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【パリ】花咲く日本の才 ヴァン クリーフ&アーペルの展覧会 蜷川実花×田根剛

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
展覧会「FLORAE(フローラ)」(写真はすべて筆者撮影)

パリを代表するハイジュエリーメゾン「ヴァン クリーフ&アーペル」の展覧会がいま開かれています。

タイトルは「FLORAE(フローラ=植物相)」。ヴァン クリーフ&アーペルといえば、1906年の創業以来、自然、花をモチーフにした作品を次々と発表してきたメゾンですが、その歴史的名品100点あまりが、日本人写真家・蜷川実花(にながわ・みか)さんの花の写真と響き合うというもので、会場デザインを担当したのが、パリを拠点に活躍する日本人建築家・田根剛(たね・つよし)さんです。

パリ・ヴァンドーム広場にあるオテル・デヴルー(Hôtel d'Evreux)が会場になっていて、由緒ある邸宅建築の内側に出現した世界はまるで時空を超越した夢の舞台。その場に身をおけば、浮かんでは消える艶やかな大画面の花の写真に包まれつつ、ガラスケースの中の小宇宙に思わず引き込まれてゆく…。

迷宮(ラビリンス)、万華鏡、あるいは『不思議の国のアリス』の世界に迷い込んだよう、など、さまざまに形容されるほどに、めくるめくようなひとときを体感する展覧会です。

会場は17〜18世紀に建てられたオテル・デヴルー
会場は17〜18世紀に建てられたオテル・デヴルー

会場内の様子。蜷川さんの花の写真とヴァン クリーフ&アーペルの名作ジュエリーが響き合う。
会場内の様子。蜷川さんの花の写真とヴァン クリーフ&アーペルの名作ジュエリーが響き合う。

そもそもこの展覧会は、2019年から20年にかけての開催が予定されていたところ、コロナ禍のために長い延期となっていましたが、いよいよ9月10日に開幕しました。専用サイトから日付と時間を予約して観覧できるシステムで、料金は無料。ハイブランドの懐の深さを感じるこのイベントは、11月14日まで開催されています。

一般公開に先だって行われた記者発表で、ヴァン クリーフ&アーペル社長のニコラ・ボス氏はこんなふうに語っています。

蜷川実花さんとは、2017年に日本でコラボレーションしています。大きな壁面を彩った彼女の花の写真は、ヴァン クリーフ&アーペルの作品と素晴らしくマッチしていて、ぜひパリでも、と計画していたのです。

日本独特のアートは、とくに1920年代、30年代のヨーロッパの装飾美術に大きな影響を与えてきました。花の儚さの詩的な表現。それはヨーロッパ人からすると非常に日本的です。今回のコラボレーションもまたそこに立ち返る機会であると同時に、ありきたりではないものになっています。

会場は、従来のセノグラフィーではなしえなかった世界です。ブティックで商品としてのジュエリーを観るのとはまた違った体験をしていただきたい。幅広く多くの方々、お子さんにも足を運んでいただいて、ぜひこのマジックを楽しんでほしいと思います。

オテル・デヴルーでの記者会見。左からヴァン クリーフ&アーペル社長のニコラ・ボスさん、蜷川実花さん、田根剛さん。
オテル・デヴルーでの記者会見。左からヴァン クリーフ&アーペル社長のニコラ・ボスさん、蜷川実花さん、田根剛さん。

記者発表が行われた時点では、日本帰国後3日間の完全隔離など、日仏間の渡航は少なからぬ制約をともなうものでした。蜷川さんは東京での大展覧会を控えているため、3日だけのパリ滞在という強行軍でしたが、颯爽と登壇して質問に答え、続くグループインタビューでもとても興味ぶかい話をしてくれましたので、その一部をここにご紹介したいと思います。

蜷川実花さんインタビュー

消えゆくものの美、もののあわれ。花にはすべてが入っている。気づくとどうしても花に寄っていってしまっています。世界を俯瞰で捉えることの大切さもあるけれど、もしかしたら女性的な視点なのかもしれませんが、ひとつひとつのささやくような美しさ、無限にその奥に広がりがあるような気がして、そこにフォーカスしてゆきたくなるのです。コンセプトがあるわけではなく、生理的にそうなってしまう。撮らずにはいられない。「どうして花なのですか?」と、よく尋ねられますが、理由があるというよりも、残さないではいられないという衝動のほうが大きいかもしれません。

ヴァンドーム広場に面した部屋で各国のジャーナリストのインタビューに答える蜷川実花さん。
ヴァンドーム広場に面した部屋で各国のジャーナリストのインタビューに答える蜷川実花さん。

シャッターを押すときは、長いことやっているので、ある程度、こうやって撮ったら美しく撮れるみたいな方程式が自分のなかにできてしまうのですが、そういう技術的なことでなくて、ほんとうに心が動いたからとか、「なんて美しいんだろう」と、言葉にするとシンプルなのですが、「絶対撮りたい」みたいな気持ちをどこまで純粋に持ち続けられるかということがキーワード。それがないと、不思議と通用しなくなってゆく。それは見てくださっている方になにか波動みたいにして伝わってゆくことだと思うので、逆に長くやっているからこそ、心が動かされたからシャッターを押すということの大切さを年々感じています。

セルフ・ポートレイトに近いようなところがあって、たとえば桜だったら、毎年同じ桜がある程度同じように咲きますけれど、その年の自分の気持ちだったり、世界のあり方だったりで全然写真が変わるんです。そこには、あるものを写すとか、そのものが持っているパワーをいただくこともありますが、そこと自分がどう対話をしていたかとか、その時の自分がどんな気持ちでその対象をみつめていたかということも同時に重要。その合わせ技でいろんなことが起こっているような気がします。

展覧会のスタートは、天井、壁、床まで桜づくしの空間。このまばゆい世界からブラックボックスのようなゾーンに入ってゆく。
展覧会のスタートは、天井、壁、床まで桜づくしの空間。このまばゆい世界からブラックボックスのようなゾーンに入ってゆく。

撮ること自体は短時間。けれども、常日頃そのアンテナをはっているので、生活するのがたいへんなくらい。そのスイッチを入れて世界を見ると、ありとあらゆることが面白くて、ありとあらゆるものを残したくて、世界中でいろいろな素敵なことが起こっているから、そわそわしてしまう。

日常のなかには、探す気持ちになれば、自分がそういうものを求めて丁寧に生きていると、いくらでも光り輝く瞬間はある。特にコロナでは「今」の大切さを感じて、それをしっかりとキャッチしてゆきたいという気持ちがより強くなった気がします。

会場を彩る蜷川さんの作品は、10数年間撮り続けている何万、何十万という写真のなかからセレクトしたもので、フィルム、デジタル、そしてスマホで撮ったものもあるといいます。

センセーショナルなまでの色彩が独特ですが、加工などはせず、自然のままの色。しかもほとんどが自然光で撮った写真です。

田根剛さんの会場コンセプト

会場デザインを担当した田根剛さんは、パリを拠点に世界規模で活躍する建築家。ハイジュエリーの展覧会デザインは初めてということもあり、なかなか苦労されたようです。

ヴァンドーム広場を見下ろす窓辺に立つ田根剛さん。
ヴァンドーム広場を見下ろす窓辺に立つ田根剛さん。

蜷川さんの写真はすごく強くて、宝石は小さいもの。バランスをとるのが難しいです。今回は、光をコントロールすることに集中して、(両方を)光によって生かすことを意識しました。

闇に浮かびあがる万華鏡のように写真とジュエリーが光をまとう。
闇に浮かびあがる万華鏡のように写真とジュエリーが光をまとう。

田根さんは、ブラックボックスのような空間にハーフミラーを設置し、そこに光を明滅させることによって、写真を浮かび上がらせるという手法をとりました。中にいるとどのくらいの広さがあるのか見当がつかないのですが、会場はじつは150平米ほどと意外にも限られた空間。そこで100点以上のジュエリーを見せるためには、空間全部を使い切る必要がありました。

ハーフミラーの効用を最大限に活用しつつ、それを入り組んだ屏風のように配置することで、まるで迷路のような動線になっていますが、それは宮廷建築を象徴する「鏡の間」や緑の迷宮のようなフランス式庭園を現代の手法で再現した、と形容できるかもしれません。

『不思議の国のアリス』の世界に迷いこんだよう、という来場者の感想には大いに納得するところですが、田根さんにはじつは別の思いがあります。

作っているときにはあまり考えていなかったのですが、僕としてはむしろ『モモ』の物語だと思いました。「好きな本は?」と聞かれると『モモ』と答えるくらい、ミヒャエル・エンデのこの話が僕はすごく好きです。

モモが旅をして、時間の世界に入ってゆくと「時間の花」というシーンがあります。「時間の花」は池のなかにあって、そこに振り子があって、振り子が手前にくると花は生き生きとして、モモは幸せな気持になって嬉しくなる。けれどもまた振り子が遠くに行ってしまうと、急に目の前の美しかった花が枯れて花びらが落ちて、悲しくて泣きそうになってしまう。で、また振り子が戻って花が生き生きとする。そしてまた花びらが落ちて悲しくなる。なにかそんな「時間の花」という話を思い出しました。

ハーフミラーに映し出される写真は、ゆっくりと消えたり浮かびあがったりを繰り返す。
ハーフミラーに映し出される写真は、ゆっくりと消えたり浮かびあがったりを繰り返す。

田根さんはまた、今回の展覧会のために宝石のショーケースにもこだわりました。

古代から人間が、宝石というものに欲望を感じたり、愛を感じたり。人類を突き動かし続けたもの。(ハイジュエリーは)それを形にした一つの芸術です。正面だけがすべてではなく、手仕事による構造とかほんとうに素晴らしい。それも見せたいと思ったので、通常のショーケースではなく、多面体のものを作りました。

田根さんのケースへのこだわりは、形だけでなく、台座の色にまで及びます。はじめは宝石を浮かび上がらせるために黒で統一しようとしましたが、それでは重すぎると感じて変更。ゾーンごとのジュエリーと写真のイメージに添うように、臙脂、紫、青など、台座の色も変化させています。

そんな具合に、細部にまで見どころの尽きない展覧会ですが、もとより、1920年代から現代までの名品ジュエリーがもつパワーが並大抵ではありません。インターネットでたいていのことができるようになった今だからこそなお、体感することの価値をあたらめて思い起こさせてくれる展覧会といえるでしょう。

1937年に発表された菊をかたどったブローチ。
1937年に発表された菊をかたどったブローチ。

合わせ鏡のようになったところに、ジュエリーのさまざまな表情が映る。
合わせ鏡のようになったところに、ジュエリーのさまざまな表情が映る。

EXPOSITION FLORAE

Van Cleef & Arpels × Mika NINAGAWA

2021年9月10日〜11月14日

Hôtel d'Evreux

19 place Vendôme 75001 Paris

展覧会の雰囲気は、こちらの動画からも感じ取っていただけます。

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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