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“平成の小津映画”と呼びたい、『海街diary』の心地よい時間

碓井広義メディア文化評論家

是枝裕和監督『海街diary』の公開から間もなく1ヶ月。未見の皆さんには、ぜひスクリーンでご覧になることをオススメしたい。

ドキュメンタリーの優れた作り手として注目されていた、テレビマンユニオンの是枝裕和ディレクターが、『幻の光』で映画監督デビューしたのは1995年のことだ。あれから20年。そのキャリアには、『ワンダフルライフ』や『誰も知らない』など評価の高い作品が並ぶが、この『海街diary』もまた是枝監督の代表作の一つになるだろう。

見終わって最初の感想は、「もっと見続けていたい」だった。何より、この姉妹たちの日常を、ずっと見ていたかった。物語としての1年という時間経過と共に、彼女たちの中で、静かに何かが変わっていく。その繊細な移り変わりに立ち会う幸福感が、終映後も尾を引いていたのだ。

三姉妹が、鎌倉にある古い家で暮している。しっかり者の長女・幸(綾瀬はるか)、縛られない性格の次女・佳乃(長澤まさみ)、のんびりした三女・千佳(夏帆)だ。父は15年前に家を出ていたし、母は再婚している。育ててくれた祖母もまた亡くなってしまった。

突然、父の訃報が届く。葬儀が行われた山形の小さな町で、3人は腹違いの妹・すず(広瀬すず)と出会う。病気になった父の世話をしてくれた、中学生のすず。実母は亡くなり、継母との関係はしっくりいっていない。三姉妹を「父が好きだった場所」に案内し、4人で風景を眺めるシーンが印象的だ。

駅での別れ際、幸が突然、「すずちゃん、鎌倉に来ない? 一緒に暮らさない? 4人で」と声をかける。このひと言で、物語が大きく動き出すのだ。是枝監督は、あるインタビューで「これは捨て子が捨て子を引き取る話だなと思った」と語っている。

捨て子とは強烈な言葉ではあるが、実際、姉妹たちは父にも母にも捨てられたことになる。鎌倉の古くて大きな家で暮らすのは”欠けた人のいる家族”、もしくは”不在者のいる家族”だったのだ。長女の幸は、年齢的なこともあり、不在の父や母へのわだかまりがかなり強い。だが、それもまた、すずを受け容れることで変わっていくのだ。

思えば、小津安二郎監督の映画でも、何度か“不在者のいる家族”が描かれてきた。『父ありき』や『晩春』は母親が、『秋日和』では父親が不在だった。不在、つまり失われていることが、そのまま不幸ではないと感じさせるという意味で、小津作品と本作は重なるのかもしれない。

また、この映画では、長い年月を経た家が、不在の父や母の代わりに娘たちを見守っている。帰る場所、ずっと居ていい場所としての家。懐かしさを感じさせるこの日本家屋は、そのまま小津作品に出てきても不思議ではない。

加えて、この映画における綾瀬はるかの佇まいが、小津作品で原節子が演じてきた女性たちを思わせる。凛とした美しさ。強さと優しさ。さらに、どこか自分を無理に律している切なさも、小津映画のヒロインに通じるものがある。本作に関してだけでも、是枝監督が”平成の小津安二郎”なら、綾瀬はるかは”平成の原節子”だ。

そしてもう一人、特筆すべきは広瀬すずだろう。「すず」という名前と役名が同じであることも、決して偶然ではないとさえ思わせる。それほど作中のすずのイメージは鮮やかだ。しかし、成長していく少女ほど儚(はかな)いものはない。いや、だからこそ、「今という時間」にしか映しこめない輝きがここにある。桜並木のトンネルを自転車で走り抜けていくシーンなど、長く記憶に残る名場面と言うしかない。

ふと思い出すのは、中原俊監督の『櫻の園』(1990年)だ。あの作品の原作もまた吉田秋生の漫画だった。桜、そして少女たち。両者に共通する美しさ、狂おしさ、そして儚さが、映画監督たちを強く惹き付けるのだろうか。

すでにドラマやCMでたくさんのスポットを浴びている広瀬だが、この映画への起用はそれ以前に決まったことだという。是枝監督の慧眼、恐るべし。彼女を発見したことで、この作品の制作を決意したのではないかと想像したくなるほど、その存在感は際立っている。

この映画には、驚愕の事件も、泣かせる難病も、気恥ずかしくなるような大恋愛も登場しない。しかし、不在者をも包み込みながら、自分たちの居場所で積み重ねていく日常の豊かさを、静かなるドラマとして描き切った秀作である。是枝監督と四姉妹に拍手を送りたい。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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