伊豆大島記録的豪雨 「特別警報の課題」と「命を守るのは誰か?」
台風第26号の接近・通過に伴う集中豪雨により、伊豆諸島北部の伊豆大島では甚大な土砂災害が発生してしまいました。被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げるとともに、一刻も早く救助活動・復旧活動が進むことを願ってやみません。
伊豆大島にある気象庁の大島特別地域気象観測所(旧・大島測候所:2009年10月から無人化。雨量観測地点名:大島元町)では、24時間雨量824.0ミリを観測。通常であれば2か月ほどかけて降る雨がわずか1日程度で降ったことになります。大島元町のこれまでの24時間雨量の記録は400ミリ程度(1991年の元町移転後のデータ。移転前を含めると大島測候所では1982年の712ミリがある)でしたので、その約2倍の値まで一気に記録を更新するほどの凄まじい豪雨になったのです。
また、午前3時前後には、1時間雨量が100ミリ前後の猛烈な雨の時間が3~4時間程度も続きました。私はこの数字を見たときに背筋に冷たいものを感じるほどの恐怖感を覚えました。
出されなかった「特別警報」
この夏から運用が始まった特別警報。法律上は「重大な災害の起こるおそれが著しく高まった」場合に発表されることになっています。今回、もし発表されるとすれば、「大雨特別警報」(「雨を要因とする特別警報の指標」に基づく)になったはずです。より具体的には、運用上、その地域で「数十年に一度」レベルの大雨にすでになっている・まもなくなると予想される場合に発表されることになります。
これまでにも何度か取り上げていますが、この場合の「大雨特別警報」が想定しているものは、おととし紀伊半島で発生した台風第12号による大規模な水害のような、ある程度の地域的な広がりをもった大災害です。気象庁では全国の雨量や土の中の水分量(土壌雨量指数)を5km格子でリアルタイム監視しており、これをもとにして各種の情報を発表することになります。
「大雨特別警報」の発表基準は、
48時間降水量および土壌雨量指数が、「50年に一度」の値に達する5km格子が、府県程度の広がりの範囲内で50格子以上 (「長期」の基準)
3時間降水量および土壌雨量指数が、「50年に一度」の値に達する5km格子が、府県程度の広がりの範囲内で10格子以上 (「短期」の基準)
とされていて、一部の地域に集中した「局地的な大雨」というよりも、広域にわたる大災害を想定した情報として運用されています。
伊豆大島の大島町における、48時間雨量の基準は「419ミリ」。3時間雨量の基準は「147ミリ」(いずれも町内の平均値)と公表されています。24時間で824ミリを観測しているのですから、この基準ですら大きく上回るレベルでした。しかし、伊豆大島の5km格子はすべて足しても9つしかありません。大雨特別警報が出されなかったのは、この「地域的な広がり」を満たしていないと判断されたのが大きな理由なのです。
島嶼部では「大雨特別警報」は発表されないのか?
では、格子数がかなり少ない島嶼部(とうしょぶ:島々のこと)では、そもそも運用上、大雨特別警報が出されることはないのでしょうか。気象庁に問い合わせたところ「本土と島嶼部とで分けることはしていない」そうで、島嶼部でも発表される場合はある、ということでした。
たとえば、「諸島の広域で50年に一度レベルの大雨になっている場合」や、「諸島と隣接する本土で同一の気象的な背景により、同時に50年に一度レベルの大雨になっている場合」とのこと。今回も、茨城県や千葉県でも台風の大雨により雨量が増え、一時的に「48時間雨量が50年に一度レベル」の5km格子が20格子程度に達していた模様です。
これらの格子と伊豆大島の格子の数を足し合わせ、50格子に達していれば、連動して伊豆大島(発表は府県まとめてなので「東京都」になる)にも大雨特別警報が出された可能性はある、という話でした。
しかし、島嶼部単独での大雨特別警報は、例えば小笠原諸島のように周囲にあまりほかの島もなく、広く海に囲まれている地域などは特にですが、運用がかなり難しいことは否めません。気象庁でもこのままで良いのか、課題として認識しているようです。
私見ですが、海に囲まれており「府県程度の広がり」を適切につかみにくい島嶼部においては、格子の数を減らしたりするなど、基準を柔軟に変えていく改善が出来ないだろうか、と感じます。おととしの台風第12号のような「地域的な広がり」とは趣旨がややズレてしまう場合もあるかもしれませんが、それでも構わないと感じられます。
また、本土においての基準格子数を変えてしまうと頻繁に特別警報が出されてしまい、「オオカミ少年」化する懸念がありますから、島嶼部だけと限定すれば効果があるような印象を受けます。いずれにせよ、より適切なあり方について議論する必要があるでしょう。
「特別警報」待ちは絶対にやめて!
以前から指摘していますが、特別警報が出される際には、それに先んじて「警報」が発表されます。警報は、人命にかかわるような重大な災害が予想される場合に発表されるため、警報が発表されたら「避難」を念頭においた行動を考える段階に入った、と思う必要があるわけです。
土砂災害に関していえば、気象台と都道府県が共同で発表する「土砂災害警戒情報」が大雨警報(土砂災害対象)よりさらに上位にあります。土砂災害警戒情報が出される段階になると、同時多発的な土砂災害が起こりやすい危険な状況が予想されているわけで、がけや斜面の近くに住む人は周囲の状況から判断して早めの避難行動をすべきタイミングですし、地元自治体は避難勧告・指示をする必要も出てくる段階になります。
大雨特別警報は上述した通り、50年に一度レベルの大雨が基準です。通常の警報は、過去の気象災害の事例と雨量の観測結果などを照らし合わせて設定されますが、大雨特別警報は「50年に一度の大雨になる」ことを示すもので、どの程度の大災害が起こるかは言及されていません。
さらにいえば、発表段階で「○○格子以上」と設定しているので、発表される前の段階でそれ以下の数の格子では、すでに50年に一度レベルに少なからず達していますので、特別警報は「これからこうなります」と予告する情報というよりも、「すでに非常に危険な状況に至っています」という観測情報的な意味合いの強い情報なのです。
ですから、特別警報が出される時というのは、もう最終段階と考えたほうが良いのです。すでに大規模な土砂災害や洪水災害が引き起こされていてもおかしくなく、起きていない地域では一刻も早く、個々人が周囲の状況を判断して「命を守るために最善を尽くす」行動が必要になります。「特別警報待ち」は、絶対にしてはいけません。
誰が命を守るのか
住民に避難を促す「避難勧告」「避難指示」は地元の市町村が出すものです。気象情報(予測含む)や地域の地勢・過去の経験など総合的に判断して、各自治体からこれらの避難情報が出されます。今回は、伊豆大島の大島町からは避難勧告も避難指示も出されていなかったと報じられています。町では「すでに夜間で、避難行動はかえって危険になると判断したので出さなかった」との趣旨で釈明しているとも報じられています。
「自分の命は誰が守ってくれるのか?」 非常に難しい問題ですが、まず第一には「自分自身」です。実際に「逃げる」という避難行動を最終的にとるのは自分ですから、「誰かが必ず守ってくれるはず」とは思い込まないように、常に高い防災意識を持っておく必要があります。山・川・海など災害時には豹変するおそれのある地域に住んでいる方は特にです。今お住まいの地域や、通勤通学で通る道、学校・職場はいざという時に安全なのか、どんな災害リスクを持っているのか、一人ひとりが予め知っておくのが命を守る第一歩になります。いざ災害が起こり得る際には、気象情報をまめに入手し、地域の状況を自ら判断して、必要に応じて早めの避難行動を実行に移すことが肝要になります。
これまでも、大きな災害が起こるたびに「自治体から避難勧告・指示が出されなかった・遅かった」などの指摘がされています。厳しい現実ですが、命を守る「自衛」のためとして「避難勧告が出されない場合もあり得る」と思っておいて、個々人の防災対策を先手を打ってとっておくことが必要なのかもしれません。
自治体は「避難勧告の出し遅れは許されない」という意識を
一方で、避難の情報を出す責任を負う自治体側には、その論理は「逃げ」であり、まったく通じません。適切なタイミングで避難勧告・指示を発表し、住民の避難行動を促し、被害を最小限に食い止めるのが地方自治体の責務です。避難勧告・指示が間に合わず大災害に結び付いた場合には、どんな事情があるにせよ、非常に重い責任を痛感すべきで、ある面では「人災」の側面が大きい場合があることを重く受け止めなければならないのは当然のことです。
今回、伊豆大島には前日の17時38分に「大雨警報」が発表されています。また、「土砂災害警戒情報」も18時05分には発表されていました。台風の進路予報もほぼ予想通りで、かなり勢力の強い台風が伊豆諸島北部を直撃することは事前から伝えられていたはずです。それでいて、なぜ適切なタイミングでの避難勧告・指示が出されなかったのか、言われずとも進むものと思いますが、厳しい目で検証を進めていく必要があります。
もちろん、気象庁はじめ気象予測の関係者も、より適切な情報の運用、精度の高い予測技術の向上に努めなければならないと強く感じます。より分かりやすい情報とはどういうものなのかについても、これまで以上に一層の深い議論が必要でしょう。それも、気象関係者や防災関係者だけではなく、心理学や行動科学の専門家や、コピーライター・デザイナー・気象解説者など「表現」のプロも交えたものであるべきだと思われて仕方がありません。「どうすればより分かりやすく伝わり、効果的に利用されるのか」。気象情報の「レベル化」など改善策が検討がされていますが、これについてはまた機会を改めて私見を述べたいと思っています。
また、気象解説者・報道関係者も、効果的な防災報道・解説ができたのか、しっかりとわが身を振り返って検証するべきです。「命を守る気象解説」「命を守る報道」が本当にできていたのか。適切で効果的な情報提供が本当に十分にできていたのか。特に高齢者などはテレビやラジオから情報を入手する割合は非常に高いと言われています。「テレビの中で起こっていること」ではなく「あなたの周りで起こるかもしれないのです」ということをどう効果的に伝えていくのか、解説・報道の面からももっともっと検証して改善していくべきだと、気象解説者として自戒を込めて、強く感じています。
今回、多くの命が奪われる事態になってしまった大きな原因はどこにあるのか、予断なく検証・反省していく必要があると強く思います。今後同様の災害が予想される際に、少しでも被害を軽減できるよう、私たち一人ひとりがしっかりと考えていかなければなりません。
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