日立子会社の「残業隠し」 4月1日から蔓延の恐れ。対処法とは
今後拡大が予想される「残業隠し」
今年4月1日から「働き方改革関連法案」が施行され、残業時間の上限規制(原則月45時間・年360時間で罰則規定付き)が導入される。
これは日本社会においては事実上歴史的に初めての上限規制導入であり、残業時間の抑制を期待している方も多いだろう。
しかし、私たちへの労働相談では、人員の増加や業務の削減なしに、表面的な「残業時間」を減少させようとする企業の事例が後を絶たない。
要するに、「残業隠し」(実際の残業時間よりも少ない時間を打刻・申告させられるといった残業時間の偽装)の被害に遭っている労働者からの相談が多く寄せられているのである。
どんなに、法改正がなされて残業時間の上限規制が導入されたとしても、実際の労働時間で労働時間の管理・把握がなされず、長時間労働が継続すれば、法改正は絵に描いた餅となってしまうだろう。
それどころか、ただ「残業代」が削減されるという結果にもなりかねない。
しかし、こうした法改正を前にした「脱法行為」の横行は、大手企業にも広がりを見せているのが実情だ。
その具体例が、日立製作所の完全会社である「日立プラントサービス」で起きている問題だ。
同社で働く30代の男性社員は、月100〜170時間の長時間残業をしていたが、月60〜100時間程度に社内で「申告」を制限されていた。
そのため残業代も適切に払われていないという「残業隠し」の被害について、労働基準監督署が是正勧告を出したことが、28日わかった。
同事件については、3月28日に、本人と彼が加盟する個人加盟ユニオン「労災ユニオン」が厚労省で記者会見を行っている。
そこで今回は、この事件を通じて、法改正が施行となる4月1日から広がりが懸念される「残業隠し」の問題について考えていきたい。
長時間労働、「残業隠し」の具体的実態
まず初めに、今回の事件の概要を説明しよう。日立プラントサービスは、プラント工場等の設計・工事などを行っている日立製作所の完全子会社である。
従業員は974名(2018年3月31日現在)、売上高は716億円(2017年度)の大手企業だ。
会見をした30代の男性社員Aさんは、大学院を卒業し新卒で日立プラントサービスへ入社後、全国の建設現場で、設計・施工管理監督等の業務に従事していた。
仕事内容は、わかりやすく言えば、工事現場の現場監督だ。
本社での研修後、現場に配属されると、すぐに月80時間(過労死ライン)を超えるような長時間の残業が当たり前になったという。
長い時には、朝7時から夜24時までの労働を連続で続けるようなこともあり、月200時間ほどの残業を行なった月もあった。
納期が厳しい現場をなんとか間に合わせることを迫られ、長時間労働が蔓延している「炎上現場の火消し作業」(社内の共通言語だという)をする遊撃的な役回りとして、数ヶ月単位で全国の現場を出張続きで転々とする日々だったという。
しかし、そのような長時間労働をこなしても、実際の労働時間を会社に申告することはできなかった。
では、労働時間はどのように偽装されたのか。
会社の労働時間管理は、個人に割り振られた(1)「パソコンのログイン・ログオフ時間」と、(2)「労働者の自己申告」の2つの方法で行われている。
当然だが、パソコン起動時間は最低限職場におり業務をしている。しかし、ログデータのままでは労働時間を申告することができず、削った時間を自己申告するように圧力があり、それを会社が労働時間と承認する流れだった。
社内では、残業時間について「1ヶ月100時間、2ヶ月以上連続で80時間」を超えないように、そしてできる限り少なくするようにというルールがあったという。
その基準は、まさに過労死認定基準である「過労死ライン」を意識した設定だ(それは後述する上司からの偽装指示メールからも明らかである)。
また、ちょうどこの「過労死ライン」と重なる4月1日からの法改正の基準も先取りされている。
結局、Aさんが過去2年間の労働時間記録を分析すると、ログデータで計算した時間外労働時間は1ヶ月当たり平均約94時間、最高172時間、ログデータと自己申告時間の差による「隠れ残業」については、1ヶ月当たり平均約53時間、最高約100時間の差があった。
恒常的な長時間労働はもちろん、「隠れ残業」の量が凄まじいのだ。
労働基準監督署からの勧告内容
そのような状況の改善のために、Aさんは「労災ユニオン」の支援を受けて、労働基準監督署へ証拠を持参し、労基法違反を申告した。
その後、労基署の監督官がAさんの担当している工事現場で働く労働者らへのヒアリングをし、申告時間、pcログ、本人の記憶それぞれを確認した結果、未把握の労働時間があったことを認定し、残業代不払いがあることについて是正勧告をした(労働基準法37条違反:「残業代不払い」)。
労基署に申告する際の特に重要な証拠として、以下の上司からのメールがある。
これを見ると、すでに述べてきた「残業隠し」の構図を明瞭に読み取ることができる。
2018年12月19日
件名:残業時間の件
○○様
お疲れ様です。
掲題の件、平日:44:25時間、休日:55:25時間、合計99,5時間となっています。
本社総務より、100(時間)未満にする様に連絡が入っています。
今週末の連休は振替申請をしていますが、残業ができない状態になっています。
今日から12/27までの8日間に全く残業できないので、1度12月1日からの承認済みの勤怠表を差し戻して、12月初旬の残業を少し下げて、12/27までの8日間に残業できるようにしますか?
現状のままにして、8日残業を0時間で通しますか?
日立プラントサービス 北陸営業所
○○
このメールによれば、残業時間が12/19の時点で99,5時間となっているため、月100時間に達しないように、本社総務からの指示が入っている。
そして、具体的指示としては、一度これまで会社が承認してきた残業時間を遡って少なく修正して月末まで残業をできるようにするか、残りの日を月末まで残業0で入力するかどちらにするかと聞いている。
会社ぐるみの隠蔽工作と感じざるを得ない。
このメール以降、Aさんは定時出勤・定時退社と自己申告することとなった。
しかし実際には、年明けに発注主へ引き渡しをする納期直前の現場で働いていたので、追い込み作業のため、Aさんは朝8時頃から21時頃まで働き、9連勤、10連勤を繰り返すなど多忙を極めていた。
結局、パソコンのログデータ上での2018年12月の残業時間は月172時間であったが、自己申告では月100時間程度に収まっているのである。
同期の仲間の勇気を持った行動に突き動かされ、実態を告発
では、そのような状況に「泣き寝入り」していたAさんはなぜこのような大企業に対して在職のまま立ち上がったのだろうか。
これまで、Aさんは、長時間労働ばかりで自由な時間もなく、大学院で学んだ専門知識も場当たり的な「炎上」現場の「火消し作業」ばかりで発揮できないことに嫌気がさしてはいたが、「何かしても変わらないだろう」と諦めて数年働き続けていたという。
そんな中で転機となったのは、昨年11月に親会社の日立製作所採用ではあったが同期入社で同じセクションのため研修時に親交のあったBさんが勇気を持って会社の改善に立ち上がり、記者会見をしたことを報道で知ったことだった。
Bさんは、2013年に新卒で日立製作所へ入社し、2015年6月から日立プラントサービスへ在籍出向となり、富山県の工事現場にて現場監督の仕事に従事していた。
そこで、最大170時間の長時間労働、労働時間の偽装圧力、上司からのパワーハラスメント等により精神疾患を発症、労災認定をされたが現在も働くことができずに休職中である。
Bさんの件については、以下の過去の記事を参照してほしい。
参考:日立製作所の労災被害者は、なぜ声をあげたのか? 「社内改革」の限界と「社外」からの改革方法
Aさんは、報道などでBさんを人間と扱わない会社の働かせ方に怒りを持ち、Bさんへ連絡を取ったという。
前々からAさんは、過労死ライン超が当たり前の職場で多くの同僚たちが心身を壊し、早期退職に追い込まれてしまっていたことに疑問を持っていたのだ。
そして、この間進んでいた団体交渉でのBさんに対する会社の不誠実な対応を聞き、会社に対する信頼が失われていったと言う。
特に、休職中のBさんが今の現場の実態をわからないことをいいことに、「長時間労働、労働時間の偽装等は全社的に改善済み」とBさんへ虚偽の説明をする会社の姿勢に憤りを禁じ得なかった。
なぜなら、実際に現職で働くAさんは、まさに、同じ富山で過労死レベルの長時間労働、労働時間の偽装の真っ只中で働いていたからだ。
こんな不誠実なことが社会的に許されて良いのか、Bさんをこのような目にあわせて全く反省をしていないのは会社としておかしいのではないか、在職で働く身ではあるが今一緒に立ち上がるしか会社は変わらないのではないか、Bさんは覚悟を決め、ユニオンに加入し団体交渉で環境改善をする決意をしたという。
Aさんの想い
今回の会見を機に、会社には本当に代わってほしいです。
会社でこの様な「長時間労働」が発生する理由といたしましては、高すぎるノルマや業務量過多とそれに対する恒常的な人員不足が挙げられると思います。
現場視点ではありますが、当社では、会社の規模に対して現場要員が不足している事や、若手社員の離職が多い事などが問題となっていると思います。そんな状況においても、業績目標は常に右肩上がり。結果、現場に無理なノルマを強いる事となり、労働環境が悪化。それが原因で、離職者がさらに増加。といった負のスパイラルに陥っている気がします。
このままでは年々、会社としての技術力は低下する一方であり、これを断ち切るためには、どこかで一度、業績目標を下げ、労働環境を確保した上で、若手社員の育成や外注監督の正社員化といった、人財確保に注力する必要があるのではないかと、私は常々感じております。
これらの問題点を棚上げにしたまま、会社の方針として労働時間の削減のみを打ち出しても、業務量と労働時間削減の板挟みが「隠れ残業」を招く事は必然です。
配布させていただいた残業時間の偽装指示と思しきメールはまさにその典型で、本文中に「残業時間の件、本社総務より100未満にする様に連絡が入っています」と記載されているように、各職制が、本社総務を気にして――すなわち、会社に忖度して「隠れ残業」に走っている事は明白です。実を言うと、このメールの送り主はむしろ、本当の意味での労働時間削減に手を貸してくれる人でもありました。
ですから、はっきり申し上げて、当社内ではこのように労働時間の過少申告指示をさせられる職制すら「被害者」といっても過言ではない状況にあります。私が、面倒を見ていただいた上司を「裏切って」まで、こうした会見に踏み切った理由を、会社側には汲み取っていただきたいところです。
加えて言えば、当該作業所には私自身も勤務しておりましたが、当社が抱える案件の中では決して珍しいレベルの長時間労働ではありませんでした。ですから、会社側には、どうかこれを一作業所の問題と侮らず、全社的な是正に向けて、舵を切ってほしいと思います。
「隠れ残業」への実践的対処法
以上のように、日立プラントサービスの「残業隠し」の事例を紹介してきた。
この事例からは、労働時間の適正化には、人員の増強とノルマの抑制が必要であることがわかる。
また、短期的に、労働時間の上限規制を本当の意味で機能させるには、実際の労働時間を客観的把握できることが必要不可欠だということも明白となる。
しかし、労働時間の客観的な把握については、現状、厚生労働省のガイドラインがあるが、あくまで法的義務ではないのが現状である。
そういう中では、労働者自身が、自分の労働時間を客観的に記録することが重要である。
というのも、仮に労働時間をめぐり使用者と争った場合には労働時間の立証責任は労働者側にあり、会社が労働時間の記録を記録していなかったり偽装していた場合、労働者側が実際の労働時間を立証できないと、会社側の主張が通ってしまうからだ。
つまり、管理不足や偽装をしているのは会社側にも関わらず、会社側の「やり得」なのだ。
今回の日立プラントサービスの場合は、ログデータが残っていたので、実労働時間と申告時間との差をある程度証明することができたが、そうではなく、記録が何もない場合も多いだろう。
その場合は、出退勤時の家族等へのメール・ライン、パソコンのログ、社内の時計の写メ、出退勤の1分単位のメモ等、記録を残すことが重要だ。
客観的な労働時間の記録があれば、長時間労働で脳心臓疾患や精神疾患になってしまった場合、そして最悪の場合過労死をしてしまった場合でも労災認定が容易になる。
また、それと連動して不払いになっている残業代も請求が可能になるだろう。
4月からの法施行を前にして、ぜひ、労働者の方には「労働時間の客観的な記録集め」を肝に命じてほしい。また、労災ユニオンは以下のホットラインも開催するということなので、ぜひ気軽に相談をしてみてほしい。
長時間労働・「残業隠し」無料労働相談ホットライン
日時:3/30(土)13時~17時、3/31(日)13時~17時
電話番号:0120-333-774
主催:労災ユニオンhttp://rousai-u.jp/
※通話・相談は無料、秘密厳守です。ユニオンの専門スタッフが対応します。
無料労働相談窓口
03-6804-7650
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*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。
03-6804-7650
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*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。
022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)
sendai@sougou-u.jp
*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。
03-3288-0112
*「労働側」の専門的弁護士の団体です。
022-263-3191
*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。