三谷幸喜の映画が宝塚歌劇で舞台化。爆笑政界コメディ、星組『記憶にございません!』
8月17日に初日の幕を開けた星組『記憶にございません!』を観劇し、大いに笑った! 本作は2019年に封切られた三谷幸喜脚本・監督による同名の映画を舞台化したものだ。潤色・上演台本・演出を石田昌也が担当する。
思った以上に映画に忠実な展開であり「ここまでやる?」という場面もサラリと軽妙に見せている。映画を見て「これはタカラヅカでもやって欲しい!」と思った場面、扮装、小ネタなどもかなり再現されている。予習なしでも楽しめそうだが、映画と見比べるのもおすすめだ。もちろん、唐突に現れるご当地アイドルグループ「田原坂46」をはじめ、映画にはない回想シーンが加わるなど、タカラヅカ独自の脚色・演出も見どころだ。
物語は、史上最低の支持率を叩き出している最悪な総理大臣・黒田啓介がある日、頭に石をぶつけられたことで記憶を失ってしまうところから始まる。啓介は政治家としても、夫としても父親としてもゼロからやり直すことを決意し、行動し始める。
数ある三谷作品の中から何故これをタカラヅカで?と最初は思ったが、爆笑コメディでありながらも、登場人物たちが人としての愛と正義を真っ直ぐに貫く姿が描かれており、なるほどこれはタカラヅカにもぴったりな題材だと納得した。
主人公・黒田啓介を演じる礼真琴は、これまでは内面に情熱をたぎらせるような役どころが多かった印象があるが、今回は記憶をなくし少々自信を失った総理を飄々と演じてみせる。個人的に『食聖』のリー・ロンロンのようなちょっと弱気な役も好きなのだが、今回はそんな礼の一面が堪能できて楽しい。加えて、記憶を失う前の最悪ぶりや、政治家として実は骨のあるところ、さらに学生時代まで、いろいろな顔も見せてくれる。
啓介の妻・聡子(舞空瞳)は秘書官の井坂との不倫疑惑あり?というタカラヅカ的にはなかなかに難しい役だが、笑ってしまうしかないオーバーアクションで、良い意味でリアリティを感じさせないところが巧い。そして啓介との結末はタカラヅカらしく味付けされ、ときめきの大団円となっている。
同様の難しさがあるのが、政界のライバルでありながらも実は啓介と不倫関係にあるらしい山西あかね(小桜ほのか)だが、こちらも「すみれコード」ギリギリのシーンは徹底してユーモラスにかわし、最後にはいいところを見せていた。
記憶をなくした総理に対し、的確に対応しつつもクールな井坂(暁千星)、次第に見方が変わり理解を示す番場のぞみ(詩ちづる)、そして何も考えていなさそうで一挙一動が面白い野々宮万作(天飛華音)と、秘書官チームは三者三様の持ち味で啓介を支える。伊坂を演じる暁が、微妙な心情の変化を丁寧に演じてみせる。
極美慎演じる古郡祐は、金で転ぶフリーライターという裏街道人生を歩む役どころ。だが、極美の陽の持ち味が、ペンの力を信じていた若き日の古郡を彷彿とさせる。
政界を牛耳るドン、官房長官の鶴丸大悟(輝月ゆうま)は柔和な笑顔の奥底にのぞく本音が怖い。黒田総理(礼)との「同期対決」も見ものである。
アメリカ大統領スーザン・セントジェームズ・ナリカワを演じる瑠璃花夏が丁々発止の大健闘。父に心を閉ざす息子の黒田篤彦に稀惺かずと、啓介のS Pに抜擢される警官の大関平太郎に大希颯と、期待の若手スターが美味しい役どころで注目を集める。
恩師・柳先生(美稀千種)が啓介を歌でもって教え導くのは、タカラヅカの舞台らしく期待どおり。要所要所でキャスターの近藤ボニータ(水乃ゆり)が現れて、国民の本音を代弁するのも上手い演出だ。
鰐淵影虎(碧海さりお)が意味もなくギター抱えて登場するのを見て、映画予習済の人は笑ってしまうだろう。小野田社長(ひろ香祐)のインパクトと、大工の南条(輝咲玲央)&松ジイ(天希ほまれ)の名コンビぶりは映画以上かもしれない。黒田内閣の閣僚は、半ズボン姿の森崎財務大臣(紘希柚葉)、福耳の牛尾外務大臣(鳳真斗愛)はいうまでもなく、癖の強い大臣ぞろい。古賀(蒼舞咲歩)率いるSPの面々も何だか愉快だ。
映画も実力派俳優が勢ぞろいしているだけに、面白キャラには枚挙にいとまがない。回を重ねて、それぞれの個性がもっと際立ってきたら、果たしてどこまでいくのやら? 今後の盛り上がりが楽しみでしかない作品である。