日本が世界から劣後する一因が「PDCA」のやり過ぎ 世界は「デザイン思考」にシフト
イノベーションを阻害する意思決定の遅さ
今年は米シリコンバレーに2回取材に出向き、中国・深センにも出かけた。深センは世界的大メーカーに成長した通信機器の華為や、ドローンのDJIの本社がある都市で、モノづくり系のベンチャーも勃興しており、今や「ハードウエアのシリコンバレー」と呼ばれている。
米国と中国での取材を通じて感じたことが一つある。共通するのは「スピード」。とにかく経営の意思決定が速いことだ。シリコンバレーのあるオフィスにはゴキブリの絵が張られ、「素早くしぶとく」といったメッセージが打ち出されていた。中国のロボット関連会社でも社是の一つが「今やる!すぐやる!私がやる!」だった。これに対して、日本企業は総じて意思決定が遅い。それがイノベーションの誘発を阻害していると筆者は考える。
シリコンバレーで嫌われる日本企業
米国ではベンチャーキャピタルの人からこんなことを言われた。「日本の大企業はシリコンバレーによくやって来るが、1週間で投資決断できるようなことを本社で稟議書を回して半年以上かけて決断する。この間にビジネスの環境は変わる。米国のベンチャー企業は日本の大企業とは組みたくないというのが本音ですよ」
昨年、イスラエルの投資セミナーのようなイベントを取材した際にも、冒頭で講演したイスラエルの人が「すぐに決めない人は、今日は帰ってください。日本企業は、提携や投資などを最終決定するのに時間がかかり過ぎる」と言っていた。
日本企業はどうやら「決められない病」にかかっている、と世界からはみなされているようだ。筆者の独断と偏見も入るが、その原因の一つは「PDCAサイクル」へのこだわり過ぎだ。PDCAとは、P(プラン=計画)、D(ドゥ=実行)、C(チェック=確認)、A(アクション=再実行)のこと。Aの後にS(スタンダイゼーション=標準化)が来る。P→D→C→A→Sのサイクルを繰り返すことで標準作業の水準を高められる。品質管理の水準を高めていくためには必要な手法だ。
PDCAを回してもイノベーションは起こらない
日本ではPDCAに関する本が多く出版されており、ビジネスマンが実績を出そうと思えば、PDCAサイクルを回すことが、金科玉条のようになりつつある。ただ、PDCAサイクルは、「正解」が見えた領域で使うと威力を発揮する。たとえば、追いつき追い越せの時代に、効率的に高品質な製品を大量生産する時代には有効な経営テクニックだったということだ。
しかし、時代の先行きが不透明な時代、すなわち何をやるのが正しいか分からない時代に、PDCAサイクルにこだわり過ぎると、物事が先に進めなくなってしまう。そもそも先が読めないのだから、その時点で緻密な計画の立てようもないからだ。そこを日本の企業は、Pづくりにこだわり過ぎて、社内調整に時間を浪費しているように見えてしまう。そして、Pが出来上がった時には情勢が変化してしまっている。
無意味なコンプラも対応も悪弊
先が見通せない時代には誰かがリスクを取ってやってみるしかないのだが、日本企業では無意味なコンプライアンス強化や成功体験への安住なども影響して、社内の基準やルールに合致しないことには挑戦しづらい風土が少なからずある。その基準やルール自体が時代遅れになっているかもしれないのに、だ。
そもそも、新しいビジネスを創出する仕事に標準(S)はないのだからPDCAサイクルを回しても意味がない。まずは、やってみて(D)、確認と軌道修正(CとA)をしながら、大きな方向性が見えて初めて計画(P)が立てられるのではないか。PDCAサイクルへのこだわり過ぎは、新規事業推進の阻害になりかねない。
「やってみなはれ」。サントリーを創業した鳥井信治郎氏も松下電器産業を興した松下幸之助氏もこの言葉をよく発していたという。やってみないと分からない、という意味が込められている。日本の経済成長が止まってしまった一つの要因に、「やってみはなれ」精神の欠如があることを中国や米国での取材を通じて改めて感じた。
ロジカルシンキングにも限界
そして、この「PDCAサイクル思考」と対極にあるのが、「デザイン思考」だ。端的に言えば、デザイナーの発想である。シリコンバレーや深センでは、この「デザイン思考」をビジネスマンが重視しているように思えた。
「機能性だけなく見た感じ」、「製品がもつストーリー性」、「個別機能よりも製品群全体での調和」、「論理ではなく共感」、「まじめさだけではなく遊び心」、「モノよりもモノをもつことの意義」といったコンセプトから「デザイン思考」は成り立っていると言われる。
世界のビジネスマンは、MBAでロジカルシンキングなどを学んできたが、これはある程度「正解」が見えている領域で最適解を見出す分析的アプローチ。「PDCAサイクル思考」も同様のことが言える。これに対して「デザイン思考」とは決まった課題を解くのではなく、解くべき解を探す力を養うことに重点を置くものだ。時代の変化が速く、何が売れるかも分からない時代は、「潜在的なニーズ」を探し出すことの方が重要だろう。
デザイナーの才能は先天的なものと思われがちだが、米国では後天的才能と見なされる傾向が強い。教育によって「デザイン思考」は身に付くと考えられているのだ。一例を挙げると、米アップルとのつながりが深いコンサルティング企業が、アップルのデザイナーの才能は後天的なものと感じ取り、その育成のメカニズムを体系化し、クリエイティブ人材を育てるためのツールとして活用している。
「古くて重い変化を嫌う」日本企業の中にも、「デザイン思考」への関心が高まりつつある。変化せずとも過去の蓄積によって何とかやってこれた企業も、人工知能(AI)の進化に代表される技術革新によって変革を余儀なくされているからだ。