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初任で、いきなり学級担任。それが、教員不足を加速させている

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:アフロ)

 原因のすべてではないけれど、新卒者など未経験の初任教員をいきなり学級担任にする学校のシステムそのものが、早期での退職を増やし、ひいては教員不足を加速させる結果につながっている。

|精神疾患に追い込む学校のシステム

 吉田恭子さん(仮名、20代)は、小学校教員になって3年目で教員を辞めた。精神疾患による退職だが、そこまで彼女を追い込んだのは学校のシステムである。

 新任教員として彼女が公立小学校で仕事をはじめたのは、2020年4月1日の新学期からだった。新型コロナウイルス感染症(新型コロナ)が世界中で一気にひろまり、日本では当時の安倍晋三首相の鶴の一声で全国の小中学校が一斉休校に突入し、大混乱した。その一斉休校から学校は再開して新年度を迎えたものの、新型コロナが沈静化したわけでもなく、学校現場は落ち着かない状況にあった。そういうなかで、吉田さんの教員生活はスタートした。

「新型コロナでも影響を受けましたが、初任で学級担任をさせられることは想像以上の重荷でした」と、吉田さん。

 彼女が担任したのは低学年で、高学年にくらべたら1日の授業時間数は少ないとはいえ、4~5時間はある。初任者なので授業の内容にも進行にも慣れているわけもなく、それだけ授業準備に時間がかかる。

「教科書を読んでおくのは当然で、黒板に書くことも予習しました。私が板書したことを子どもたちはノートに写しますから、もしも書いてあることが多すぎれば、子どもたちは困ります。そこで、子どもたちが使っているノートに自分も書いてみて、ノートに納まる分量かどうかを必ずチェックしてみて、内容を検討しました。かなり時間のかかる作業ですが、毎日の毎時間ぶんの授業準備をしました」

 これを全授業の分だけやるのだから、いくら時間があっても足りない。もちろん、並行して授業はこなさなければならない。

 仕事はまだある。休み時間でも給食時間でも、子どもに指導しなければならないことは次から次へとでてくる。そこから、保護者対応にまで発展するケースも珍しくない。

「たとえば、子ども同士でのトラブルがあると、非を認めさせて謝らせたりすることもあります。すると、〝強制的に謝らせるのは、うちの教育方針ではありません〟と連絡されてくる保護者もいました。無理に謝らせているつもりはないのですが、集団生活をするなかでは謝ることが必要なこともあります。なぜ謝らなければいけない事態になったかは無視して〝教育方針ではない〟と主張されても、話し合いになりません。平行線のままズルズルと話は長引き、困りはてました」

 その類は、じつは、かなり多い。保護者との連絡帳のやりとりがあるが、そこに何ページにもわたって書き込んでくる保護者もいた。ただ読み飛ばしておくわけにもいかず、電話連絡することも多かった。すぐ終わる電話ならいいが、これまた延々と平行線での話をしなければならない。

 社会人としてスタートしたばかりの初任で対応できる範囲を超えていることも多く、ただでさえ余裕のない時間もとられる以上に、精神的にもかなりダメージだった。

 初任の年には、初任研修も受講しなければならない。講義を聴くだけでなく、課題も課されたりするので、これまた時間も労力も奪われる。

 そこに、新型コロナも拍車をかけた。毎朝、登校してくる子どもたちの体温をチェックするのも担任の仕事だった。自宅での検温結果をチェックし、忘れた子には検温させて記録しなければならない。ここにも、時間がとられてしまう。

|校長が助けてくれたわけではなかった

 初任者にとっては、過酷な毎日なのだ。その初任者をベテラン教員が助けてくれないのか、という疑問がわく。

「いじわるして助けてくれないわけではなくて、ベテランの先生でも時間の余裕がないのが現実です。それがわかっているので、『助けてください』といえず、自分だけで抱え込んでしまっていました」

 働き方改革がいわれるなかで学校で遅くまで仕事するわけにもいかなかったが、それでも帰宅するのは夜の8時を過ぎていたという。それから食事をしてから、子どもたちから戻ってきた宿題の採点をしたり、授業準備等にも追われ、寝るのはいつも12時を過ぎていたという。

 それで朝がゆっくりできるかといえば、それも無理だった。〝働き方改革〟で退校時間を早くしなくてはならないので、学年での打ち合わせなどを早朝にやることが多く、早くに登校してくる子どもたちの対応も当然のような状況だった。

「睡眠時間は4時間か5時間あったかもしれません。それでも寝られたらよかったのですが、寝られない日が続くようになってしまいました。それで3学期に1週間休んでしまいました。そのまま休職してしまうと行けなくなる予感があったので、病院でもらった薬を飲みながら、なんとか3月末までがんばりました」

 新年度になったからといって、仕事が楽になるわけでもないので、体調は悪化していくばかりだった。

「新しい学年の担任になったので、相変わらず授業研究は丁寧にやっていました。保護者対応も変わらないし、仕事量も減りません」

 眠れない日はつづき、薬を飲みつづけながら勤務する日々だった。それでも体調が回復しているわけではなく、体調の悪さは周囲も気づくほどに悪化し、年度末が近づくころに、校長から転勤を打診された。

「その学校より規模が小さい学校に移れば、児童数も少なくなるだろうからというアドバイスでした。異動先も校長にすすめてもらったところを記入して異動希望を提出しました」

 校長のアドバイスが功を奏せば、いまも吉田さんは教職をつづけていたかもしれない。ところが、思わぬ展開が待っていた。

「『異動先はここです』と校長に示されたのは、まるで違う学校でした。クラスあたりの児童数も多いところで、楽になるどころか、たいへんになりました」

 意に反する異動だったわけで、校長のアドバイスとも違うので、断ることはできなかったのだろうか。

「逆らえる雰囲気ではありませんでした。それどころか、異動希望で記入した学校名を、決定したところに書き換えろといわれて、しぶしぶですが訂正しました」

 異動希望と異動先との整合性をとる、校長側の都合があったのだろうか。親切にアドバイスしているふうだった校長が、態度を一変させたことになる。

 異動先では、前勤務校では経験していない学年での学級担任だったので、授業準備はいちからやらなければならない。保護者や教職員とも初対面からのスタートだったので、これまた、いちからの関係構築を強いられた。クラスの人数も多いので、その分対応もたいへんだった。肉体的にも精神的にもプッレシャーは増し、眠れない日がつづいた。

「前の学校では、薬を飲みながらでも、なんとか出勤していました。しかし、今度はダメでした。起きて学校に行こうとおもっても、学校に行くと考えただけで、気分が悪くなって、ベッドから身体が起こせなくなってしまいました。心療内科でも、『勤務をつづけるのは無理だ』といわれ、退職することにしました」

 吉田さんに、「心身ともに健康が回復したら教職に復帰しますか」と訊ねてみた。黙ってうつむいたまま、吉田さんからは答は戻ってこなかった。

|20代の精神疾患休職者が増えている

 2023年12月22日に文科省が公表した調査結果によれば、2022年度に精神疾患で休職した全国の公立学校教員の数は6539人と過去最多となっている。なかでも若い世代の割合が多く、20代だけで全体の2割近くを占めている。精神疾患で休職する20代の数は、この5年で1.6倍に増えている。

 休職までいたっていない数は、かなりの数にのぼっていると想像できる。吉田さんのように右も左もわからない初任で学級担任を任され、大きなプレッシャーを受けていることが大きな要因になっているにちがいない。

 初任者に学級担任をさせない自治体も、わずかだが、でてきている。若い教員を育て、教職をやりがいのあるものにするためにも、退職する教員を減らして教員不足を解消していくためにも、初任者に学級担任を強いる制度を考えなおすべきである。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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