119番の日に知っておきたい マンション・バルコニー避難口の“絶望的”頑丈さ
毎年11月9日は「119番の日」。消防に対する正しい理解と認識を深めるとともに、防災意識の高揚、地域ぐるみの防災体制の確立を目指して、消防庁によって昭和62年から定められたものだ。
「消防に対する正しい理解と認識」や「防災意識の高揚」、「地域ぐるみの防災体制の確立」が求められているとなると、マンション暮らしで気になることがある。
それは、万一、火災などが起きたときの避難路だ。
マンションでは2箇所以上の避難路が設けられる。玄関側で火災が起きたときでも、別の通路で避難できるようになっているわけだ。
多くの場合、「玄関とは別の避難路」となるのがバルコニー。隣の住戸に移動するための避難口と下の住戸に下りる避難はしごのいずれか、もしくは両方が設置されている。
それは、マンションに住んでいる人なら誰でも知っている事実だ。
では、本当にバルコニーから隣戸に避難する自信がありますか?
この質問に対し、即座に「ある」と答えることができる人は少ないだろう。それは、実際にバルコニーの避難口を利用したことがある人はほとんどいないから。そのため、火災などでバルコニーから避難する必要が生じたとき、多くの人が愕然とするはずだ。
なぜなら、バルコニーに設置されている避難口の多くは想像以上に頑丈で、蹴っても、殴っても、びくともしないことが多いからだ。
11月9日、119番の日に、今まで明らかにされてこなかった「バルコニー避難口」の実情を明かしたい。
バルコニーの「蹴破り戸」を本気で蹴ってみた
バルコニーで隣の住戸に移るための避難口は、「蹴破り戸」と呼ばれる。
隣戸との境にはパーティションとか隔壁板と呼ばれるものがあり、その一部に設けられるのが「蹴破り戸」で、「ここには物を置かないで下さい」と表記されることもある(下の写真参照)。
「蹴破り戸」は、火災などの非常時に破って隣戸に避難するためのもの。文字通り足で蹴って破る部分なのだが、その実情とは……“絶望的に”といいたくなるほど頑丈なのだ。
実際に、私は「蹴破り戸」を蹴ったことがある。
といっても、命からがら逃げた経験があるわけではなく、マンションの設備類に関していろいろな体験ができる場所で、「試しに、やってみて」と勧められて体験したものだ。
恐怖に駆られた状況ではなく、慌てた状況でもない。落ち着いて「蹴破り戸」に挑んだのだが、スニーカーを履いた足で蹴ってもびくともしない。もう一度、今度はかなりの力を込めて蹴り出しても、跳ね返されて蹴破り戸に汚れが残るだけだった。万一、スリッパ履きや裸足で蹴ったら、足を痛め、ねんざや骨折も起きかねない。
小さな子供を抱き、急いで避難したいときに「蹴破り戸」に何度も跳ね返されたら、パニックになるだろう。
「蹴破り戸」を破るときは、つま先ではなく、かかとに体重を乗せて突き下ろすのが正しいと教えられた。できれば、かかとの固い靴を履いて。そのかかと蹴りで、やっと破ることができたのだが、女性や高齢者にはむずかしいかもしれない。
どうしても破れないときのために、ハンマーとかバットをバルコニーに置いておくほうがよい、ともアドバイスされた。が、多くの人は「そんなこと、聞いてないよー」だろう。私も、つま先にジーンとした痛みを感じながら、そう思った。
「蹴破り戸」は、それくらい頑丈なのである。
軽い力で破ることができるものもあるが……
「蹴破り戸」といわれながら、簡単に蹴破れない……という状況があるなか、じつは軽い力で破ることができる「蹴破り戸」も登場している。
それなら、少し強めに蹴れば、バラバラになってしまう。
なんだ、今は簡単に避難できるのか、と思われがちだが、実態はそう単純ではない。というのも、最新マンションであっても、軽い力で破ることができる「蹴破り戸」を採用できないケースがあるからだ。
たとえば、地上60メートル・階数にしてだいたい20階を超える超高層マンションの場合、強い風にさらされることが多く、軽く、脆い素材をバルコニーのパーティションに使用すると、風で破損するかもしれない。その恐れがあるため、軽い力で破ることができる素材を採用することができない。
今は、強い風が想定されるマンションには「重くて強い蹴破り戸」。そうでなければ、避難のしやすさを優先して「軽くて割りやすい蹴破り戸」を採用しているのが実情なのである。
近年、マンション・バルコニーのパーティションは大型化する傾向がある。プライバシーを守るため、床から天井面までフルにカバーするタイプが多いのだ。
パーティションが大型化すると、風の害が生じやすい。そうなると、頑丈な素材を使いたくなる。
パーティション全体を頑丈にする結果「蹴破り戸」の部分も頑丈になってしまう、という問題が生じるわけだ。
簡単に破れるのは「ケイカル板」
ちなみに、簡単に破れるのは「ケイカル板」とよばれるもの。ケイ酸石灰質系素材を主体にした素材で、軽く、価格も安い。この「ケイカル板」は、2005年以降に完成したマンションで採用例が増え出した。
これに対し、従来から用いられているのは、セメント系材料素材を主体とする「フレキシブルボード」と呼ばれるもの。重く、頑丈で耐久性も高い。
両者には一長一短があり、「軽くて割りやすい蹴破り戸」がベストとはいえない。だから、混在している状況が生まれているわけだ。
そこで、マンション居住者に求められるのは、「自分のマンションの蹴破り戸は、どっちのタイプか」を知っておくこと。それが、いざというとき、自分と家族の安全を守ることにつながる。
残念ながら、見た目の判定はむずかしい
蹴破りやすいのか、蹴破りにくいのかーー具体的にいえば「ケイカル板」か「フレキシブルボード」かは、見た目で区別することができない。建設関係者で扱い慣れている人であれば分かるかもしれないが、普通の人には無理だ。
試しに足で蹴ってみれば分かるだろうが、見事に破れたら、それはそれで困る。
そこで、足で蹴らずに判定する方法を4つ挙げてみよう。
1、マンションの建設年度から推測する方法
前述したとおり、「ケイカル板」の採用が増えたのは2005年頃から。そのため、2004年より前に完成した建物であれば、頑丈な「フレキシブルボード」になっている可能性が高い。
2、風が強いかどうか、で推測する方法
2005年以降に完成した建物でも、風が強い形状(超高層マンションなど)、風が強い場所のマンションも頑丈な「フレキシブルボード」である、と考えてよい。
3、バルコニーのパーティションの形状で推測する方法
バルコニーのパーティションのなかには、鉄筋コンクリートで壁をつくり、その一部に「蹴破り戸」を設けているものがある(下の写真参照)。
この形状ならば、「蹴破り戸」が風で破れる危険性は少ない。そのため、2005年以降に完成した建物で、この形状のパーティションならば、簡単に破れる「ケイカル板」の可能性が高い。
4、管理会社や事業主に聞く
これが、最後の方法で、最も確実なものだ。
管理組合の役員が日常的に連絡を取り合っている管理会社に「蹴破り戸」の材質を聞くのである。管理会社は材質を知っているケースが多いし、分からなければマンションを開発した事業主に確認してくれる。
管理会社が入っていない自主管理であれば、事業主の不動産会社に聞けばよい。
その結果、頑丈な「フレキシブルボード」であることが分かれば、バルコニー側にハンマーを置くなどの対策が必要だろう。今は100均ショップでも、ハンマーを扱っているところがある。いざというときの備えとして、ひとつ購入しておくことをお勧めしたい。