【日EUの経済連携協定】1. EU側の大問題ー27か国議会の批准が必要に(2)混合協定とは何か
欧州連合(EU)が経済協定を結ぶのに「EUの権限はどこまでか」という大問題があると前回紹介しました。そして、今年2017年5月に、重大な欧州司法裁判所の判決が出たことも。
このシリーズでは、この判決がどういう意味をもち、日本とEUの経済協定(EPA)にどのような影響を与えるのかを考えていきます。
EU内では近年、結ぼうとする経済協定について、「この協定は混合協定か否か」でもめてきましたーーといっても意味不明かと思います。
これからEUが交渉してきた韓国・シンガポール、カナダの3国の事例で具体的に説明していきますが、その前に重要なポイントを押さえる必要があります。リスボン条約です。
新たな到達点、リスボン条約
前回の記事で、「EUと加盟国の権限は主に3つのカテゴリーに分かれている」と説明しました。
【A EUのみに権限】【B EUと加盟国が権限を分け合う】【C 加盟国に権限がありEUはサポートのみ】の3つです。
このカテゴリー分けは、リスボン条約で初めてなされたもので、以前には存在しなかったものです。まだ新しいのです。
リスボン条約とは、「EU新基本条約」と呼ばれることもある、歴史上で大変意義のある条約です。2007年12月13日に署名、2009年12月1日に発効しました。まだたった7年しか経っていません。ポルトガルの首都リスボンで結ばれたので、こう呼ばれます。
この条約で初めて、EUは法人格をもちました。つまり「EU」の名で条約に署名できるようになったのです。冷戦が崩壊して、共産圏だった東欧の国とともに「ユニオン」を築くことを決めた欧州が、紆余曲折を経て、リスボン条約でひとつの到達点に達したと言っていいでしょう。
しかし、まだ新しすぎるため、そして歴史上に前例がない試みのために、解決すべき問題がたくさん生じました。経済協定の締結に関する問題は、最も大きなものと言えるかもしれません。
「混合協定」とは何か
EUの法律では、経済協定の締結(共通通商政策)は【A EUが決める権限があるもの】に属すると書かれています。理論上は、閣僚理事会が経済協定の全部を仮発効できる権限をもっているはずだったのですが、ここで「理論上」と書いたのには理由があります。
そして、【B:EUと加盟国が権限を分け合っている】項目については、加盟国の議会で承認を得なければいけないことになっています。つまり、27カ国(英国除く)の国会の承認が必要になるのです。
【A】と【B】の両方の項目が混ざっている協定は「混合協定」(混成協定)と呼ばれます。
おそらくほとんどの人は、こう思われるに違いありません。「法律で区分けされているんだから、そのとおりにやればいいのだろう。混合協定なら、【A】に属する項目はEU機関だけで決めて、【B】に属する項目は、EU機関の承認に加えて27加盟国の議会の承認を得ればいい」。「一方で【A】だけの項目で構成されて【B】の項目がないなら、EU機関の承認のみで、各加盟国議会の承認は必要なし」--と。
ところが、そう簡単にすっきりとはいかないのです。
リスボン条約以降に結ぼうとしている経済協定は、「この協定は、混合協定か否か」でもめてきたのです。あまりにもカオスで、何をそんなにもめているのかすら、最初はよくわかりませんでした。今、私は、原因は主に3つあると考えています。
混乱の3つの原因
まず1つ目はーーこれが一番問題かもしれませんがーー親EU派にとって、加盟国の議会に投票させて決めさせるのは、避けたいことなのです。「EUの権限を譲りたくない」という根本だけではありません。27カ国の議会で投票するのですから、とんでもなく長い時間がかかってしまう可能性があるからです。27カ国の批准を待っているうちに、初期に批准した国の政権が変わってしまい、方針を変えるかもしれません。
しかも、多数決ではなく、27全加盟国の承認が必要なのです。1加盟国が反対すれば、拒否権(VETO)と同じになってしまう可能性がある。26カ国が承認しても、1カ国の拒否がご破算にしてしまう恐れがあるのです。
読者は「え、どうして協定がご破算になるかもしれないの? 27か国の議会で承認が必要なのは【B】の項目だけでは??」と思われるかもしれません。
混乱の原因の2つ目は、「経済協定」の概念そのものが変化してきていること。確かに、経済協定の締結(共通通商政策)は【A EUの権限】と法律に明記されています。理論上は、EU機関だけで締結できるはずです。でも、現在の経済協定は、「物品が移動するにあたって関税を決める」という、従来の伝統的なタイプではなくなっています。どんどん複雑化して大型化している。「新世代のFTA」と呼ばれるゆえんです(日EU経済協定もこの中に入ります)。
特に2008年にWTO(世界貿易機関)のドーハ・ラウンドが事実上決裂してから、世界の様相は新たな局面を迎えました。リスボン条約は、ちょうど時代の変わり目に生まれたのです。
3つ目。「法律で3つに区分けされている」といっても、事細かく区分されて書かれているわけではないこと。区分けは分野を描いたあくまで大まかなものです。現実に一つひとつの項目において、何がAで何がBに属するのか、いくらでも議論ができるでしょう。
このように、はっきりしない要素がたくさんあるのです。
しかも法律の解釈は、色々と可能です。
新しい体制に反発を感じる人は多く、彼らは「混合協定だ」と主張したがります。まるで、混合協定ならば、加盟国の議会(自分の国の議会)が協定全体に拒否権を発動できるかのように。
一番困惑するのは、協定を結ぶ相手国でしょう。「あんなに努力して調印にこぎつけたのに、散々待たせたあげく、結局ご破算だと?!ふざけるな!」と怒り狂うのは想像に難くありません(日本にとっても他人事ではありません)。このような事態は、EUの国際的な信頼を著しく損ないます。
だから親EU派は、理念に従って、「混合協定ではない。法律に、経済協定の締結(共通通商政策)は【A EUが決める権限があるもの】とある」と主張したがるのです。しかし、「経済協定」の概念そのものが変化しているとなると・・・。
離脱しないから、話し合いで妥協
今までEUと経済協定を交渉した韓国・シンガポール・カナダ等は、新しい体制になったばかりのEUにふりまわされてきました。相当イライラした(している)ことでしょう(繰り返しますが、日本も他人事ではありません)。
それでも発行前の協定は、ご破算にはなっていません。今のところ、なんとか持ちこたえています。なぜでしょうか。
「EUに国家主権を譲りたくない。我が国の主権を守りたい」と思っているEU懐疑派の政治家であっても、「それでもEUは、自分の国が一員として綿々と築いてきた組織なのだ」(西欧)、あるいは「自分たちが共産圏から離れて、西欧と一体になることを望んだのだ。経済でも、安全保障の面でも、EUにいることは欠かせない」(東欧)という意識を、たいていはもっています。どこまでも拒否をするのなら、自国がEUを脱退するしかない。でもそんな決断はとてもできない。それなら、どんなに不平不満をいい、批判しようとも、話し合いで妥協点をみつけて受け入れるしかないのです。
誤解を恐れずに言うなら、極左政治家は、EUを激しく攻撃して、脱退をちらつかせるようなことはあっても、「EUを脱退する」という主張はほとんどしません。結局、EU離脱を主張しているのは、極右政治家だけということになります(ただし、極右政治家なら全員、EU離脱を主張するわけではありません)。
このようにヨーロッパは、3歩後退して4歩進んできたのだと思います。大きな揺り戻しがあっても、話し合いをして妥協点をみつける。そうすることで、少しずつEUという組織を固めてきた。常に顔をつきあわせて、時には言い合いをし時にはグループ工作をしながら、いつも集まって話し合っているーーこの行為そのものがEUを形作ってきたと、私は感じるのです。