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バンタム級戦線に異変? フィリピンの新鋭が井上尚弥の挑戦者候補に番狂わせの勝利

杉浦大介スポーツライター
Photo By Mikey Williams/Top Rank

6月16日 ラスベガス

MGMグランド ボールルーム・カンファレンス・センター

バンタム級10回戦(契約ウェイト120パウンド)

マイク・プラニア(フィリピン/23歳/24勝(12KO)1敗)

2-0判定(94-94, 96-92, 97-91)

WBO1位、IBF2位

ジョシュア・グリーア・ジュニア(アメリカ/25歳/22勝(12KO)2敗1分)

ビッグ・アップセット

 6月9日から始まったトップランク/ESPNのサマーシリーズ。その中で初めての番狂わせは、16日、フィリピンの新鋭の手によってもたらされた。

 初回、プラニアが放った強烈な左フックで、この日まで19連勝中だったWBO世界バンタム級1位、IBF2位のグリーアが痛烈なダウン。派手な倒れ方ではあっても、グリーアが負ったフィジカルのダメージ自体はそれほどでもなかったのかもしれない。ただ、無名選手の意外なスピード、パワーを体感し、メンタル面のダメージは大きかったのだろう。

 以降、手数は多くはなくとも、パンチに迫力があるプラニアに対し、グリーアはなかなか攻め手が見出せない。迎えた6回、またもプラニアの左フックでグリーアは2度目のダウン。少し変則的な軌道で飛んでくるプラニアの左フックは、今戦を通じて効果的な武器であり続けた。

 後がないグリーアも7回以降は接近戦に活路を見出し、必死に反撃をみせる。しかし、もともとの攻撃力の乏しさもあって、体格で上回るプラニアに危機感を感じさせるには至らなかった。

 こうして、バンタム級戦線に影響を及ぼすビッグ・アップセットは完遂。世界タイトル挑戦を目前に控えたグリーアにとって、ノーランカーを相手に余りにも痛い黒星となってしまった。

プラニアの今後

 試合前、実はこの試合で番狂わせが起こることを予想する関係者は少なくなかった。2018年3月、ファン・カルロス・パヤノ(パナマ)からダウンを奪いながら、判定で敗れて初黒星を喫して以降、プラニアは8連勝と絶好調。スーパーバンタム級で戦った最近の試合を見ても、その充実ぶりは際立っていた。

 正直、筆者も「グリーアはもう指名挑戦者なのに、なぜこんな危険な選手と対戦するのか?」と怪訝に思ったほど。そんな経緯があったがゆえに、世界トップランカー相手のプラニアの勝利はもちろん番狂わせではあっても、衝撃的な結果ではなかった。

 “マジック・マイク”の愛称で売り出されるプラニアは、マニー・パッキャオと同じフィリピンのジェネラル・サントス出身。2月以降は家族と離れ、フロリダで調整を続けた成長株が、ここで大きな一歩を踏み出した。

 「この勝利によって私の人生は変わるでしょう。3週間前にこの試合を承諾しました。勝てるはずだと、神を信じていたのです」

 そう語ったプラニアは、実際にこの勝利で世界ランク入りは間違いない。遠からず大きなチャンスを掴むことになるかもしれない。

 気になるのは、ここ2年はスーパーバンタム級で戦い、この日は120パウンドの契約ウェイトで臨んだ23歳が今後はどの階級を主戦場にするかということ。118パウンドのバンタム級に戻るのであれば、井上尚弥(大橋)の対戦相手候補に浮上する可能性もあるが・・・・・・

 その点をアドバイザーのショーン・ギボンズに尋ねると、「彼は122パウンド(スーパーバンタム級)の選手だ。118パウンドじゃない」との答えだった。

 もちろん大きな試合が舞い込めば、再び体重を落としてくることもあるかもしれない。ただ、グリーア戦の終盤はスタミナ切れの兆候が見られたこと、まだ身体が大きくなる年齢であること、バンタム級には他にもWBO王者ジョンリール・カシメロ、WBA1位レイマート・ガマリョ、IBF1位マイケル・ダスマリナスといった同国人で関係が深い選手がいることなどから、やはりスーパーバンタム級の方が適しているのだろう。

 いずれにしても、今後が楽しみな選手であることに変わりはない。まだ気の早い話だが、プラニアがさらに成長すれば、スーパーバンタム級から上の階級でいつか井上と絡む時がきても不思議はないはずだ。

Photo By Mikey Williams/ Top Rank
Photo By Mikey Williams/ Top Rank

グリーアの無念

 グリーアは不運だったと考えることもできる。本来なら4月25日の井上対カシメロ戦のセミで実力者ジェイソン・マロニー(オーストラリア)と対戦予定が、コロナウイルスのおかげでキャンセル。今夏にはカシメロへの代役挑戦の噂も流れたものの、結局はそれも実現しなかった。

 代わりに臨んだノーランカーとの調整試合で、無念の完敗。これでランキングは急落だろう。試合後、「(対戦相手の変更は)まったく影響しなかった。言い訳はないよ。今夜はプラニアの方がより優れていたということだ」と素直に負けを認めたが、気持ちの持っていき方が難しかったのは確かに違いない。

 もっとも、前述通り、今回の敗北は予想できないものではなかった。井上獲得を視野に入れたトップランクがバンタム級に力を入れ始めたことから契約をオファーされたが、過去2戦は実績のある選手に苦戦。順調にランキングは上がっても、グリーアがトッププロスペクトと呼べるほどの力強さを誇示したことはなかった。

 「接近戦に臨むのが遅すぎた。その代償を払うことになってしまった。勝利と同じように、負けも受け入れなきゃいけない。また戻ってくるよ」

 ESPNのインタビューでは気丈にそう述べたものの、これまでの戦いぶりを見る限り、グリーアの再浮上は容易ではなさそうではある。

Photo By Mikey Williams/ Top Rank
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スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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