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やんちゃな照ノ富士はもういない。人生の暗い闇を見た元大関が圧巻の相撲で勝ち越し

飯塚さきスポーツライター/相撲ライター
写真:毎日新聞社/アフロ

九日目を終えた大相撲七月場所。盤石の横綱・白鵬と、新大関の朝乃山は全勝、それを1敗で追いかけるのは、関脇・正代と幕尻の照ノ富士だ。本稿では、後半戦に入った今場所の幕内最高優勝をめぐる見どころを紹介する。

照ノ富士の成長に涙

九日目のこの日、照ノ富士は佐田の海に勝って勝ち越しを決め、1敗を守った。立ち合いすぐに左の上手を取ると、そのまま引きつけながら寄り切り。相手に何もさせない、圧巻の相撲だった。

勝ち越しのインタビューで口にした、「一生懸命やってきてよかったなと思います」の言葉。一見平凡にも見える一言が、どん底から這い上がってきた日々と彼の努力を想像するだけで、あまりに重く、尊い響きをもつ。

入門からはとんとん拍子で、23歳の若さで大関まで駆け上った。当時、部屋の稽古見学に行くと、師匠が目を離す一瞬の隙で気を抜いたり、報道陣の前で明るくも軽い口調で受け答えをしたりと、ありのままのやんちゃな姿を見せていた若き大関。そんな明るい彼は、不運な膝のケガと、糖尿病をはじめとする複数の病気で、おそらく人生で最も暗い闇を見た。そんな彼を、師匠である伊勢ヶ濱親方は、誰よりも強く信じて支え続けた。

九日目を終え、勝ち越してうれしいか問われた彼は、「まだ場所は終わっていないので。ただ勝ち越したというだけ」「一番一番集中して、いまの自分ができることをやるだけ」と、謙虚に話した。「親方のことを信じてやってきてよかった」と、師匠への感謝を口にする彼は、もうかつてのやんちゃな青年ではない。大ケガと闘病からの復帰は、力士としての照ノ富士を蘇らせただけではなく、その内面を大きく成長させるものであったのだろう。神が与えた大きな試練を乗り越えた彼は、本当の意味で大きくなって帰ってきてくれた。インタビューを見て思わず涙ぐんでしまったが、残る後半戦の6日間も注目していたい。

立ちはだかる横綱・大関

しかし、大相撲の世界はそう甘いものではない。立ちはだかるのは、横綱・大関という大きな大きな壁である。

大関・朝乃山は、隠岐の海との一戦。攻め込まれるような体勢で土俵際でもつれ、同体取り直しとなった。しかし、隠岐の海に二度目のチャンスはない。前への圧力を緩めない朝乃山が、相手が前に出てくる力を利用した豪快な上手投げを決め、9戦全勝とした。

同じく全勝の横綱・白鵬は、碧山の挑戦を受ける。碧山が攻めて善戦するも、最後は土俵際ではたき込み。こちらも全勝のまま十日目を迎える。

この日は、朝乃山戦をはじめ、十両の白鷹山が翔猿の「指を折ったのではないか」という史上初の理由での協議など、多くの物言いがついた一日で、NHKの中継も珍しく5分ほど延長した。きわどい相撲が多いのは、それだけ力士たちが最後の最後まで諦めず、必死で戦っていることの表れ。優勝争いの行方はもちろん、今後5日間のどの一番からも、決して目を離すことができない。

スポーツライター/相撲ライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライター・相撲ライターとして『相撲』(同社)、『Number Web』(文藝春秋)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書に『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』。

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