戦車のコープケージ装甲の役割の変遷:ジャベリン対策からドローン対策へ
ウクライナ戦争でのコープケージ装甲の失敗と復活
ロシア-ウクライナ戦争ではロシア軍が戦車の天井の上にスラット装甲(格子状の板を何枚も組み合わせたもの)を装着して注目を集めました。基本的にスラット装甲は側面に装着するものだったからです。天井の上に装着したのはウクライナ軍のジャベリン対戦車ミサイルの特徴であるトップアタック(上昇してから急降下で突入して戦車の薄い上面装甲を狙う)への対策だと推定されていたのですが、しかしほとんど効果が無かったと評価されています。
開戦前の2021年6月頃から存在が確認され始めて、12月頃にウクライナ軍が同じ物を作ってジャベリンで実射試験を行って問題なく破壊できることを確認しています。そして2022年2月24日のロシア軍によるウクライナ侵攻開始以降の実戦でも実際に、ジャベリンは天井の上のスラット装甲をものともせずにロシア戦車をトップアタックで粉砕していきました。
この天井の上のスラット装甲の正式名称は判明していません。通称としては、
- 日本語「鳥籠(とりかご)」
- 英語「Cope cage(コープケージ、意味:対処籠)」
- 露語「Козырек от солнца(コズィレク・オト・ソルンツァ、意味:サンバイザー)」
- 宇語「Мангал(マンガル、意味:バーべキューの網)」
などと呼ばれています。ここでは英語式にコープケージと呼称します。
※英語の通称コープゲージの「cope」には当初は俗語(スラング)の意味が込められており、本来の「上手く対処する」という意味ではなく、現実逃避状態や自己欺瞞という意味の揶揄でした。ジャベリン対戦車ミサイルへの防御効果が期待できない気休めでしかない装備と見られていたためです。しかし後述の対ドローン装備として有効であると判明してからは俗語としての意味が薄れた通称として普及していきます。
また実は戦車の天井の上をスラット装甲で覆う発想はロシア軍が初ではなく、シリア内戦で先行して採用例があります。シリアの場合は高層建造物からの対戦車ロケットの撃ち下ろしによるトップアタック対策でしたが、覆い過ぎて乗員の脱出が困難になり、それほど一般化はしませんでした。ロシアはこれを参考にして、乗員の脱出が可能な範囲で限定的にスラット装甲で上面を覆ってジャベリン対戦車ミサイルのトップアタック対策としたかったのですが、強力なジャベリンは止められませんでした。
対ドローン防御用に「網」を張るという発想の登場
しかし戦車の屋根の上に背の高い装甲を追加する方法は、ドローンによる水平爆撃(目標の真上で停止して爆弾を落とす)に対して防御効果が高いことが直ぐに判明しました。そして対戦車ミサイル防御用の「スラット」をドローン攻撃を受け止めることに適した「網」に変更して、ロシア軍だけでなくウクライナ軍も直ぐに採用します。さらにドローンの攻撃方法も変化してFPV自爆ドローンの体当り戦術が新たに登場しますが、追加装甲側も仕様が更に変化していきます。
また通用しなかったジャベリン対策も何とかしようと、コープケージの上に爆発反応装甲を積むなど強化が行われていきました。
イスラエル戦車のコープケージは対ドローン用
そして2023年10月7日から始まったガザ紛争では、イスラエル軍の戦車もコープケージを装着して登場しています。そしてその仕様から、一体何への対策か分かります。
ロシアはイスラエル戦車のコープケージを「ウクライナのジャベリン対戦車ミサイルがハマスに横流しされた対策だ」という嘘の宣伝工作をプロパガンダとして流しましたが、否定できます。実際にガザ紛争でジャベリンは一発も使用されておらず横流しの事実はありません。ハマスにはジャベリンのみならず類似のトップアタック兵器もありません。
イスラエル戦車のコープケージは構造の特徴からドローン対策で、特に水平爆撃対策です。実は「ドローンが目標の真上で停止して爆弾を落とす」という戦法は、ロシア-ウクライナ戦争が初めてではありません。その何年も前にレバノン南部のヒズボラが行った実績があります。中東の方が実戦投入は早かったのです。
- 隙間が大きいスラット装甲はジャベリン対策
- 隙間が小さい金網の装甲はドローン爆撃対策
- 前方の取り付け部が低ければジャベリン対策
- 側面も防御していればFPV自爆ドローン対策
イスラエル戦車のコープケージの特徴は2です。つまりドローンによる水平爆撃(目標の真上で停止して爆弾を落とす)対策です。真上から落ちて来る小型爆弾を受け止めることさえ出来ればよい設計で、斜め上から突入して来るジャベリン対戦車ミサイルを止める工夫がありません。コープケージ前方の取り付け部が高いと、斜め上から急降下突入して来るジャベリンが飛び込んで来やすくなります。
イスラエル戦車のコープケージは形状が若干異なる物が何種類か確認されていますが、全て目の細かい金網が採用されています。取り付け高さは前後とも同じで、側面の覆いも無く、真上からの爆撃のみを意識した設計です。
- 真上からの爆撃:ドローンから投下する小型爆弾
- 斜め上から攻撃:ジャベリン対戦車ミサイル、ランセット自爆ドローン
- 浅い角度で攻撃:FPV自爆ドローン
「覆い方」は大きく分けてこの3種類です。真上だけ覆えばよいケース、斜め上からの突入を考慮して覆いを工夫すべきケース、そして真横に近い浅い角度で突入して来る相手には側面を覆うべきケースです。敵の攻撃方法に応じて採用すべき設計が異なります。
そして「隙間が大きいか小さいか」でも対応している目標が違ってきます。隙間が大きいスラット装甲は高速の対戦車ミサイル対策、隙間が小さな網は低速のドローン対策です。
隙間が大きいスラット装甲は高速の対戦車ミサイルを切り裂く目的
スラット(slat)とは「細長い薄板」という意味です。なぜ薄板なのかというと、着弾したミサイルを切り裂いてしまおうという発想です。効果は2種類あります。
- 成形炸薬弾頭の先端の信管の後方を切り裂いて導電を切断し不発にさせる
- 成形炸薬弾頭の金属ライナーを切り裂いて起爆した場合でも発生する金属噴流(メタルジェット)の形成を阻害
※参考動画の「McCurdy's Armor」の本体の直前にスラット装甲が置かれている。突入しているのはRPG-7対戦車ロケット。
スラット装甲は高速で飛来するミサイルを削ぐように切り裂くことが目的です。ただし成形炸薬弾頭の先端の信管がスラットに真っ先に当たってしまうとその時点で起爆してしまうので、切り裂くことができません。そこで信管が当たり難いように隙間を大きくします。そして成形炸薬弾頭よりやや小さいくらいで調整されますが、ジャベリンの大きな直径に合わせると小さなドローン用小型爆弾はすり抜ける恐れがあります。
スラット装甲は軽量であることが利点ですが、敵ミサイルを不発に追い込むことが主目的というよりは、成形炸薬弾頭のライナーを切り裂いて貫通力を減少させてしまおうという狙いが主です。つまり威力を減少させるだけなので車体の本体の装甲がそれなりに厚くないと止めきれず、薄い天井の上面装甲ではスラット装甲で威力を減少させたジャベリンでも止められなかったことを意味します。
隙間が小さい「網」は低速のドローン対策
速度が遅いドローンはスラット装甲では切り裂き難く、薄板である必要が低くなります。そしてドローンから投下される小型爆弾は小さいので隙間が小さい方が適しています。つまり「目の細かい網」がよいとなります。
速度の遅いドローン対策は網でよいという発想は、金網どころか柔らかい繊維で編んだ偽装ネットでもドローンの投下爆弾を防げることからも判明しています。そればかりか対戦車ミサイルと同等の大きさのランセット自爆ドローンですらプロペラ推進で速度が遅いので、偽装ネットでも止められたケースが幾例か報告されています。
硬い装甲に当たることを前提としている弾頭は、網で柔らかく受け止めると不発率が跳ね上がります。
薄板のスラット装甲は作るのにやや手間が掛かりますが、網を張るだけなら作るのはかなり容易で安く軽量に作れます。対ドローン用の金網装甲は製造が簡単で効果もそれなりに有るので、ロシア軍とウクライナ軍の双方に急速に広まって行きました。
そして戦争が進むと新たなドローン戦術が生まれます。ドローンの水平爆撃は高速で走行する車両には当てることがほぼ出来なかったのですが、FPV(1人称視点で操作する)ドローンによる体当り自爆突入戦術ならば走行する車両だろうと狙うことができます。そしてFPV自爆ドローンは視点の方向や飛行特性から浅い角度で突入することが多くなるので(深い角度の急降下は不向き)、側面防御が重要になりました。
FPV自爆ドローン対策まで完璧にしようとするとコープケージは文字通りの鳥籠のような構造になります。このウクライナ軍のM109自走榴弾砲はその究極的な姿の全周防御です。砲塔に箱のような金網のコープケージを装着し、車体にも金網を装着しています。砲塔側コープケージの下部にはチェーンを垂らして車体側コープケージとは繋がっていないので、砲塔旋回が可能です。そして木の枝を刺して偽装しています。
使い捨てのFPV自爆ドローンは運用上、滞空時間はあまり長くはなく、ドローンというよりは対戦車ミサイルに近い存在で、言わば「電子妨害に弱いが非常に安価な長距離対戦車ミサイル」という立ち位置を確立しています。そして対策としてロシアとウクライナの双方がこのような文字通りの鳥籠のような装甲を考案し、加えて個別の車両に搭載する小型の電子妨害システムを開発してFPV自爆ドローンに通信妨害で対抗しようとしています。