刀剣研師が語る「鬼滅の刃」の世界観と日本刀の魅力
4月9日よりアニメ『鬼滅の刃 刀鍛冶の里編』の放送が開始され、早速大きな反響を呼んでいる。
前シリーズの遊郭編の続編となる本作は、主人公・炭治郎が「刀鍛冶の里」を訪れるところから物語が始まる。
今回は、刀剣研師・長岡さんに知られざる刀の世界について伺った。
※記事内では一部、作品のネタバレをふくみます
<刀剣研師 長岡靖昌>
江戸の下町、台東区浅草橋で日本刀を研いでいる。工房は刀剣博物館から徒歩圏内にあり、ガラス張りで自由に見学可能。
工房・店舗:東京都台東区浅草橋2-15-7
公式サイト:http://togishi.net/profile.html
Twitter:https://twitter.com/togishi_nagaoka
三日三晩かけて刀を研ぐのは「短い方」
ーー『鬼滅の刃 刀鍛冶の里編』では、鋼鐵塚さんという三日三晩かけて刀を研ごうとする刀鍛冶が登場します。
三日三晩はけっこう短い方ですね。
ーーそうなんですか?!
「常寸」という約70cmの刀をしっかり研ぐなら、毎日やっても10日ほどかかります。
ただ、現代では刀は美術品なんですね。美術品として研ぐなら時間がかかりますが、(作中のように)切れ味だけを求めるなら、もう少し早くできると思いますよ。
ーー目的によって研ぐ方法も違うんですね。炭治郎の刀を担当している鋼鐵塚さんは筋骨隆々ですが、現実世界でも刀を研ぐために筋肉は必要なのでしょうか?
研ぐだけなら筋肉はいらないです!(笑)
むしろ、研ぐときに力を使うのは下手な人だと言われています。体重をうまく刀に乗せることの方が大事ですね。
刀を作る方は確かにちょっと疲れますが、研ぐのは性別・年齢問わずできるので、研ぎ師は刀が好きな女性にも向いている仕事だと思いますよ。
ーー作中では「刀を作る人」と「刀を研ぐ人」が同じですが、実際はどうでしょうか?
現実だと、刀はすべて分業制で作ります。
刀を作る刀鍛冶、研ぎ師、金具を作る白銀師、さやを作るさや師、持つところを作る柄巻師、さやにうるしを塗る塗師、最低でもこの6人は関わります。
ーー1本の刀に、そんなにたくさんの人が関わっているんですね。
昔から、刀は分業で作られていたんですよ。
職人が小さい頃からひとつの技を極めて、それを弟子に引き継ぐという形で、いろんな人が関わって作られるものなんです。
ーーおもしろいですね。作中では「剣士専属の刀鍛冶」が登場しますが、実際に「専属」という制度はあるのでしょうか?
現代でも「この先生に毎回頼んで作ってもらっている」という熱心なコレクターの方は確かにいます。
ただ、いちから刀を作るのって、お金がかかるんですよ。現代だと、新品を買うより昔の刀を買う方が多いと思います。
ーー作中では、刀を折ったりなくしたりした炭治郎が、鋼鐵塚さんに怒られるシーンがたくさんあります。実際、研ぎ師の方に刀を大事にせず怒られることはあるのでしょうか?
ないと思います(笑)
強いていうと、扱いが雑な方に「あなたに向いている刀じゃないから手放した方がいい」と伝えることはありますね。
でも、怒ることはないですよ。それはかなり鋼鐵塚さんが気難しい方なんだと思います(笑)
戦国時代の刀は「実用品」として使うなら質がよい
ーー作中(大正頃の時代設定)では、戦国時代に作られた刀を研いで使うことになるのですが、そもそも戦国時代の刀は現代でも使えるのでしょうか?
全然使えますよ!日本刀の世界は時間軸がおかしいので、江戸時代は「新しい」という感覚なんですよ。
だから、戦国時代の刀も特に古くはないですし、むしろスタンダードで取り扱いも多いです。
ただ、歴史あるものを使うのはもったいないので、鬼を切るなら新しいものを使って欲しいというのが本音です(笑)
ーー炭治郎が使おうとしているのはサビだらけの古い刀なのですが、強いサビでも研げば使えるのでしょうか?
完全に復活させられるかはものによります。
表面のサビはいいんですけど、刀身に食い込むサビというのがあって、そういうものは完全には取れず、黒い点になってしまいますね。
あとは、サビは「研げばいい」というものでもないんです。「サビを楽しむ」という文化があるんですね。
ーー粋な文化ですね!
鉄には赤いサビと黒いサビがあるんですけど、黒いサビは鉄を守るコーティングにもなるので、一度つくとそこからサビは進まないんです。
昔の刀で、手元に黒サビがついているものがありますよね。時間をかけて大事に手入れをしていくと、だんだん黒くなって手元にサビがつくんですよ。
そうやってついたサビを楽しむことにも価値があるので、現実だとサビだから取るということはしないですね。
ーーおもしろいですね。作中では「戦国時代の刀は質がいい」というセリフがありますが、これは実際どうでしょうか?
考え方によります。美術品として見ると江戸時代の方がいいんですけど、実用品として考えると戦国時代の方が質がいいんですよ。
刀が実用品だった戦国時代と、美術品だった江戸時代では、材料も製造方法もまったく違うんです。
研いだときの感触も違っていて、戦国時代は折れないようにやわらかい刃、江戸時代のものは非常にかたい刃が多いです。鑑賞か実用か、どちらを取るかだと思います。
ーー鬼殺隊の隊士は刀を実用品として使っているので、戦国時代の刀の方が彼らには「いい刀」かもしれないですね!大変おもしろいです。
鍔を交換することは本当にあった
ーー最後に、『鬼滅の刃』の刀にまつわるエピソードが現実にあるのかお聞きしていきます。まず、作中では剣士がそれぞれ色が違う刀を持っているのですが、現実に色が違う刀は作れるのでしょうか?
日本刀だと難しいですね。
そもそも、日本刀と名のれるのは「日本の玉鋼(砂鉄から作った鉄)を使っている」「折り返し鍛錬という作り方をしている」という、国が決めた条件を満たした刀だけなんです。
だから、日本刀は鉄(玉鋼)が出せる色以外は出せないですね。
ーー作中では刃に「滅」などの文字を入っている刀も登場しますが、これは実際もあるのでしょうか?
ありますね。柄で隠れるところに、作者名や年代を彫り込むことがあります。
『鬼滅の刃』で出てくるような刀身に文字を彫ったものは「刀身彫り」と呼ばれます。勝利や魔除けの意味をこめて、験担ぎで彫り込むことが多いですね。
ーー作中では、刀の鍔を親しい人にゆずったり、つけ替えたりするシーンがあります。これは実際もあるのでしょうか?
鍔を譲ったりつけ替えたりするのは、いまも昔も人気です。刀によって大きさが違う場合は、鍔を削ったり詰め物をして調整します。
鍔だけでなく、さやを何種類か持っていることも珍しくないです。昔の武士は、行く場所にあわせて派手なものや正式なものを使い分けていたようですね。
ーー思っていたより刀って自由に遊べるものなんですね。
みなさんがイメージしているより、日本刀はずっと自由な世界なんですよ。
鍔で遊んだり、さやの柄で遊んだり、こだわるところがたくさんあります。
武士の刀以外にも、商人たちが好んだきらびやかな刀もあって、堅苦しい世界ではまったくないんですよ。
ーーお話を聞いているとどんどん興味がわいてきます。刀に興味を持った場合、まずはどうすればよいでしょうか?
刀というのは、美術品として持つのであれば誰でも購入できるんです。
江戸時代ごろの刀や室町時代の脇差なら手軽に買えるので、気に入ったものを買ってみるところから始めてもいいと思います。
あとは、研ぎ師の中では「刀が寄ってくる人」「刀が寄り付かない人」がいるという考え方があるんです。
この世界では、老若男女とわず、刀を大事にして刀に好かれる人のところにはよい刀が集まります。だから、どんな刀でも手に入れたからにはきちんと手入れをして、大事にして欲しいなと思います。
ーー大変おもしろかったです。本日はありがとうございました!