イラク:急速に死に向かうチグリス川
チグリス川は、トルコを源流とし、シリア、イラクを流れる川で、中東有数の大河の一つだ。現在のイラク南部に相当する地域では、同じくトルコからシリアを通過してイラクへと至るユーフラテス川とともに、メソポタミアの沖積地を形成し、そこでは古代から様々な文明が育まれてきた。チグリス川とユーフラテス川は、合流してシャットルアラブ川となり、ペルシャ湾に注ぐ。しかし現在、チグリス川は流水量が減少し、流域の地域では様々な被害が生じている。特に、イラク南部での水不足は深刻で、それが原因で住民の多くが移住せざるを得なくなる可能性もある。2022年9月20日付『ナハール』(キリスト教徒資本のレバノン紙)は、AFPを基にクルディスタンから南イラクの河口に至るまでのチグリス川/シャットルアラブ川の流域の状況を要旨以下の通り報じた。
イラクのクルド山地の住民は、ジャガイモの栽培と牧羊で生計を立てていたが、「かつては洪水となる程だった(チグリス川の)水量は、日に日に減少している」とのことだ。流域の農民やイラクの当局は、トルコが自国領内に複数のダムを建設して水流を絶っていると非難する。(イラクの)公式な統計によると、2022年のトルコからイラクに流入するチグリス川の流量は、過去100年間の平均の35%に過ぎない。チグリス川の場合、川の全長が約1850kmのところ、トルコ領の部分が約400km、シリア領の部分が約40km、イラク領の部分が約1420kmとなっているが、水源の大半はトルコ領内にある。イラク(そしてシリア)は、トルコに対しより多くの水を下流に流すよう求めており、これは長年の外交課題である。一方、駐イラク・トルコ大使は、最近この問題について、イラクでは広汎な水の浪費があると指摘し、イラク人に対し水資源のより適切で効率的な使用を呼びかけた。専門家の間でも、イラクの農民が耕地を水没させるという「シュメール時代と同様の原始的な方法」を灌漑に用いていることが問題となっている。
干ばつが原因で、イラク政府は様々な農作物の今期の作付面積を半分に減らしたが、チグリス川流域では収穫が見込めない状況である。農民の一人は、農畜産業を廃業して避難民にならなくてはならないと苦情を述べた。この農民によると、深さ30mの井戸を掘ったものの、灌漑用にも家畜用にも適さない塩分濃度が高い水しか出なかったため、井戸掘りは失敗した。2021年、世界銀行は、2050年までに気温が摂氏1度上昇すれば、イラクにおける淡水は20%減少すると警告している。2022年8月、国際移住機構は、2022年3月までにイラク中部・南部の3300家族が、気象状況が原因で避難したと指摘した。
バグダードでは、流水量の減少が原因で土砂が下流まで流れずに堆積している。イラク政府による浚渫事業は、近年の資源不足のためほとんどが停止している。シャットルアラブ川がペルシャ湾に注ぐ、イラク、イラン、クウェイトの国境地帯では、川の水量が減少したため海水が流入し、川の塩分濃度が上昇している。国連や地元農民は、土壌の塩分が増加したため収穫が減少していると考えている。シャットルアラブ川の塩分濃度が上昇したため、バスラ近辺では淡水魚が姿を消し、海水に住む魚が進出してきた。淡水魚の漁獲量の減少は、地域の漁民の収入にも影響を与えている。
これまでも繰り返してきたとおり、近年イラクは深刻な干ばつ被害に悩まされており、これが大規模な人口移動や社会不安を呼ぶことも懸念される。しかも、この地域における水不足は、専ら気候変動が原因と考えたり、イラク一国の問題として考えたりしても有効な解決策とはならない。チグリス川、ユーフラテス川についていえば、流域国であるトルコ、シリア、イラク全体での人口や水資源需要の増大も考えざるをえない。シリアでは紛争、イラクでも政治空白が続いており、水不足の問題に迅速に対処できる体制の構築は当分期待できそうにない。