧・復興も道半ばであるにもかかわらず、御嶽山噴火、熊本地震、それに紀伊半島、広島、関東北部、九州北部など全国各地で豪雨災害が相次ぎ、数百人もの犠牲者が出た。今でも全国で10万人を超える人たちが避難生活を続けているという。一方で幸運にも災害に見舞われなかった人たちは、このことを気にしながらも自らの日常に埋没してしまっている。しかし、「災害は忘れた頃にやってくる」。

自然災害の想定被害者数

 近い将来私たちを襲う最大の自然災害は、「南海トラフ地震」だろう。今後30年間の発生確率は70%。静岡沖から宮崎沖に至る1000キロの海溝に沿って超巨大地震が連動して発生し、激しい揺れと高さ30メートルを超える津波が広範囲を襲う。頻繁に報道される33万人という、途方も無い想定死亡者数は多くの人の知るところだろう。さらにこの巨大災害による避難者数はなんと1000万人規模になると予想されている(表)。例えば、愛知県で190万人、大阪府で150万人、静岡県で110万人が避難生活を余儀なくされる。また首都圏でも6万人以上が被災者となるという。

 「首都直下地震」も迫っている。首都圏全域を震度6以上の揺れが襲い、火災を含めると60万棟が全壊または全焼すると言われる。2万数千人と想定される死亡者、この値から予想される70万人程度の避難者数(表)は決してオーヴァーではない。

 被害という点で巨大地震よりもはるかに甚大な災害が「巨大カルデラ噴火」だ。ひとたび起きれば、高温の火砕流と10センチ以上の火山灰が日本列島の大部分を覆い尽くす。ライフラインが全国的に完全停止するために復旧支援活動も絶望的で、約1億人の生活は崩壊する(表)。この状況では人々は生き延びることすら困難となる。

 豪雨災害も重大だ。先の九州北部豪雨でも、40名を超える死者、1500名を超える避難者が出た。治水治山など様々な対策が行われているが、今後も毎年2000人規模の被災者は想定せねばなるまい。

 ところが多くの人にとっては、特に日常に埋没する平時には、このような「想定被害者数」はどうもピンとこないようだ。人間には「自分だけは大丈夫だろう」という妙な安心感に陥る傾向がある。こんな根拠のない「正常性バイアス」は早々に捨て去るしかないのだが、他にも想定値を実感できない理由がありそうだ。それは、地震や噴火は毎年のようには起きないことだ。だから、このような「低頻度巨大災害」には遭遇しない可能性も十分にあると思い込んで、人々はその恐ろしさを忘れてしまう。

交通事故と自然災害に遭遇する可能性
交通事故と自然災害に遭遇する可能性

自然災害と交通事故の切迫度

 なんとか巨大災害の切迫度を実感する方法はないか? 例えば、「危険値(=想定被害者数×発生確率)」という数値で、南海トラフ巨大地震や巨大カルデラ噴火の切迫度を表したことがある。でも、やっぱりまだしっくりこない人が多いようだ。

 最近、「日本人の2人に1人が一生のうち一度は交通事故に遭う」という記事を見てなるほどと思った。そこで同じ方法で、自然災害の切迫度を比較してみた。低頻度災害に関しては、その発生確率を考慮した「予想年間平均被害者数」を用いて、80年の生涯で一度は災害避難をしなければならない確率を求める。

 その確率によると、自然災害全体では約24%、つまり4人に1人が被害にあうことになる(表)。中でも南海トラフ地震の切迫度は群を抜いている。なんとこの巨大地震によって、全国民の5人に1人が避難生活を余儀なくされる! 首都直下地震では60人に1人、さらに500人に1人は日本喪失を招く巨大カルデラ噴火の試練を受けることになる。付け加えておくと、この割合は豪雨・台風による災害とほぼ同じくらいなのだ。

災害大国ニッポンに暮らす認識を

 国民の5人に1人が避難生活に陥る可能性がある南海トラフ地震。国や行政は、十分とは言えないまでも減災対策を講じつつある。一方で減災を図る上で最も重要なことは、私たち住民の災害に対する意識である。しかし残念ながら、例えば大阪湾近くに暮らす人々に、巨大津波が襲来するという意識が共有されているとは思えない。

 また巨大カルデラ噴火については、縄文時代に南九州で起こって以来、つまり日本史上一度も起きていないこと(詳しくは「富士山大噴火と阿蘇山大爆発」に)もあって、一般にはその危険性や切迫度は認識されていない。中には「日本が喪失するなら仕方ない」と無責任に諦めてしまう風潮もある。しかし今回の確率予想では、日本人の500人に1人がこの被害にあうことになるのだ。こんな未曾有の試練にどう立ち向かえばよいのか? 火山大国の民に課せられた課題であろう。世界一の「変動帯」から数多くの恩恵を受けている(詳しくは、「和食はなぜ美味しい ー日本列島の贈りもの」に)だけでは、あまりにも虫が良すぎるというものだ。もちろん私たちサイエンティストにはやらねばならないことがある。それは、巨大カルデラ火山の地下にあるマグマの状態を正確に捉えることだ。

ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)

1954年大阪生まれ。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクター、神戸大学海洋底探査センター教授などを経て2021年4月から現職。水惑星地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを「マグマ学」の視点で考えている。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞、井植文化賞などを受賞。主な一般向け著書に、『地球の中心で何が起きているのか』『富士山大噴火と阿蘇山大爆発』(幻冬舎新書)、『地震と噴火は必ず起こる』(新潮選書)、『なぜ地球だけに陸と海があるのか』『和食はなぜ美味しい –日本列島の贈り物』(岩波書店)がある。

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