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記憶を巡る三日の旅で「号泣したら取り繕うものがなくなりました」。秋谷百音が得体の知れないヒロインに

斉藤貴志芸能ライター/編集者
『東京遭難』より (C)GOLD FISH FILMS

『ベイビーわるきゅーれ』の敵役で注目され、個性的な役で印象を残す秋谷百音。互いを知らない男女の三日間を綴るロードムービー『東京遭難』でヒロインを演じている。泥酔して財布も携帯も失くしたサラリーマンを助けた代わりに、人探しを手伝わせる役。記憶を巡る旅の撮影を通じ、役者としても自分自身にも変化があったという。

漢字はすべて直線、ひらがなで丸くなる名前です

――『東京遭難』の劇中ではロングヘアーですが、今は2~3年ぶりのボブにされたんですよね。

秋谷 そうなんです。ちょうど撮影が落ち着いたので、心機一転でやってしまおうと。

――おでこは変わらず出しつつ。

秋谷 おでこは基本見せています。前髪がないほうが楽なので。チャームポイントともよく言われます。

――百音(もね)は本名ですか?

秋谷 本名です。両親が画家のクロード・モネから取ったそうです。“もね”の響きもかわいくて、“萌”でなく“百”なのは、すべて直線で書ける漢字にしたからと聞きました。

――なるほど。いいお名前ですよね。

秋谷 自分でも好きです。名字より“もねちゃん”と呼ばれることが多くて、耳ざわりもいいので。漢字だと全部まっすぐなのに、ひらがなで“もね”と書くと丸くなるのも気に入ってます。

Instagramより
Instagramより

安藤サクラさんのお芝居が楽しそうに見えて

――憧れの女優は安藤サクラさんだそうですね。

秋谷 中学生の頃、『愛と誠』で安藤さんが演じたスケバンのガム子を見て、こういう人になりたいと思いました。

――安藤さんは屈指の演技派女優で、ガム子もインパクトがありましたが、女子中学生があれを見て女優を目指すということは、あまりない気がします(笑)。

秋谷 不思議なチョイスだとよく言われます(笑)。両親の影響で映画をよく観ていて、ジャンル的にラブコメより、ダークな感じや渋い作品が多かったんです。安藤さんのガム子は尾崎紀世彦さんの『また逢う日まで』を歌うシーンが印象的で、「こんなに自由に動けるなんて楽しそう」と好きになりました。

――中学生の頃から独特な感性があったんでしょうね。

秋谷 その後、つかこうへいさんやポップン(マッシュルームチキン野郎)の舞台を観て、「絶対にお芝居をやるぞ!」と思いました。

――最近でも映画はよく観るんですか?

秋谷 配信でも劇場でも観ていて、ドイツ映画の『大いなる自由』が面白かったです。同性愛が禁止されていた時代に刑務所に入った男性の話で、今の時代に観るべき作品という印象がありました。

――やっぱり好みが渋いというか、良作志向な感じですね。

秋谷 そういうタイプだと思います。

(C)GOLD FISH FILMS
(C)GOLD FISH FILMS

クレイジーなところが自分にもありました(笑)

――女優として自分が目指すのも、その路線ですか?

秋谷 好みはそっち寄りですけど、自分ができるもの、向いているものはまたちょっと違うのかなと。今まだ探っている最中です。

――これまでのキャリアで大きかったのは、『ベイビーわるきゅーれ』での凶悪なヤクザの娘役ですか?

秋谷 大きかったです。アクションがすごくて面白い映画で、シネマロサとかでは何ヵ月も上映してくださったり、配信もされたり。ぶっ飛んだキャラクターと普段の自分のギャップを面白いと言ってくださる方も多いです。

――演じる前は不安もありませんでした?

秋谷 ありました。あんなクレイジーなところが自分にあるのか……と思いましたけど、やってみたら、そんな自分がいました(笑)。役がわからなすぎて悩みながらも、楽しかったです。

七変化のギャップを深めていきたいです

――最近だと、ドラマ『なにわの晩さん!』での台湾人インフルエンサー役もインパクトがありました。

秋谷 あれは大変でした。ほぼテンションに尽きますけど、私は関西弁の“か”の字も話さないし、さらに台湾人だから、自分の要素が1ミリもない(笑)。言葉を覚えて、しかも全部バーッと早口でしゃべるのは、すごく苦労しました。

――今の自分の強みだと思うことは何ですか?

秋谷 やっぱりギャップじゃないですか? 演じる役がメイクも髪型も衣装も性格も全部バラバラ。七変化でいつも違うのは、もっと深めていきたいです。

――七変化といえば、ハロウィンには『スラムダンク』の晴子と彩子のコスプレ写真がインスタに上がっていました。

秋谷 『スラムダンク』はすごく好きなんです。映画も観ましたけど、もともと漫画から読んでいて。だから、「バスケはお好きですか?」はやりたかったんです(笑)。

どんな人物かわからないまま新鮮な気持ちで

森川葵主演の『おんなのこきらい』で劇場デビューして、ドラマ『オールドファッションカップケーキ』などを手掛けた加藤綾佳監督が、12年にわたり構想していた『東京遭難』。接待で大量の酒を飲まされたサラリーマンの柳進一(木原勝利)は、最終電車の終着駅で目を覚ます。手元に財布も携帯もなく、ポケットに名刺があった顔も覚えていないホステスのえりなに、公衆電話から助けを求める。翌朝ホテルで目覚めると、えりな(秋谷)から、助けた代わりに3日間、人探しを手伝って車を運転するよう、半ば脅しで命じられた……。

――『東京遭難』のえりな役はオーディションで選ばれたそうですが、どんなシーンをやったんですか?

秋谷 進一と最初に喫茶店で話すシーンと、いろいろあった後、車の中でアイスを食べるシーンでした。

――手応えはあったんですか?

秋谷 なかったです。ダメだったとも、うまくいったとも思いませんでした。当日に台本を渡されて、どんな人物かまったくわからないまま、変に考えすぎずに新鮮な気持ちでお芝居はできました。

――えりな役に決まって、全体の台本を読んで、難しさは感じました?

秋谷 得体の知れない役ですよね。しかも、画的にはずっと進一と2人で、関係性がちょっとずつ変わるだけ。気を引き締めていかなければと思いました。

2人の関係性の変化が自然に滲み出ました

――撮影前に準備としてやったことはありました?

秋谷 えりなは自分の過去を遡る旅をしていて、劇中でノートを持ち歩いているんですね。そのノートを自分で作りました。新聞記事のコピーや写真をもらって、まっさらなページに貼っていって。それは役作りのうえで、大きく役立ちました。

――最初はずっと変わらないトーンで話していました。

秋谷 そこは意識したわけでなくて、知らない人と一緒にいる感覚があったんです。いろいろ明らかになったあと、進一とただの他人でなくなった空気も、考えたというより、木原さんとお芝居をしている中で、滲み出た感覚です。途中から、素のままでいられるような安心感に気づきました。2人の関係性の変化が自然に出たと思います。

――えりなの人物像としては、最後のほうで進一が言っていた「強い大人」という感じですか?

秋谷 本当につかみどころがない中で、虚勢も張りながら、人生を自分で舵を取って進めるところで、強さはあるかもしれませんね。

――心情がわかる部分もありました?

秋谷 結構ありました。自分のテリトリー以外の場所に手を伸ばしたい、みたいな気持ちは私にもあると思います。枠が決められていると、どうしても窮屈に感じたりもするけど、外側のことをちゃんと知れば、その場所のありがたみもわかるのは共感できました。

考えたことが全部違って、まっさらになって

――加藤監督のSNSによると、秋谷さんは「ある境目を機に覚醒した」とのことですが、自分でも明確に変わったとわかるシーンがあったんですか?

秋谷 確実にありました。旅館でえりなが隠していたことが進一にバレたあとのシーンが、すごく難しくて。2人が初めて素で対峙する、物語的にも本人たちにも大事な場面でしたけど、どうやればいいのかわからなすぎて、1回パーンとショートして大号泣してしまったんです。

――なかなかOKが出なかったんですか?

秋谷 監督のOKは出ていましたけど、自分で腑に落ちなくて遠い感じがして。漁港の街で日付が変わるくらいの時間に撮影していて、私がもうアウトみたいになって、中断していただきました。そこを起点に変わりました。

――大号泣して撮影が再開したあと、何が変わったんですか?

秋谷 自分が考えてきたことが全部違っていて、もう何もなくなってまっさらで、「わからないけどやってみます」という状態のお芝居を、監督が良いと言ってくださいました。人前で大号泣なんて、この年になってしたことなくて、憑きものが落ちたというか。秋谷自身も取り繕うことができなくなったのが役に反映されて、お芝居が変わったんだと思います。

ト書きになかった涙が出ました

――そのシーンも含め、長回しや長台詞が多かったようで。

秋谷 そうですね。車の中などでの長台詞を言い切れるか、不安を感じていましたが、いざ話してみると、すんなり言うことができました。

――一連で言えたほうが感情は乗せやすかったり?

秋谷 はい。台本で文字を見るとオーッとなりますけど、自分のことを語っているわけだから、役としての記憶が自然に出てきた感じでした。

――終盤の涙ながらの台詞も、自然に溢れ出たものですか?

秋谷 ト書きには泣くとかなかったんですけど、気づくと涙が出てしまってました。泣かないほうがひとり立ちする強さを見せられるかもしれないので、監督やカメラマンさんと相談して。涙は出ても、映すか映さないかは監督の判断にお任せしました。

記憶は美化しているところもあるかなと

――えりなが確かめようとしたような小さい頃の美しい記憶は、秋谷さんにもありますか?

秋谷 ありますね。でも、この映画が出来上がって観たら、昔の記憶は自分の中で美化しているところもあったかなと思いました。友だちとのケンカも、子どもの頃のわがままみたいなかわいらしい思い出になっていましたけど、当時は本気でムカついていたな……とか。大人が俯瞰するから美化できる。部活で負けた記憶も、青春のひと言で片づければきれいですけど、負けは負けじゃないですか(笑)。

――何部だったんですか?

秋谷 中学はテニス部で、高校は男子バレー部のマネージャーでした。負ければやっぱり悔しくて裏で泣いていたのも、聞こえは青春っぽくても結構辛かったです。

自己ベストを毎年更新するのが目標です

――えりなが言っていた「人生で一番楽しい時間」というと、秋谷さんは思い浮かぶことはありますか?

秋谷 それは今なんです。私の人生の目標は、自己ベストを毎年更新すること。今が最高と思えたら、自己肯定感も上がるので。でも、「あの頃は良かった」ということだと、高校時代の文化祭です。出店で焼きそばを作って、片付けをしていた夕方が、何でもないのに楽しかったです。

――文化祭当日もさることながら、意外と準備していたときのことが、大人になってもずっと残っています。

秋谷 そうですよね。夕方の高校の帰り道とか、音楽を付けたら完璧(笑)。そういう思い出はやっぱり大事にしていきたいです。

――一方、劇中のえりなにとっての観覧車のように、懐かしい場所が記憶と変わっていたこともないですか?

秋谷 ありますね。私は神奈川出身で、学校とかは東京に通っていると、スクラップ&ビルドというか、街はどんどん変わっていきました。あそこにあったタピオカ屋さんがもうないとか、寂しさもあるし「そりゃそうだよな」という気持ちにもなります。

黒か白かではダメなんだと思いました

――この『東京遭難』の撮影自体、秋谷さんには良い思い出になったのは?

秋谷 ロードムービーでいろいろな景色を見て、いろいろなことを考えて、役者としても自分としても心がオープンになりました。すごく不思議な時間で、あのときの感覚は今でも忘れていません。

――カメラが回ってないところも含めて?

秋谷 そうです。景色が移り変わって、さっき晴れていたのに曇ってきたとか、ちょっとした変化にもすごく反応していて。小さいことに気づけるようなった感じがします。

――大きく言えば、人生観レベルで変わった部分もありました?

秋谷 ありました。今見ているものが全部正しいとも限らない。自分の考えが正義でもない。この映画に悪人は出てきませんけど、別の側面から見たら、良いと思ってやったことが、誰かを苦しめていたりもする。ある意味、不条理ですけど、その複雑さが人間だとわかりました。黒か白かだけではダメなんだと。

――最後まで引き込まれる映画で、何が良いのかは簡単な言葉にはできませんが、2人の旅はある意味、楽しそうでした。心弾むような楽しさではないですけど。

秋谷 楽しかったです。えりなとしても、秋谷百音としても。2週間くらいの撮影でしたけど、ギュッと濃縮された時間でした。

自分で決めて動けるようになってきて

――7月のインスタに、下半期の目標を「いくつか設定しました」とありました。達成状況はいかがですか?

秋谷 小さいことですけど、結構できているかもしれません。プライベートで旅行に行ったり。私はどちらかというと受け身なタイプで、自分で決めて進めていくことが課題だったんです。どこに行きたい。何をしたい。意志をはっきり言って動くことは、でき始めています。

――旅行はどちらに?

秋谷 函館です。家族旅行ですけど、自分でプランを立てて、夜景や赤レンガ倉庫を見てきました。

――そういう目標を立てるタイプなんですね。

秋谷 書き出すこともありますけど、小さいことはちょっとずつ、心に留めて決めたりするほうです。

――壁に貼ったりはしてないと。

秋谷 目標ではないですけど、「見てくれる人がいることはありがたい」と書いて貼ってました。17歳の頃に、紙に筆ペンで書いて。

――その言葉に何か思うことがあったんですか?

秋谷 初めて舞台をやったとき、プロデューサーの方に言われたんです。私たちは稽古から何回もやっていることでも、お客さんにとっては毎回が初日。絶対にたるむことなく、最新の自分を見せる気持ちは大事だと。本当にそうだなと思いました。

レプロエンタテインメント提供
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観た方にユルく「生きていこう」と思ってもらえたら

――自己ベスト更新の他に、人生での具体的な目標もありますか?

秋谷 今は“love myself”。自分で自分を愛することを掲げています。卑下するのは、私を応援してくる人も否定しているように見えると、言われたことがあるんです。ネガティブ思考をやめれば、人にもやさしくできる。そんな意味の“love myself”です。

――女優としては、目標を「探っている最中」とのことでしたが、個性派みたいなポジションには行くのでしょうか?

秋谷 そんな感じはします。秋谷百音にしかできない。秋谷百音で良かった。スタッフさんにもお客さんにも、そう思ってもらいたくて。あと、観た方たちに「明日も生きていける」と感じてもらえるような役者になりたいです。「大丈夫だよ!」みたいな押し付けでなく、「まあ、いっか」くらいのユルさで、自分を肯定していただけるような作品を届けたいと思っています。

――『東京遭難』はまさにそういう映画になったのでは?

秋谷 そうだったら、いいですね。私は11月27日が誕生日で、23歳の最後に公開される作品なんです。撮ったときは22歳、24歳の幕開けにも上映されていると思うので、自分の変化を楽しみながら、レベルアップできるようにしていきます。

Profile

秋谷百音(あきたに・もね)

1999年11月27日生まれ、神奈川県出身。

2020年に映画『別に、友達とかじゃない』で初主演。主な出演作は映画『ベイビーわるきゅーれ』、『ヒットマン・ロイヤー』、ドラマ『恋に無駄口』、『今夜、わたしはカラダで恋をする。』、『なにわの晩さん!』など。映画『東京遭難』が11月18日より公開。

『東京遭難』

監督・脚本/加藤綾佳 出演/木原勝利、秋谷百音、今里真、占部房子ほか

11月18日より新宿K’sシネマほか全国順次公開

公式HP

(C)GOLD FISH FILMS
(C)GOLD FISH FILMS

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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