ウソとホントの間を新トップスター・永久輝せあが自在に行き交う、宝塚歌劇花組『エンジェリックライ』
花組公演『エンジェリックライ』(作・演出/谷貴矢)は新トップコンビ、永久輝せあ・星空美咲のお披露目公演らしい、明るく伸びやかな作品だ。
だが、それだけでは終わらない。「ファンタジー・ホラロマン」と銘打ち「ウソとホント」をテーマにした本作では、観客もまたウソとホントの間を翻弄されてしまう。その不思議な感覚が後を引く。
主人公アザゼル(永久輝せあ)は「大嘘付き」と評判の、やんちゃな天使である。おそらくアザゼルたち天使が生きる天界は「ホント」が基本で、「ホント」のことしかない世界なのだろう。それは清らかだけど、ちょっと面白みのない世界なのかも知れない。だからこそアザゼルは「ウソ」に憧れ、「ウソ」が蔓延している地上界へ興味津々である。
ところが、いたずらが過ぎたアザゼルは罰として地上界に落とされてしまう。しかも、彼が得意とする「ウソをつく力」を封印されて…。ウソとホントが判別不能なぐらい入り混じっている地上界で、アザゼルは「ホント」のことしか言えなくなってしまうのだ。
天界と地上界、2つの世界の違いを痛切に感じるのが、アザゼルが地上界で出会ったエレナ(星空美咲)への気持ちを伝える場面だ。ウソがつけなくなったアザゼルは、何の迷いもなく「僕は君に惚れてしまった」と伝える。ところがこれが地上界では実に奇妙に聞こえ、挙げ句の果てには信じてもらえない。正真正銘の「ホント」が「ウソ」に聞こえてしまうという不思議。地上界でのコミュニケーションがいかにウソで塗り固められているか、普段の私たちがいかにウソで自分をごまかしたり守ろうとしたりしているかを皮肉っているようだ。
天界でのアザゼルは自由奔放で好奇心いっぱいである。ところが、地上界に堕とされたアザゼルは真っ直ぐで正直なところが魅力的だ。永久輝演じるアザゼル自身はぶれることなく行き来しているのだが、天界と地上界では引き立って見える面が真逆なところが面白い。それはまた、永久輝自身の真逆な二面性を表現しているようでもある。
さて、アザゼルが堕とされた地上界では、どんな天使や悪魔をも従えることができるという秘宝「ソロモンの指輪」が話題を呼んでいた。この指輪は大富豪フェデリコ(凪七瑠海)の元にあったが、「真の持ち主」がはめた時でなければ力を発揮することができなかった。
指輪の力を使って天界に戻ろうと考えたアザゼルは、指輪を盗もうとしているエレナと協力関係を結ぶ。だが、現在の持ち主であるフェデリコも指輪の力を使ってある願いを叶えようと目論んでおり、悪魔界の王者たらんとするフラウロス(聖乃あすか)もまた指輪の力を欲していた。
「トレジャーハンター」という裏の顔を持つエレナは一見、しなやかに動き回る突っ張った少女だが、じつは心に傷を抱える繊細さを垣間見せる。
大富豪フェデリコはアザゼルとはある意味対照的に、ウソだらけの世界をのし上がってきた人物だ。本作が退団公演となる凪七瑠海がこの役を人間くさい存在感で演じる。
見るからに怪しげな悪魔フラウロスを演じるのが、聖乃あすか。美貌の正統派男役に見える聖乃だが、こういう役が実はよく似合う。
「ソロモンの指輪」を巡る4人の思惑が交錯する中、天界から、アザゼルの友人(?)であり天帝の有能なる右腕である天使ラファエル(綺城ひか理)が地上に遣わされてくる。このラファエルを演じるのが、本作で退団する綺城ひか理だ。実際にも綺城と永久輝は同期であり仲が良いことで知られるが、そんな二人がリアルさながらの関係性を舞台上で見せてくれるのも、本作の楽しみの一つだ。
果たして「ソロモンの指輪」は誰の手にわたるのか? そして、アザゼルは天界に戻れるのか??……最後の最後までどんでん返しが待ち構え、観客はウソとホントの間を振り回される。その感覚が何だか心地良くなってしまうのも「ホラロマン」のなせる業だろうか?