「分科会の乱」で見える菅政権のばたばたと政治の行方
フーテン老人世直し録(582)
皐月某日
画期的なことが起きたと大騒ぎである。14日に菅政権は前日に決めた新型コロナウイルス対策の方針を引っ込め、専門家でつくる分科会の意見に従って異なる対策を決定したからだ。
方針を決めるのはあくまでも政府である。分科会はそれに意見を言うことはあるが、分科会の言う通りに政府が方針を変えることは通常あり得ない。なぜなら政府は方針を決める前に、あらかじめ専門家や地方自治体と調整を行い、根回しが終わった段階で方針を決定するからだ。
ところが今回はそうではなかった。地方自治体とは調整済みであった決定事項が、分科会の専門家たちには了解を得られていなかった。そこが不思議だ。権力内部に何か不穏な動きがあるのではないかとまずフーテンは疑った。
カギは北海道だった。13日の北海道は札幌市で499人、全道で712人と過去最多の感染者数を記録した。全道の感染者数も問題だが、その7割は札幌市で、広い北海道の中で札幌市の感染増が顕著であった。
それを受けて鈴木道知事は13日の道議会で「緊急事態措置の地域を限定した運用について、札幌市の意向も踏まえ、国に求めて行きたい」と述べ、都道府県単位で出されている緊急事態宣言を札幌市限定で講じるよう国に求める考えを表明した。
これに対し加藤官房長官は記者会見で、「緊急事態宣言は全国的かつ急速な蔓延の恐れがある時に公示される」とし、地域限定で緊急事態宣言を出すことは「趣旨から言って合理的なのか」と疑問を呈した。
つまり政府は、緊急事態宣言は全国的な蔓延の恐れがある時に都道府県単位で出すことになっており、地域限定の感染対策は「蔓延防止等重点措置」の適用範囲と考えているのである。
そうした論理で13日夜の会合では、北海道をはじめ岡山県や広島県も「蔓延防止等重点措置」の対象とされ、政府の方針が決定された。しかしこの会合で西村コロナ対策担当大臣は納得せず、緊急事態宣言の対象とするよう菅総理に訴え、議論は1時間ほど続いたという。最後に「14日の専門家の声によっては再考する」ことを確認して会合は終わった。
ともかく決定された方針に基づき北海道も岡山県も広島県も「蔓延防止等重点措置」の準備に取りかかる。ところが一夜明けた分科会で、配布された資料には「ステージ4」の段階にある自治体として北海道、岡山県、広島県の数字に赤い丸印がつけられていた。
そして分科会メンバーで日本医師会理事の釜萢敏氏が「北海道の医療状況は看過できないレベル」と発言すると、他の分科会メンバーからも政府の方針に異論が相次ぎ、北海道だけでなく赤い印がつけられていた岡山県や広島県も緊急事態宣言の対象として俎上に上った。
分科会は「緊急事態宣言を出すべき」というムードが支配的になる。そこで西村大臣は閣議に出席するため中座し、閣議後に菅総理を交えて、加藤官房長官、田村厚労大臣と話し合った。
西村大臣が「専門家は納得しない」と言うと、聞いていた菅総理は「専門家の意見を尊重する」と応じ、直ちに前夜の方針は撤回され、北海道、岡山県、広島県が「緊急事態宣言」の対象になることが決まる。
それによって北海道も岡山県も広島県も地方自治体が大混乱に陥ったことは想像に難くない。「専門家の意見を尊重した」と言えば聞こえは良いが、統治機構にとって通常ならありえない前代未聞のことが起きた。それはフーテンに様々なことを想像させる。
一つは、これで「緊急事態」と「蔓延防止等重点措置」の定義があやふやになった。専門家は「ステージ4」の段階になれば「緊急事態」を宣言すべきと考えている。一方、政府は加藤官房長官によれば全国規模でしかも急速な蔓延がある場合に限られると考えている。最後の切り札としての宣言だ。
前者なら今後もあちこちで緊急事態宣言が出されることが想像される。しかし頻繁に緊急事態宣言が出されれば、国民はそれに慣れてしまい、効果がさほど高まらない恐れがある。
だが今回の決定は、専門家の考えに軍配を上げたのだから、もはや政府の考える最後の切り札としての宣言は、全国を対象にする場合のみになった。そうなると宣言を発するのも解除するのも専門家が言うように「ステージ4」の指標が重要になる。これまで菅総理が言ってきた「総合的判断」で解除することは意味をなさなくなった。
ということは5月31日までという期限も意味がなくなり、宣言解除は「ステージ4」を脱したことが条件になる。さらに言えば尾身会長が繰り返して言うように「ステージ2」に向かっていることが確認できるまで緊急事態宣言は解除されないことになる。
それを菅総理は容認したのである。問題は果たして菅総理にその自覚があるのかどうかだ。菅総理がいったん決めた方針を撤回した背景には、支持率の低下があるからではないかとフーテンは思うからだ。
以前のブログにも書いたが、自民党内に派閥を持たない菅総理は、世論の支持率が頼みの綱だ。昨年末にも支持率が急落すると、後ろ盾である二階幹事長の了解も得ず、「Go TO トラベル」を中止したことがある。
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