信じられてきた関東ローム層の誤解:実は「火山灰」ではなく「風塵(レス)」
wo東京の山手から西へと広がる高台は「武蔵野台地」と呼ばれ、かつては国木田独歩が詩情溢れる描写をした雑木林が広がっていた。今では住宅街やコンクリートが広がり、武蔵野の原風景は僅かに残るだけである。
一方で宅地や道路の整備現場では、台地の内部を垣間見ることができる。地表付近は「黒ボク土」と呼ばれる腐植土、それより下にはたまに軽石の層を挟む火山性で褐色粘土質の層が続く。これらの層は「関東ローム層」と呼ばれる。
世界一の火山大国で111もの活火山が密集する我が国では、黒ボク土やローム層などの火山性土壌が広く分布し、国土の約30%を覆っている。とりわけ周囲に火山が点在する関東平野の台地や丘陵地の大部分が関東ローム層に覆われている(図1)。
このローム層の表層は黒っぽい腐植土からなるので、一見肥沃で柔らかい耕作に適した土壌のように見える。しかし実は、作物に必要なリンを鉱物として固定するために作物が吸収できず、耕作には不適な不毛地帯なのだ。そのために将軍綱吉はまず関東ローム層に覆われていない肥沃な低地で江戸野菜の栽培を奨励し、続いて武蔵野台地の土壌改良を進めるなど、関東ローム層との闘いを繰り広げた。そしてその後もこの不毛地帯の土壌改良は続いてきた。「肥沃な黒ボク土が美味しい野菜を育てます」と言うような広告表現もしばしば見かけるが、これは間違いである。先人たちの努力が、不毛の地を野菜が育つ土壌へと変えたのだ。
火山灰ではない関東ローム層
関東ローム層については、多くの人たちが富士山など近隣の火山の噴火によって噴き上げられた火山灰が降り積もったものと思い込んでいるようだ。例えば、学研キッズネットには次のような記述がある。「関東ローム層は第四紀更新世に、箱根山・古富士山など関東西側の古い火山から噴出した火山灰(おもに南部)と、浅間山・榛名山・赤城山などからの火山灰(おもに北部)がつもったものである。」
この火山灰説が広く信じられるようになったのには、昭和時代に日本の火山学を牽引した久野久東大教授(当時)が、富士山近くで認められる火山灰が東方へ離れるにしたがって細粒化し,さらに風化変質作用が加わって関東ローム層がつくられたと結論したことが大きく影響している。この考えが中学高校の教科書にも掲載されたのだ。
一方、関東ローム層は火山灰が堆積したものではないとする考えが、1995年に早川由紀夫氏によって、日本火山学会誌に発表された。
その根拠は、1) 関東ローム層が火山に向かって厚く、またその構成粒子が粗粒になるわけではない、2) 活火山などの活動史や噴火規模を考慮すると、場所によっては数メートルを越える関東ローム層が噴き上げられた火山灰で形成されたとは考えられない、3) また顕著な火山活動が起きていない時にもローム層が形成されている、などである。そしてこのような特徴を持つ関東ローム層は、火山近傍の裸地から風によって舞い上げられた火山性の細粒子が堆積した「風塵(レス)」であるとした。
かつて私はまさにこのような風塵を経験したことがある。川崎のマンションに暮らしていた頃、特に春にはベランダに塵が積もるので、度々掃除をする必要があった。その塵を顕微鏡で拡大すると火山ガラスなどの火山性物質が含まれていたのだ。これこそが関東ローム層をつくる風塵なのだ。
「関東ローム層=風塵」説は火山灰説より合理的であるし、観察事実とも整合的である。また私の知る限り、1995年以降に関東ローム層のでき方についての新説は発表されていない。
関東ローム層が火山灰層ではなく風塵であることは、特に野菜などの関東ローム層の恩恵を享受している関東在住の方々には、ぜひ知っておいていただきたいものだ。