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「NPBだって独立リーグです」 野球"九州アジアリーグ"に込めた思い

阿佐智ベースボールジャーナリスト
九州アジアリーグ開幕戦のセレモニーの様子(佐伯中央病院スタジアム)

 先月27日、九州に新たな野球リーグが立ち上がった。その名も「九州アジアリーグ」。いわゆる独立プロ野球リーグのひとつだ。リーグ名に込められた「アジア」には何が隠されているのか、将来的な展望は開けるのだろうか。リーグ発足に関わったキーマンに話を聞いた。

九州に再びともされた独立リーグの灯

 九州にはこれまでにも独立リーグの歴史はあった。

 2005年にリーグ戦を開始した日本最初の独立プロ野球リーグ、四国アイランドリーグ(現四国アイランドリーグplus)に、2008年、福岡レッドワーブラーズと長崎セインツの2球団が参加、リーグ名も四国九州アイランドリーグと改めた。

 しかし、両球団とも観客動員に苦戦し、福岡レッドワーブラーズは2シーズンで、長崎セインツは3シーズンで撤退し、九州から独立プロ野球リーグの灯はいったん消えてしまった。

 それから10年。沖縄で独立プロ球団・琉球ブルーオーシャンズが活動を開始した。将来的なプロ野球(NPB)への加盟を目指すこのチームは、既存リーグには参加しないものの、地元社会人チームやNPB球団のファームとの対戦でシーズンを過ごす予定であった。しかし、新型コロナ禍の中、その活動も十分には行うことができなかった。

 そのような中、2019年11月に社会人実業団チーム、熊本ゴールデンラークスのゼネラルマネージャー(GM)だった田中敏弘が、チームのプロ化へ舵を取る方針を打ち出し、翌2020年8月には、大分に発足する新球団との九州独立プロ野球リーグの翌年からの開始と運営団体、九州独立プロ野球機構の発足を発表した。

 年が明け、リーグはその名を九州アジアリーグ、運営会社も九州アジアプロ野球機構と名を改め、火の国サラマンダーズと大分B-リングスの加盟2球団による公式戦と琉球ブルーオーシャンズ、四国アイランドリーグplus加盟球団、ソフトバンク三軍との対抗戦による各チーム60試合の活動を本格的に開始した。

新リーグには、NPBでレギュラーを張った吉村裕基(元DENA, ソフトバンク)も参加している。
新リーグには、NPBでレギュラーを張った吉村裕基(元DENA, ソフトバンク)も参加している。

「『独立』という言葉を使いたくない」。リーグ代表の思い

 いったん消えた独立プロ野球の灯をなぜ今、灯し直したのだろうか。リーグ代表理事の田中は意外なことに、自ら立ち上げるまで、独立リーグというものを目にしたことはなかったと言う。

「全く興味もありませんでした(笑)。今もある意味そうですよ。チームの所属するリーグを作ったら、それを皆さんが独立リーグと呼んでいるだけです。日本の野球界において、学生野球でもない、プロ野球(NPB)でもない隙間にできたのが独立リーグということですよね。そういうくくりになっているので、われわれも最初『九州独立リーグ』と名乗ったんです。でも、私に言わせればNPBだって『独立』リーグですよ。学生野球も独立したリーグでしょう(笑)。われわれのカテゴリーだけ、新たに生まれたからそう呼ばれているにすぎない。だから私としては『独立』という言葉を使いたくないんです。なので、『九州アジアリーグ』に名前を変えたんですよ。」

 田中が当初目指したのは、新たなかたちの市民球団だった。

 2006年、田中は代表取締役専務を務める小売りチェーン・鮮ど市場に野球部を設立し、「熊本ゴールデンラークス」と名付けた。社名を冠しない一見クラブチームのようなネーミングに田中の理念が現れている。当時をこう振り返る。

「チームの立ち上げの時点ですでに県民球団に育てていくことは公表していたんですが、その点に関して実業団チームではなかなかその壁を越すことができないと感じたんです。実業団チームですから、会社内部の意識高揚と社員との一体感の醸成、それに会社の人材確保、人材育成という役割を担ってもらうべく設立しました。15年やって、そこは一定の成果を出したと思います。しかし、チームを単独企業が保有する中で、それなりの経費負担を毎年繰り返していくと、やはり少しずつ価値観が薄れていったのは事実ですね。」

 多額の経費を必要とする社会人実業団チームは当然のごとく社名を名乗る。そこからはチームの運営費をある種の広告費としてペイしようとする企業の意図が見え隠れする。当然のごとく、メディア露出の多い都市対抗出場が至上命題となり、それがかなわないシーズンは、部員にとって社業は「針のむしろ」状態になる。しかし、都市対抗出場2度を誇る鮮ど市場の実業団チーム、ゴールデンラークスは都市名を冠していた。

 1990年代後半以降、日本経済の地盤沈下に伴い、少なからぬ実業団チームがリストラの対象となり、複数から運営費を調達できるクラブチームへの転身を余儀なくされた。そういう流れの中、ゴールデンラークスは、企業名をあえて出さすに活動していた。社内からの要望により、一度だけ「鮮ど市場」を冠したが、それも1シーズンのみで元の「熊本」に戻している。

「本来、逆なんですよね。実業団チームは、会社の看板を背負っている広告塔なんです。それが会社の業績に連動して予算縮小となってクラブ化するという流れなんです。われわれはもう最初から、クラブと誤解されることを覚悟の上で社名を排してスタートして、10年経ったところで、社員から自分たちのチームとしてもっと応援したいという声が上がって、それを尊重して社名を名乗ったんです。ちょうど熊本地震の2016年ですね。そこでいろいろ苦労がありながら、もう1回初心に戻ろうということで1年でまた元に戻したんです。」

実業団チームとプロ球団の違い

 3年前、田中はゴールデンラークスに加え、「鮮ど市場」本体の実業団チームも発足させた。この時の構想は、ゴールデンラークスを多方面からの支援を受ける真の意味でのアマチュアの県民球団へ移行し、実業団チーム「鮮ど市場ヒゴバックス」とともに地元・熊本の野球界を活性化させようというものだった。

「私の精神は完全にアマチュア野球なんです。当時は、チームを2つもつということは誰も理解してくれませんでしたけど。だからその時も、独立リーグというところまでは考えは進みませんでした。」

 ところが、2019年シーズンが終わると、田中はゴールデンラークスのプロ化に舵を切る。ゴールデンラークスについて、企業スポーツとしての役割は全うしたと感じたからだと田中は、振り返る。

「私の守備範囲である熊本だけでなく九州全体に新しい野球文化を構築したい思いがあったんです。全国的に独立リーグが増えていく中で、気候的に恵まれている九州にも立ち上げようという機運も出てきたものですから。」

 「プロ化」と聞くと、チームの運営費は増えるように思える。独立リーグ球団の運営費は従来年1億円が相場だった。近年は、それもかなり縮小しているとも聞くが、自社の社員を選手として運営する実業団チームの方が経費はかからないように思える。これも選手である社員への報酬を会社にかかるコストととらえるのか、チーム運営にかかるコストととらえるかによるのだろうが、少なからぬ都市対抗常連チームの選手がシーズン中はほぼ競技に専念しているのに対し、ゴールデンラークスの場合、選手たちは、競技と並行して、社業にも従事している。

 それでも、田中は実業団チーム、ゴールデンラークスからプロ球団サラマンダーズに変わったことによって、経費は削減できたと言う。

「そういう実態を恐らく皆さん分かっていないですね。実業団だと、チームを1社で支えることになります。うちの場合、年平均で大体1億5000万円ぐらいかかりました。独立プロ球団はそれ以下です。だいたい2分の1で運営できるんじゃないでしょうか。それをさらに県下のいろんな企業に支えてもらうという構図です。経営的に考えたらどっちがいいかといったら誰もが同じ答えでしょう。」

「九州アジアリーグ」というネーミングの狙い

 田中は、予算化と選手、監督、スタッフの陣容の整備を終えると、球団の運営からは退き、リーグの代表職に就いた。そして、リーグを立ち上げ、開幕の直前、リーグ名を「九州アジアリーグ」に改称する。その意図とは。

「九州だけでなくアジアにも開かれたリーグにこれから発展させていくということです。今、スタート段階です。既に人材交流は野球界では当たり前になっています。九州でも『アジア』を冠したジュニアレベルの大会は既に行われています。また台湾には、プロ野球でだけでなく、社会人野球もあるし、発展途上国には、野っ原で裸足で野球をやっているようなところもあります。そういうところに日本人が行って野球を伝えていますよね。もう既にわれわれはリーグ内に国際部を設置して、そういうところと接触もしています。だから将来的には、台湾とか中国などにチームを置く可能性もあります。」

 これを田中は、「九州だけの特権」と表現する。これまで東を向いていた九州の野球界の視線を西に向けるということだ。

 リーグの当面の課題は、2球団制からの拡大である。今シーズンは2球団どうしの対戦のみで優勝を決定するが、これは余りにも盛り上がりに欠ける。現在のところ、来季に向けて九州内で数チームの加盟に向けて話が進んでいるという。無論その先には、国境を越えて、アジアが視野に入っている。

「本当はもうおなかいっぱいなんですよ。サラマンダーズをひとけじめつけた段階で(笑)。チームの立ち上げの支えにはなろうとは思っていましたけれど、まさか自分がこういった立ち位置(リーグ代表)で野球にさらに関わるとは一切、想定外です。今回、日本独立野球機構(IPBL)に加盟することで、NPBとのつながりやルールの問題を学びました。まずはそういうところには敬意を表しながら、スタートを切る段階までは持ってこれたと思います。」

リーグ代表の田中は、新生九州アジアリーグの設立理念について熱く語ってくれた。
リーグ代表の田中は、新生九州アジアリーグの設立理念について熱く語ってくれた。

(写真はすべて筆者撮影)

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ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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