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シリア北部マンビジュ市で米軍兵士・国防総省職員4人が死亡した自爆攻撃をめぐる情報の「揺れ」

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

アレッポ県北東部ユーフラテス川以西のマンビジュ市で16日、爆発が発生し、米軍兵士を含む13人が死亡した。事件が起きたのは、クルド民族主義勢力のPYD(民主統一党)が主導する勢力の拠点都市で、昨年末にドナルド・トランプ米大統領が撤退決定した米軍もいまだ駐留している。

事件については明らかになっていない点も多く、真相究明が急がれる。だが、トランプ大統領による米軍撤退決定をめぐる米政権内の不協和音、そして米軍駐留をめぐる米国とトルコとの確執を踏まえると、陰謀めいたものを感じざるを得ない。

以下では「アラブの春顛末記:最新シリア情勢」での情報発信作業を通じて筆者が得た情報をもとに、事件に関する情報の「揺れ」について指摘したい。

PYDに近いANHAの報道

事件についてもっとも詳しい報道をしたのが、PYDに近いANHA(Hawar News)だ。

同サイトによると、事件は16日12時38分、マンビジュ市スンドス通りにあるカスル・ウマラー・レストランで発生した。

爆発は爆弾ベルトを着用した実行犯の自爆によるもので、マンビジュ市の医療委員会によると、レストラン内にいた米軍兵士を含む13人が死亡、数十人が負傷した。

ANHAはまた、スンドス通りに設置された監視カメラが捉えた爆発の瞬間の映像をユーチューブを通じて公開したほか、事件現場や搬送された負傷者の映像を多数公開した(これらの映像については「アラブの春顛末記:最新シリア情勢」2019年1月16日付を参照されたい)。

反体制派(そして西側諸国)の報道

ANHAが事件の詳細についてアップデートを続ける一方、反体制派は異なった内容の発表を繰り返した。

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団、UAEで活動する反体制系サイトのドゥラル・シャーミーヤなどは、それぞれが入手した「独自情報」として、爆発がレストラン(内)ではなく、近くにある女学校前を米軍パトロール部隊が通過した際に発生したと伝えた。

なお、日本を含む西側諸国での報道も(本稿執筆時点では)概ねこの内容に沿ったものとなっている。

米国の発表

爆発の被害者となった米国は、中央軍(CENTCOM)がホームページを通じて声明第19-005号を出し、米軍兵士2人、国防総省職員1人、そして同省契約職員1人が死亡、米軍兵士3人が負傷したことを明らかにした(死亡した兵士らの氏名は今のところ公開されていない)。

爆発時の状況について、声明の英語版では、マンビジュ市での「while conducting a local engagement」に爆発が発生したとしている。和訳すると、「現地での職務中」となろうか。

だが、この声明にはアラビア語版(そしてロシア語版)もあり、それを見ると「athna’a qiyami-him bi-ijtima’ mahalli」時、すなわち「現地で会合を行っている際」とより詳しく書かれている(筆者はロシア語を解さないので、ロシア語版の内容については確認できなかった)。

この発表をANHAと反体制派の報道内容と照らし合わせると、ANHAがより詳細なアラビア語版の声明、反体制派が曖昧な英語版に対応していることが分かる。

http://www.centcom.mil/, Jan. 17, 2019
http://www.centcom.mil/, Jan. 17, 2019

事件後の各勢力の反応

シリア駐留米軍をトルコに対する「盾」としてきたPYD主導勢力は、事件発生後直ちに反応した。PYDが主導する自治政体の北・東シリア自治局、そして同自治局の武装部隊で、クルド人民兵の人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍に所属するマンビジュ軍事評議会はそれぞれ声明を出し、爆発を「テロ行為」を非難、犠牲となった米軍兵士と住民に弔意を示した。

一方、実行犯については、イスラーム国に近いアアマーク通信が速報で「爆弾ベルトを着用した殉教者1人(イスラーム国戦闘員)の攻撃で、シリア北東のマンビジュ市で有志連合パトロール部隊に打撃を与えた」と報じた。

他方、シリア駐留米軍の処遇をめぐって米国と対立を続けてきたトルコは、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が「YPGが爆発の背後にいるのだろう…。マンビジュ市での米軍兵士に対する攻撃はシリア駐留米軍撤退決定に影響を与えるだろう」と述べ、PYD、さらにはその姉妹組織でトルコがテロ組織とみなすPKK(クルディスタン労働者党)の関与を疑った。

トランプ大統領の決定に従い、シリアから米軍が撤退すれば、イスラーム国が増長すると懸念を表明してきたPYD主導勢力が、撤退を猶予させるために仕組んだ陰謀だというのだ。

米軍が撤退を始めたためにイスラーム国が増長したのか、米軍撤退を嫌うPYD主導勢力(さらには米政権内の反対派)が仕組んだのか、真相は闇のなかだ。だが、事件についての報道の「揺れ」に目を向けると、それが陰謀論のなかで政治利用し得る格好の材料だと感じ取ることができる。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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