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なぜ、いすみ市大原漁港の港の朝市はにぎわうのか。

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長
今はイセエビ漁の最盛期。毎週日曜日は大にぎわいです。

千葉県いすみ市の大原漁港で毎週日曜日の午前中に開催される「港の朝市」が大変なにぎわいを見せています。

この朝市は古い歴史があるものではなく、実は5年ほど前から始まった歴史が浅いイベントなのですが、今大変なにぎわいを見せています。全国各地で地方創生が叫ばれる中、数少ない成功事例としてマスコミからも注目を集めていますが、ではなぜ大原漁港の港の朝市はこんなににぎわっているのかを考えてみたいと思います。

いすみ市の大原漁港は房総半島に位置する天然の良港の一つで、今の時期は特にイセエビが有名で、単一漁港の水揚げ高としては日本で1~2を争うほど多くの漁獲高を誇ります。千葉県というのは東京から近いため、昔から獲れた魚や農産物を東京へ持っていくだけで商売が成り立ってきていました。ところが、近年の交通の発達や物流革命により、東京から近いというだけでは価値がなくなってきていることに気付いた地元の皆さんが、何とか自分たちで販売する方法はないものかと考え始めたのが今から5年ほど前です。

収穫したものを東京へ持っていくだけでは原価のみの商売になってしまい、付加価値という「おいしい部分」をみんな東京の事業者に持っていかれてしまいます。ちょうどそのころ、いすみ鉄道でイセエビ特急「レストラン列車」の運転を開始し、瞬く間に大人気の列車になりました。これを見たいすみ市商工会の皆様方が、「よし、地元に食べに来てもらおう。」と始めたのがこの港の朝市なのです。では、わずか5年の間にどうやってここまでにぎわうようになったのか、そのからくりをご紹介したいと思います。

1:プロのアドバイスを受ける。

港の朝市を開催するための実行委員会を立ち上げるときに、「社長、どうやったらお客さんを集めることができるか教えてほしい。」と、商工会の出口会長さんが私に相談に来ました。今の時代は地方創生の掛け声のもと、全国各地でいろいろな取り組みが行われていますが、なかなかうまくいっているところは少ないようです。その理由はノウハウがないからです。意識が高くやる気があるのはどこも同じですが、観光をビジネスとしてとらえた場合のノウハウがないところが多く、なかなかうまくいかない。そして、そのうちだんだん元気がなくなってくる傾向があります。そこでいすみ鉄道に当時営業企画課長として勤務していたまだ40代の旅行会社出身の観光のプロを、実行委員会立ち上げの当初の段階から会議に参加させ、一つ一つのプランに係わってもらいました。こうすることで都会の人たちが地域に何を求めてくるのかに特化し、観光客が求めるものを提供するイベントという基本方針でスタートすることができました。

いすみ市商工会の出口会長さん(左)。毎週この朝市でリーダーシップを発揮しています。
いすみ市商工会の出口会長さん(左)。毎週この朝市でリーダーシップを発揮しています。

2:毎週開催すること。

地域のイベントはなかなか定期的に開催することができません。突発的な開催ではお客様のリピートにつながらないことが多く、労力の割には収穫が少ないものです。港の朝市も当初は月に一度の開催でしたが、それが隔週になり、毎週日曜に開催となると1回あたりのお客様の来場数も増えていきました。お客様というのは、「いつ行ってもやっている。」という安心感が必要ですので、それにこたえる形で毎週日曜日開催となっています。

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大人気のイセエビの掴み取り。取ったイセエビはその場で調理してもらえます。
大人気のイセエビの掴み取り。取ったイセエビはその場で調理してもらえます。

3:主体はボランティアではなくて地元事業者である。

全国的に地域イベントの主体はボランティアであることが多いのですが、港の朝市は地元事業者の皆様方が主体です。ボランティアの場合、どうしても自分たちの都合を優先してしまう傾向にありますが、地域事業者であればお客様本位の「稼ぐ観光」に特化されていきます。もちろんご案内などボランティアが必要な部分もありますが、何とかして少しでも稼ごうという考え方が活気につながっているように感じています。また、海産物など同業他社さんが同じ商品を扱っていることも重要なポイントで、一部の地域でみられるような「観光地物価」もなく、価格的にも切磋琢磨しているのが特徴です。

大原駅前の志村水産の若大将も毎週この朝市で腕を振るいます。お客様の反応を直接感じて頑張り甲斐があるようです。
大原駅前の志村水産の若大将も毎週この朝市で腕を振るいます。お客様の反応を直接感じて頑張り甲斐があるようです。
例えばこのイセエビの値付け。グラム単価ではなくて1尾の値段になっているところがお客様としてはわかりやすいし安心できますね。
例えばこのイセエビの値付け。グラム単価ではなくて1尾の値段になっているところがお客様としてはわかりやすいし安心できますね。

4:そこで食べてもらおうという方針

朝市という商売はなかなか難しいものがあります。それは、買ったものをどうするかということで、午前中買いものした後でお客様はこれから1日観光をするわけですから、お土産品を買うには時間的には早い。特に新鮮な海産物などは1日持って歩くと鮮度を失ってしまいます。そこでこの港の朝市では、朝市会場で食べてもらおうという取り組みを中心に行っています。活イセエビを買ってその場でさばいてもらってその場で炭焼きバーベキューにして食べてもらう取り組みが大人気で、観光客、特に都会の人たちはバーベキューが大好きですから当然財布のひもも緩みがちで客単価もかなり高いと私はみています。

活イセエビをさばいてもらってその場でバーベキュー。これが大人気の秘訣です。もちろん地元のプロのおじさんが焼くのを手伝ってくれますから安心です。
活イセエビをさばいてもらってその場でバーベキュー。これが大人気の秘訣です。もちろん地元のプロのおじさんが焼くのを手伝ってくれますから安心です。
台湾から来た観光客のグループ。焼き立てのイセエビに皆さん大満足です。ちなみにいくら使ったかを尋ねてみると、6人で4万円以上だそうです。朝市でイセエビだけでこの値段を払ってもらうのが稼ぐ観光です。
台湾から来た観光客のグループ。焼き立てのイセエビに皆さん大満足です。ちなみにいくら使ったかを尋ねてみると、6人で4万円以上だそうです。朝市でイセエビだけでこの値段を払ってもらうのが稼ぐ観光です。

このように、事業者の皆様方はこの朝市を「稼ぐ場所」として認識されていて、どうやったらより多くの利益を出せるかを毎週毎週やっていることで、さらに切磋琢磨していくという好循環が起きているのが港の朝市なのです。その根底にあるのはお客様に喜んでいただくこと。観光客というのは地域にお金を使いに来ているのですから、たっぷりお金を使っていただいて、その分ご満足をいただくということを毎週毎週繰り返しやっているのが大原漁港の港の朝市なんですね。

ちょうど今週末の23・24日は大原の町中で「はだか祭り」が開催されます。このお祭りも関東圏内ではなかなか見られないような勇壮なお祭りで、神輿を担いだ男衆がそのまま海へ入っていくシーンも見られます。ぜひ、みなさま一度千葉県いすみ市の大原漁港「港の朝市」へお越しください。

そして、いすみ鉄道もお忘れなく。

この秋のお休みはいすみ市へいらしてみてください。

いすみ市はだか祭のお知らせ(いすみ市役所)

※写真はすべて筆者撮影。

※9月23日は「はだか祭り」開催のため、港の朝市はお休みとなります。ご了承ください。

大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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