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ディケンズの名作の世界で暁千星が煌めく、宝塚歌劇星組『夜明けの光芒』

中本千晶演劇ジャーナリスト
イラスト:牧彩子(『タカラヅカの解剖図鑑』より)

 星組公演『夜明けの光芒』が無事に千秋楽の幕を下ろした(6月3日〜8日、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて、6月14日〜20日、東京建物 Brillia HALLにて上演)。ディケンズの長編小説『大いなる遺産』の舞台化である。脚本・演出は鈴木圭が担当した。

 孤児として生まれ育ち、将来は鍛冶屋になることを運命づけられた少年ピップは、美しくも高慢な少女エステラに心奪われ、いつか彼女に相応しい紳士になりたいと夢見ている。ところがある日、ピップに莫大な財産を相続したいという人物が現れた。ただし、その人物が誰かを決して聞いてはならないという条件である。「紳士になる」という夢を叶えることができると、ピップは意気揚々とロンドンに向かう。

 エステラの心を射止めたいとの焦りもあり、金に糸目をつけず贅沢な生活を送りギャンブルにまで手を染めるピップ。だが、その「大いなる遺産」がとんでもない人物からのものであったことが判明する…。

 これまで映画化もされ、タカラヅカでも1990年に月組で舞台化されている本作だが、今回の注目は「光と闇」というテーマを中心に物語を展開させていく趣向だろう。ピップの中の葛藤を「光と闇」の対決として見せるというやり方は彼の心の動きをわかりやすく整理して見せてくれる効果もあり、文庫本にして2冊分の長編を2時間で見せる上手い工夫でもある。

 数奇な運命に弄ばれていくピップを、持ち前の明るさの上に人間らしい弱さと強さを重ねた役作りで暁千星が好演した。一度は闇に堕ちるが最終的には打ち勝つ過程を丁寧に掘り下げる。

 瑠璃花夏演じるエステラはドレス姿も艶やかで、まさに咲き誇る一輪の花のような美しさ。氷のように硬く閉ざされた心のうちに、ほんのりと自身の内面の揺らぎを滲ませ、彼女もまたピップと同じく光と闇との間で葛藤する存在であることを感じさせる。

 素直で心優しい少年ピップ(藍羽ひより)、硬く閉じた蕾のような少女エステラ(乙華菜乃)、それぞれ大人になった二人の原点のような存在のように思われた。

 天飛華音演じる「闇」は鈴木圭版『大いなる遺産』のオリジナルキャラクターである。ある時はピップの恋敵ドラムルに乗り移って、またある時は「闇」そのものとして、ピップを翻弄する。自在な歌声で時に甘く誘惑し、時に冷たく突き放しつつ、ピップを闇の世界にいざなう。

 時折登場する「闇」のダンサーたちが、ピップの心のダークサイドを妖しく表現する。「闇が深いほどに光は輝く」という言葉を聞いたことがあるが、まさにピップと闇とはそんな関係のように思われた。

 原作の持つミステリアスな謎解き要素も忠実に拾っており、個性あふれるキャラクターたちが「まるで小説を読み進めていた時に脳内で想像した姿」そのままに登場するのも見どころの一つだった。特に風貌からして不可思議な婦人ミス・ハヴィシャム(七星美妃)と「大いなる遺産」の鍵を握る男エイベル・マグウィッチ(輝咲玲央)は怪演だ。もう一つの秘密の鍵を握る女中モリー(紫りら)も不気味な存在感を醸し出す。

 波乱万丈の物語がスピーディーに展開するが、その中でもなお作品全体を貫く性善説的な温かさも心地良かった。ピップのロンドンでの親友ハーバート(稀惺かずと)の天真爛漫な明るさ。故郷からピップに想いを寄せ続けるジョー(美稀千種)とビディ(綾音美蘭)の無私の慈愛。小説では冷徹な弁護士として描かれるジャガーズ(朝水りょう)もさりげない人情味を感じさせ、ピップに冷たく当たる姉ジョージアナ(澪乃桜季)にも優しさがある。

 そして、本編からナチュラルに続くフィナーレが圧巻だ。ピップとエステラ、幸せな二人のデュエットダンスに続き、本編の役そのままの「闇」たちのクールなダンス。そこから一転、光輝く世界で踊る暁ピップの何と伸びやかなこと。足が高々と上がるたびに息を呑み、観ている私たちまで心が浄化されていくような清々しさを覚えたのだった。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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