冠水道路のマンホールに吸い込まれる怖さ 事故防止技術はどこまで進んだか?
1998年9月の高知豪雨では冠水道路上のフタのあいたマンホールに吸い込まれ2人が亡くなりました。その後外れにくい構造のフタの設置が進みましたが、それでも冠水道路を歩かない方がいいのはなぜでしょうか。
溺水トラップ
図1は下水管が埋設されている地面の断面のイメージです。大雨が降った時の下水管とその周辺がどのようになるのか、イメージしています。
道路冠水時にマンホールのフタが外れると、図の右側のように歩く人にとっての落とし穴(トラップ)を作る時があります。水底にあるために、歩く人から目で見て確認することが困難です。これに落ちて溺水する危険性があるため、これを溺水トラップと呼びます。
大雨が降ると付近の河川や調整池が増水するばかりでなく、下水管にも降雨が集中して大量の水が下水管に流れ込みます。図に示したように、河川などからは水が下水管内に逆流し、下水管を流れ下ってきた雨水がその水にぶつかります。
行き場を失った水は下水管内にたまる一方となります。下水管がマンホールで密閉されていると下水管内に残留している空気の圧力が上がっていきます。マンホールのフタがその圧力に耐えきれなくなると、図の左側のように、マンホールのフタが爆発したかのように吹き飛びます。
フタがあいたマンホールからは、図の中央に示したように、噴水が上がります。そして水が抜けることによって徐々に下水管内の圧力が下がります。道路の冠水が始まると水圧が均衡して噴水の高さが低くなり、やがて静かになります。静かな状態になると冠水道路を眺めただけではどこにマンホールが口をあけているのかわからなくなります。このような時に不用意に冠水道路を歩くと、マンホールの口から落ちる場合があります。だからこそ冠水道路は歩いてはならないのです。
さらに厄介なのが、冠水した道路の水の引き始めです。図2をご覧ください。この写真にはマンホールのフタが傾き、口が半開きとなっている様子がうつし出されています。そしてよく見ると、周辺の水が渦を巻きながらマンホールに吸い込まれているように見えます。当然、水が引く時にはこのようなマンホールの口に周辺の水が集中します。
口が完全にあいて渦ができ、そのようなところに人が興味津々に近づいてしまったら、流れに足を取られてしりもちをつき、ウオータースライダーのごとくマンホールに向かって流されます。これが、フタがあいたマンホールに吸い込まれる怖さです。
高知県中部では1998年9月24日から25日にかけて秋雨前線が停滞し記録的な豪雨に見舞われました。この災害にて、いずれも冠水道路を歩いていてマンホールに吸い込まれたとみられる49歳の女性と男子高校生が溺れました。
外れにくいマンホールのフタ
わが国では外れにくいなどの安全対策を盛り込んだマンホールのフタが1990年代に開発されました。その後も止まることなく事故防止技術の改良が進められています。図3は最新の安全対策が施されたマンホールフタの一例です。
外れにくくするための工夫ポイントはふたつ。ひとつ目はフタとマンホールをつなぐ蝶番。写真ではフタの裏になって見えませんが、口とフタが重なりあっているあたりのフタの裏側にあります。蝶番があるので、フタがマンホールとしっかりつながるし、フタを水平に回転させて開け閉めすることができます。ふたつ目はフック。こちらは右の拡大写真にて見ることができます。ロック金具付きなので、フタを閉めたら簡単に外れないようにロックがかかります。
ところが、洪水の時にフタが完全に密閉していても困るのです。なぜかと言うと洪水の時には図1のように下水管全体に内圧がかかるわけですから、フタがしっかりしまっていて圧力が高くなりすぎると下水管の様々な設備に損傷を与えかねません。
そこでこの圧力を逃がすために、フタとマンホールの口との間に少し隙間ができるようにしています。この隙間から圧力をもった水が図4のように噴出し、マンホール内の圧力を逃がします。「沸騰中の圧力鍋と同じ原理で圧力を逃がす」と考えると理解しやすいと思います。
万が一、下水管内の高い圧力のために蝶番やフックが壊れてフタがあいてしまったとしても、マンホール内への転落防止のための工夫がされています。図3の左の写真のマンホール入口には、金属の棒が格子状に渡してあるのが見えるかと思います。フタがあきっぱなしになっていても、この格子から下に人が落ちないようにしています。
事故防止技術が進んだので、もう安心か?
いえ、そうでないから「溺水トラップに気を付けよう」というニュースが大雨の度に繰り返されるのです。
図3のような安全対策のされたフタは1990年代からわが国で設置が始まりました。ということは、それ以前に設置されていたフタについては、洪水の度にまだ吹き飛ぶ可能性があるのです。
一般社団法人日本グラウンドマンホール工業会によると、現在全国には下水道だけで約1500万基のマンホールのフタが設置され、そのうち大雨で外れてしまうような「安全対策のされていないフタが少なくとも約300万基ある」と推定されています。
その300万基のフタの安全対策が容易に進まないのが現状です。同工業会の担当者によると「マンホールのフタの寿命は車道で15年、その他(歩道等)で30年。これに対して、全国のマンホールフタの年間の取替数は10万基弱であり、300万基を取り替えるのに30年以上かかる」そうです。まだまだ洪水の度にフタのあいてしまうマンホールは残るようです。
そして「すべてを取り替えていくのに150年以上かかる。これでは安全対策がされたとしてもフタの標準耐用年数を超える製品が続出してしまうことになりかねない」ということで、将来に渡ってなかなか安心できそうにありません。
効率的にフタを交換していくために「現在の下水道台帳にはマンホールフタの記録が無い事が殆どで、下水道台帳にいつ、どこで、どういった種類のマンホールフタを設置したか、記録するように調査していくことが重要です」と同工業会の担当者は続けます。このように、ハード面ばかりでなくソフト面での取り組みが進むことを期待したいものです。
安全対策のされていないマンホールを見分けるには
実に5個に1個のフタはまだ外れる危険性が大だということ。しばらくは冠水時にはフタのあいたマンホールに注意する必要がありそうです。
できれば災害の発生する前に自宅周辺に設置されている危なそうなマンホールに目星をつけておきたいものです。
危ないフタかどうかをおおよそ見分ける方法があります。その一例が日本グラウンドマンホール工業会のホームページに掲載されています。その中でコンクリートのフタについては簡単に見分けられますが、鋳鉄のフタになると少々難しいようです。同工業会の担当者によれば「外周部に数ミリの隙間がある古いフタ」の場合には安全対策がなされていないフタの可能性が高いそうです。こういったタイプのフタは平受構造と言ってマンホールの受枠にふたを載せているだけなので下水管内の圧力で外れやすくなっています。
さいごに
現在、多くの下水道のマンホールのフタには吹き飛ばないような安全対策がなされています。
そういったフタは道路冠水の危険を教えてくれることがあります。図5に示した通り、下水管内の圧力が高まれば空気が漏れ始めてガタガタと音を立てますし、空気が全部抜ければ水が隙間から吹き出します。
このような異変は、河川から離れている市街地にて洪水となる内水氾濫のサインです。高いところに早急に避難するためのサインにもなります。