マンガ『推しの子』は「希望に満ちている作品」2.5次元舞台編について実際の演出家が解説
『週刊ヤングジャンプ』にて連載中のマンガ『推しの子』。『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』を手掛ける赤坂アカが原作を担当し、『クズの本懐』の作者で知られる横槍メンゴが作画を務める人気作品だ。
「次にくるマンガ大賞 2021」(第7回)でコミックス部門第1位に選出されるなど、いま注目のマンガのひとつとなっている。
主人公の青年が死後に前世の記憶を持ったまま、推していたアイドルの子供に生まれ変わるという転生ストーリーから始まり、アイドルの世界や恋愛リアリティーショーの裏側など、さまざまな芸能界の舞台裏を描いている本作。
5巻では2.5次元舞台の世界を描いているが、実際の芸能界や2.5次元舞台に携わっている人からはどういう風に見えているのだろうか?
今回は『文豪ストレイドックス』『黒子のバスケ』など、多数の人気2.5次元舞台を手がけており、『推しの子』の大ファンだという演出家・中屋敷法仁さんに本作の魅力や2.5次元舞台の世界について語ってもらった。
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日本一『推しの子』を読んでいる演出家・中屋敷さん
ーー今回は『推しの子』についてお聞きしていければと思いますが、中屋敷さんは『推しの子』を読まれていますか?
読んでますよ! 僕、たぶん日本で一番『推しの子』が好きな舞台演出家だと思います。
ーー日本で一番!
最初は芸能界の裏側をチクチク描く意地悪なマンガなのかなと警戒してたんですよ。
でも、実際に読んでみたら、登場人物がちゃんとお互いの芸能へのスタンスを尊敬しあっていて。とても希望に満ちた展開で好感が持てました。
ーー口ぶりから本当にお好きなのが伝わります! では本題に入っていきたいのですが、まず演出家とはどういうお仕事なのでしょうか?
簡単に言うと、演出家は「シェフ」だと思っています。
脚本というレシピをもとに、役者さんという食材を使って、稽古場という厨房でスタッフさんと力を合わせて、お客様に提供する料理、つまり演劇作品を作る仕事ですね。
レシピが少し変わっていたり、食材が少し違っていたり、量が足りなかったとしても調理法でなんとかするのが演出家です。
ーー『推しの子』では演劇の中でも特に「2.5次元」というジャンルについて描かれていますが、2.5次元の演出と通常の演劇の演出で異なるところはありますか?
日本の演劇の場合、(お客さんにとって)脚本家と演出家が重要です。もちろん主演の方も重要ですが、やはり演出が重視されます。
2.5次元の場合は、演出よりもやっぱりまずは原作です。「そもそも3次元ではないものを、どう3次元にするのか」という技が試されていると思います。
ーー2.5次元特有の表現などはあるのでしょうか?
「原作にないものを肉付けしないといけない」というのは、2.5次元の宿命だと思います。原作のマンガやアニメを、そのまま生身の俳優がやればおもしろいかというとそうではないんですね。
例えば、アニメって汗をたらたら流せないんですよ。汗をひとすじ垂らすだけでたくさん絵コンテを描かないといけません。
でも、演劇の場合は生身の役者が演じているので、肩で息をしたり汗をかいている姿を細かく見せられます。そういう部分はマンガやアニメよりも有利な表現法だと思います。
ーー生身の役者ならではの表現があるんですね。
あとは、登場人物のチームワークを見せられるのも舞台の強みです。
マンガやアニメだと、複数人で会話をしていても画面やコマの中に全員の表情を入れることは難しいです。しかし舞台では同じ空間に、同時に存在しているというニュアンスがダイレクトに伝えられます。そういうチームでの表情や心の流れを追えるのは舞台の強みだと思いますね。
ーー演出家の方は、通常どれくらい原作を読み込んだ上で制作に挑むのでしょうか?
これは、原作にどういう愛と緊張感を持っているかによります。
ただ『推しの子』にもあるように、原作をそのままやるなら舞台化する意味はないんですね。だから、原作を読むときは「原作を変えるために読み込む」という作業になります。
原作を読みすぎて「カットしたくない」とならないように、原作の意図をくみとり、盛り上げるポイントを決めて、取捨選択するために読んでいます。
ーーなかなか精神力のいる作業ですね。2.5次元にしやすい原作とはどういうものでしょうか?
僕の場合は「心」か「身体」のどちらか一つでもあればできると信じています。
なんとなくかっこいいセリフを言っている、決めポーズがある、といったことではなくて「この登場人物には心が通っている」と信じられる原作であることが大事です。
あとは、たとえば非現実的な必殺技だとしても「この技をどうやって出しているか」という理にかなっている動きをする「身体」があることも大事ですね。
この「心」と「身体」のどちらかがあれば、2.5次元にできると思います。
ーー2.5次元化というのが、想像以上にいろんなことを考えながら行われているということがわかっておもしろいです!
舞台化するときは早めに原作者と打ち合わせした方がいい
ーー続いて『推しの子』のエピソードについて伺っていきたいです。2.5次元編の前半は「原作者と脚本家の対立」がメインのストーリーになっていますが、これは実際でも多いのでしょうか?
よくあります(笑)。むしろ、ない方がおかしいです。当たり前に予測できることなので、かなり前倒しで原作者との打ち合わせを始めたりしていますね。
だから『推しの子』を読んで「これは、いつから打ち合わせをしていたんだろう?」というのは気になっていました。
ーー独特の視点ですね……!
ただ『推しの子』の場合は、周りの人が2.5次元の原作者(アビ子先生)にもっと演劇のことを教えてあげたらよかったのにと思いました。
なにかしら伝えられない事情があったんだとは思いますが、原作者・脚本家・演出家がお互いに尊敬を持てる関係が生まれたらいいですね。
ーー『推しの子』では、まだ実力がない役者をキャストに抜擢し、原作者が不快に思うというエピソードもありました。
舞台ってチームなんですね。だから役者全員が同じレベルである必要はなくて、あえて「まだ力不足だけど頑張る役者を入れよう」ということはあります。
運動部でも「うまくないけどすごく球ひろいを頑張る部員」がいると、全体に緊張感が出ることがありますよね。
舞台もそれに似ていて、役に合うかどうかだけではなく「全体のレベルを上げるために、あえてこの人を入れよう」といったことはあります。
ーー単純に「役に合うかどうか」だけではなく、いろんな要素をもとにキャスティングを決めているんですね。
『推しの子』では「2.5次元をきっかけに演劇を好きになってもらいたくて、実力派の劇団に依頼した」とされていますが、実際のキャスティングはどういう基準で行っているのでしょうか?
これはプロデューサーの手触りですね。「この原作をどういう人に依頼するとどうなるか」という、役者のクセを読んで決めていきます。
『推しの子』の場合だと、(原作に)感情表現などが多いので、そういう表現が得意な劇団に依頼されたんだろうと思います。
ーー作中では、ほかのプロデューサーから役者を紹介してもらってキャスティングを決めていくシーンもあります。
これはよくありますね。オーディションや作品だけじゃわからないことは多いんですよ。
稽古でどういう立ち振る舞いをしていたか、楽屋や本番でどうだったか、どうやって成長していったか、といった役者の過去や未来を含めて評価になるので。そういう裏側の事情を知っている知り合いから紹介してもらうことは多いです。
ーー2.5次元が得意な役者さん、声がかかりやすい役者さんというのもいらっしゃるのでしょうか?
得意、不得意は難しいですが、2.5次元の場合は(通常の演劇より)参考資料が多いので、原作を読み込むクレバーさと、原作を愛するハートが必要になってくると思います。
あとは、役と出会うチャンスも必要です。すごくぴったりな役があっても、原作が舞台化されるタイミングで他の作品とスケジュールが重なってしまうなど、そういう問題はありますね。
あとは、「自分の演技を突き詰める」よりも「どういうことを求められているか、どういうふうに見られているか」を分析して、(原作の)作品の世界観を届けたいという大きな愛情を持ってる役者は強いですね。
ーーなるほど! 現場のリアルな事情がお聞きできて大変おもしろいです。
有馬かなと黒川あかね、それぞれ最もエッジが効いているタイプの役者
ーー『推しの子』の登場人物についてもお聞きしたいんですが、作中では、努力型で作品のバランスを見て演技をする「有馬かな」と、没頭型で自分を魅せる演技をする「黒川あかね」という2人の役者が対比して描かれています。
この2つのタイプの役者は実際にいますね。
どちらも、演出家から見ると一番エッジが効いてるタイプです(笑)。
ーーそうなんですね!
舞台としては、こういう役者がいると強いですね。
バランスを取りたがるかなさん、没頭するあかねさんみたいな役者がいると、その役者から演出を考えることができるんです。
まず、あかねさんについては基本的に演出家としてはもう何もしない方がいいですね。何もしない方が伸びるので、周りの役者をどう合わせるかだけを考えます。それが難しいんですが……。
かなさんの場合、演出家としては「そこまでバランスを考えずにやって欲しい」というのがあるんですよ。だから、あまりバランスを考えない役者とぶつけて様子を見ると思います。
ーーそれぞれに合わせた演出方法があるんですね。演出家として、どちらと舞台を作ってみたい、というのはありますか?
うーん、あかねさんは脇役やってくれないんじゃないかな(笑)? すごくいい役でも脇役だと実力を発揮できなくなるんじゃないかと思います。
逆に、かなさんは脇役でも主役でも、味方役も敵役もできると思います。
だからキャスティングの段階だと、かなさんの方が名前があがりやすいと思いますよ。
ーーかなとあかねは、現場でもかなりお互いを意識して稽古をしていますが、実際にもこういった役者どうしの対抗意識というのはあるのでしょうか?
ありますね。対抗というよりは「他の共演者から尊敬されたい」という気持ちだと思います。
役者の場合、お客さんや演出家に褒められたいという思いよりも「この役者にすごいと思われたい」というライバル心の方が強いと思います。
ーーそういう思いは稽古のときでも出てくるものなのでしょうか?
出てきます。たとえば、皆に一目おかれてる役者が来た瞬間に、稽古場が緊張したりするんです。
悔しいですけど、演出家がいくら怒っても聞かないのに、すごい役者が来ただけで他の役者が真面目に稽古したりするんですよね。
ーー『推しの子』の舞台では10代の役者が多いですが、実際の現場ではどういう年代の方が多いのでしょうか?
これは実際の2.5次元の原作者の方々にもわかっていただきたいところなんですけど笑、2.5次元だと10代の役者は無理かと思います。作品によっては若い子を起用する場合もありますが、実際はかなり難しいです。
そもそも、10代を演じるからといってそのまま10代を起用してもだめなんですね。実際には、経験のある20代後半から30代以上の役者さんがいいです。舞台はフレッシュさよりも経験値がモノをいいます。
原作の方に「原作では高校生なのに、役者は意外と大人だな」って言われることもあるんですけど、その理由は舞台を観てもらえばわかりますよ。
ーー実際の登場人物にむりに合わせるよりも、実力と経験のある役者が一番原作の魅力を伝えられるということですね。
最後に、中屋敷さんから特に『推しの子』について語りたいことがあればお聞きしたいです!
『推しの子』は、芸能界の苦しい話などを集めたうえで、フィクションとしてとても希望に満ちたエネルギーのあるマンガになっているのがすごいと思っています。
特に2.5次元編については。同じ仕事をしている者として、自分の仕事ぶりを反省してもっと頑張ろうと思いました(笑)。
芸能界は、憧れの世界であると同時にいろんなしがらみや絶望があって、でもそれを乗り越えて夢を叶えられる世界なんだ、ということが『推しの子』を通して伝わるといいと思っています。
ーー中屋敷さんのお話はすごく熱量があって、お聞きしていて大変おもしろかったです。今日はありがとうございました!