劇場の業務停止で上映ストップ、緊急手術の病を乗り越えて。2年のブランクを経て、再巡業へ
コスパやタイパが否応なく求められるいまの時代に抗う。そのような時流に逆行する気持ちはおそらく本人にはさらさらない。
ただ、場合によっては作品が完成を迎えるまで9年。ここまで手間暇を惜しむことなく、細部にわたってこだわり、なにか目覚める瞬間を待つように熟成させて、ようやく1本の映画を生み出す、彼のような映画作家はほかには見当たらない。
坪川拓史。本人が意図したかどうかは定かではないが、彼はじっくりとじっくりと時間をかけて、しっかり自身の心血を注いで映画をここまで作り続けてきた。
なにも時間をかければいいものではない。
だが、長き年月を経て、時に中断やトラブルに耐えて生まれた彼の作品は、映像のもつ「美」と俳優本人の「人間力」が刻まれ、不思議な命が宿る。
現在全国順次公開中の<孤高の映画作家 坪川拓史全作品>は、タイトル通り、坪川が制作してきた全作品を網羅した特集上映だ。
だが、彼自身の映画作りと同様に、この特集上映自体もいくつかの危機を乗り越え、数年という時間を経て全国公開を迎えることになった。
ようやく念願だった特集上映にこぎつけた坪川監督に訊く。全七回/第一回
次の上映に向けて動いていたときに入ってきた予期せぬ報せ
先で少し触れたように今回の特集上映<孤高の映画作家 坪川拓史全作品>は、2022年春に坪川の地元である北海道でスタートしている。
札幌・サツゲキでの上映は大好評。その時点で次の上映館も決まっていた。
ところがその後、いろいろな要因が重なって全国上映がストップ。
ようやく今年4月に新宿・K’s cinemaで上映再スタートとなった。
約2年のブランクを経ての全国上映となる。
そのあたりの経緯を坪川監督はこう明かす。
「おかげさまで地元・北海道での上映は上々の入りで。
この3月にお亡くなりになった坂本長利さん(※坪川監督作品『モルエラニの霧の中』などに出演)もゲストで来てくださって、ほぼ全日上映に立ち会ってくださいました。
ほんとうにいい上映になって、いい弾みがついて次の上映へいけると思っていました。
現実としてすでに京都の出町座さんでの上映は決まっていて、そのほかの劇場とも上映に向けての話し合いが進んでいました。
ところがもう青天の霹靂で……。
上映終了後、当時の『サツゲキ』の母体である会社が民事再生法を申請して業務停止になってしまったんです。
もうびっくりしました。なにせ、つい先日まで劇場で上映して、お客さんも来てくださって、いいひとときを過ごしていたわけですから。
にわかに信じられないですよ。でも、現実だった。
ニュースで報じられた翌日に劇場に行きました。
この前まで一緒に上映を手伝ってくれていた劇場のスタッフが大丈夫か心配で足を運びました。
行くとみんな憔悴しきっている。当然といえば当然ですけど、彼らは今回の件で不利益をこうむった方たちから殺到する問い合わせに対応し続けていたようです。
だから、また叱られると思ったのか、僕がいくと『すいませんでした』と謝りどおしで……。
で、僕がいやいや違う『心配になってきたんだ』といったら、みんな涙目になってしまって……。もうあの光景は忘れられないですね。
聞くと、彼らもニュースで報じられる1時間前に、『実は…』ということで伝えられたそうです。
つまり経営のトップの方しか知らなかった。現場レベルのスタッフは知る由もなかった。
こうしてサツゲキが民事再生法で業務停止となったことで、金銭面が主なところで僕は不測の事態に陥ってしまったといいますか……。
次に向けて動くには、資金面を含めていろいろとクリアしなければならない難題がいくつか出てきてしまいました」
今回は何事もなく無事に上映を重ねていけたら
さらに不測の事態が続く。よりによってこんなときにと思わずにいられないが、同じころ、今度は坪川監督自身が体調を崩してしまう。
「緊急入院して手術を受けました。
お医者さんに『なんでこんなになるまでほうっておいたんだ』と怒られました。
もうちょっと手術が遅かったら、もう命を落としていてもおかしくなかったそうです。
こういったことも重なってしまって、この特集上映に関しては一旦棚上げになっていました。
僕がこれまで発表している映画は、どれも一筋縄ではいかなくて、いろいろと苦労に苦労を重ねて、長い歳月の果てに完成している。
この上映がとん挫したときは、『上映でもまだ苦労するんだ』と落ち込むのを通り越して笑ってしまいました」
今回は、こういった危機を乗り越えての再始動になる。
「いや、ようやくと言った感じです。
今回は何事もなく無事に上映を重ねていけたらと思っています(苦笑)」
(※第二回に続く)
<孤高の映画作家 坪川拓史全作品>
『美式天然』『アリア』『ハーメルン』『モルエラニの霧の中』4作品を上映
秋田・御成座にて8月2日(金)まで公開中。以後全国順次公開予定
【坪川拓史監督舞台挨拶決定】
7月29日(月)までの期間中、すべての回上映後に実施