情報の「偏食」がフェイクに弱い体をつくる――体質改善に必要なのは?
情報の「偏食」がフェイクニュースに弱い体をつくる――その体質改善に必要なこととは?
テクノロジーと情報空間の研究に取り組む東京大学教授の鳥海不二夫氏(計算社会科学)と慶応大学教授の山本龍彦氏(憲法学)は1月6日、フェイクニュース氾濫などへの対策の提言「健全な言論プラットフォームに向けて――デジタル・ダイエット宣言」を公表した。
ニュースや情報に触れるのが特定のソーシャルメディアだけ、好きなジャンルの話題だけ、といった生活習慣は、食事でいえば「偏食」に似ている。
食事でも情報でも、「偏食」は個人の自由だが、その結果は「健康」への悪影響につながりやすい。
情報の場合、害を及ぼすのはフェイクニュースだ。新型コロナを巡るフェイクニュースは、感染対策の障害となり、人と社会を深刻な危険にさらす。
フェイクニュースはなくなりそうもないが、人と社会がフェイクニュースへの「免疫」をつけることはできる。必要なのは情報の「バランス」だ。その「バランス」を可視化し、調整できるようにするための処方箋を「デジタル・ダイエット宣言」は提言する。
プラットフォーム、ユーザー、メディア、そして政府が、そんな情報環境の体質改善のためにできることの手がかりを、提言は示している。
(※この研究プロジェクトには、筆者も賛同人として参加している)
●「フェイクニュースへの免疫低下」
1月6日に公開された「健全な言論プラットフォームに向けて――デジタル・ダイエット宣言」は、情報の「偏食」の問題点とユーザーができる対策について、そう指摘する。
スマートフォンとソーシャルメディアの広がりは、情報の「飽食」を後押しした。だが情報が膨張する一方で、脳が処理できる情報量には限りがある。しかもその情報は、より刺激の強いフェイクニュース(偽情報)に席捲されやすい。
米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの研究チームが2018年に発表した調査によれば、ツイッター上で「うそ」が広がる速度は6倍速く、より深く広く拡散する。
※参照:なぜフェイクニュースはリアルニュースよりも早く広まるのか(03/11/2018 新聞紙学的)
そしてニュースや情報をネット経由、特にソーシャルメディア経由で入手するユーザーは増え続けている。その傾向は、フェイクニュースへの脆弱さにもつながる。
米国のピュー研究所が2021年2月に発表した調査結果では、米国の成人のうち18%は、政治ニュースを主にソーシャルメディア経由で入手している。
これらの人々はニュースへの関心が低く、知識が少ない一方、フェイクニュースにさらされやすい。新型コロナに関するフェイクニュースを見たことが「ある」との回答は57%で、テレビなど他のメディアからニュースを入手するグループに比べ、最も多かったという。
フェイクニュースにさらされることで、感染対策の意識にも影響を与える。
インペリアル・カレッジ・ロンドンなどの研究チームが2020年9月、英国と米国で計8,001人を対象に実施した調査によれば、新型コロナワクチンに関する「ワクチン接種がDNAを変える」などの誤った情報を見たことで、英国で6.2ポイント、米国で6.4ポイント、ワクチン接種の意図の低下が見られた、という。
ソーシャルメディアなどのプラットフォームで、ユーザーが目にする情報を選別しているのは、AIを使ったアルゴリズムだ。
フェイスブックが2013年に明らかにしたデータによると、ユーザーが友達やフォロー先から受け取る投稿の総数は1日当たり平均で1,500件だが、アルゴリズムがそれを平均300件に絞り込んで表示をしている。表示されているのは、投稿全体のわずか20%だ。
アルゴリズムの選別により、ユーザーが「タコツボ」のような情報の泡(バブル)に閉じ込められた状態を「フィルターバブル」と呼ぶ。
アルゴリズムによる情報の選別には、特定の偏りがあることが明らかにされている。
ツイッターは2021年10月、同社のアルゴリズムが、右派の政治家やメディアの投稿を左派よりもより多く表示し、国によってはその差が4倍にも上ることが、日本と欧米の7カ国調査でわかった、と発表した。調査結果は「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載されている。
※参照:TwitterのAIに「右派推し」のバイアス その対策とは?(10/25/2021 新聞紙学的)
アルゴリズムが情報選別の前提とするのは、ユーザーの興味関心を反映した利用履歴だ。そして、ソーシャルメディアの場合、コンテンツの送信元は、ユーザー自身がフォローなどで選んだメディアや他のユーザーだ。そこでは、同じような意見ばかりに囲まれる「エコーチェンバー」という現象も指摘される。
プラットフォームのアルゴリズムと「フィルターバブル」、さらにユーザーの興味関心や「エコーチェンバー」などが、相互作用を繰り返す(フィードバックループ)ことによって、情報のゆがみや「偏食」はどんどんと複雑に増幅される。
ニュースや情報への接し方の現状はどうなっているのか。
PR会社のエデルマン・ジャパンは2021年4月に発表したグローバルな信頼度調査「2021 エデルマン・トラストバロメーター」で、「情報衛生」という指標を示し、「ニュースを積極的に収集しているか」「エコーチェンバー現象を避け、自分とは異なる考え方を取り入れているか」「情報の真偽を確かめているか」「不確かな情報を拡散していないか」の4つの基準から情報への接し方を尋ねている。
3つを以上を実施している「良い」の評価は、調査対象27カ国の平均で26%だった。これに対して、日本は19%。逆に、4つの基準のうち実施しているのが1つ以下の「悪い」の評価では、27カ国平均が39%だったのに対して、日本は56%となっている。
情報の「飽食」と「偏食」の問題に対処するキーワードとして、提言が示すのが「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」だ。
●「バランス」を考える
提言は、情報の「偏食」を改善するためには、現状ではブラックボックスになっているアルゴリズムを可視化し、ユーザーによって情報の「バランス」がとれるよう見直すことが必要だと指摘する。
そんな情報のバランスへの取り組みとして挙げるのが、プラットフォームによるコンテンツカテゴリーの公表、すなわちコンテンツの「成分表示」だ。
プラットフォームのアルゴリズムは、ユーザーのアテンション(関心)をつかみ、サービスに留まり続けさせるように設計されている。優先されるのは情報の「質」よりも「注目度」だ。だがその具体的な仕組みも、その結果として表示されるコンテンツの品ぞろえの傾向も、ユーザーからはわからない。
提言が参考事例として挙げるのはテレビ放送だ。放送法は番組種別の調和を保つことを定めており、テレビ局は定期的に番組の種別ごとの放送時間を公表している。このような可視化が、プラットフォームにも必要だと指摘する。
さらにユーザーが自分の情報摂取の「健康」状態を知ることができる人間ドックのような機能、「情報ドック」を提供することも提言する。
その上で、ユーザーが情報「偏食」を見直したいと思った時には、適切なバランスへと改善していくための仕組み、「デジタル・ダイエット」の機能が必要だとする。
その柱となるのが、アルゴリズムの選択と切り替えだ。情報の「健康」を意識するユーザーが、アルゴリズムによるコンテンツ選別(パーソナライズ化)の度合いを、自ら選択できるようにするべきだという。
また、災害時や選挙時、感染症大流行時には、ユーザーに必要で正確、適切な情報が確実に届くようなアルゴリズムのモードに切り替えるべきだとしている。
現在でも、フェイスブックやツイッターには、コンテンツの「アルゴリズム表示」と、アルゴリズムが機能しないリアルタイムでの「時系列表示」を切り替える機能がある。
だが、広く使われているとも、使いやすいとも言い難い。
●情報の「不健康」の背景
上述のように、情報の「偏食」とフェイクニュース氾濫の背景には、複雑な情報の生態系がある。ユーザーやプラットフォームに加えて、政治目的、金銭目的などによる情報操作(影響工作)を手がけるプレイヤーも拡大を続ける。
※参照:「ノルマは2日間でコメント200件」世界中で急拡大するニセ情報ビジネスの恐ろしい実態(11/11/2021 PRESIDENT Online)
※参照:「SNS情報工作のサブスク」125万円、中国警察の入札が示す相場と業務(12/27/2021 新聞紙学的)
※参照:フェイクニュース請負産業が急膨張、市長選にも浸透する(05/16/2021 新聞紙学的)
今回の提言では、これらの情報の生態系の問題をより幅広く検討していくために、法学、経済学、社会心理学、精神医学などの分野横断的な「情報健康学」の立ち上げも掲げている。
情報の「偏食」やフェイクニュースの拡散は、スマートフォンとソーシャルメディアが広がる以前からある。
その背景にあるのは、社会や人間そのものに根差す課題だ。
米シンクタンクの「アスペン研究所」は11月、フェイクニュースの問題などを「情報障害」と呼び、社会的病理になぞらえた報告書の中で、こう指摘している。
※参照:「女王」と王子が、SNSに「透明性」を義務付けよと訴える(11/22/2021 新聞紙学的)
フェイクニュース氾濫の問題の根本にある社会の歪みもまた、情報の生態系の「健康」を考える上で、大きな課題となる。
(※2022年1月6日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)