【日EUの経済連携協定】1. EU側の大問題ー27か国議会の批准が必要に (1)欧州司法裁判所の判決
日本と欧州連合(EU)が、経済連携協定(EPA/FTA)で大筋合意しました。
ビッグニュースですが、EUは日本人にはあまり馴染みがなく、よく知られていないのではないでしょうか。
少しでもEUのことを知ってもらうために、微力ながらこれから随時記事をアップして行きたいと思っています。
まずは「EU側の大問題ー27か国議会の批准が必要に」と題して、EUの現況を説明します。第1回では「EUはどのように協定を批准するのか」。EU独自の仕組みと、権限に関する問題について紹介します。
欧州司法裁判所の重大な判決
今年5月16日、欧州司法裁判所が重大な判決をくだしました。EUとシンガポールの経済協定に関する判決なのですが、結果として、これからはEUが経済協定を締結する際には、各加盟国の議会の承認(または国民投票による承認)を得るのが、事実上必須となりました。
日本との経済協定も、もちろん今後この手続きが必要になります。
現在EUには、加盟国の国会だけで27(英国除く)、地域政府/自治政府の議会を加えると全部で30以上あります(38と言われます)。最低でも27カ国の国会の承認・・・途方もなく長い時間がかかるか、もしかしたら正式発効できない可能性も否定はできません。
このニュースを聞いたとき、私は思わず「ええっ! 日EUの協定はもう絶望的かも!」という声をあげてしまいました。
おそらく多くの人は「大筋合意というのだから、日EUは間もなく完全な合意に達するのだろう。そうしたら、議会の承認を得た上で、協定は遠くない将来に実現するのだろう」と思ったかもしれません。二国間交渉なら、確かにそうでしょう。しかし、EUは27カ国の「ユニオン」です。そんなに簡単にはいかないのです。
とても複雑な批准の方法
では、EU側はどのように経済協定を交渉・批准していくのでしょう。
実に複雑なので、正式な表現等にはあまりこだわらず、できるだけわかりやすく説明したいと思います。
1、ある国と経済協定を結ぶかどうかは、EUの「閣僚理事会」という組織が決める。
閣僚理事会とは、各加盟国の大臣(閣僚)が集まる組織のこと(正式名称は「欧州連合理事会 / EU理事会」)。背後にはもちろん、加盟国の首脳や政府などの意志があります。
2、閣僚理事会で「実現に向けて交渉を進める」と決めたら、欧州委員会に交渉権を委任(マンデート)する。
欧州委員会とは、いわばEUの内閣のようなもの。委員長はジャン=クロード・ユンケル氏(ルクセンブルク人)。27人の欧州委員=大臣がメンバーです。委員長の出身国以外の各加盟国から1人任命されるので27人です。例えば、経済協定の交渉を担当するのは、EUでは「貿易担当委員(大臣)」で、セシリア・マルムストローム氏(スウェーデン人)が就いています。
これは専任の仕事であり、例えば「自国の内閣の大臣と、欧州委員会の大臣と、両方を務めている」ということはありえません。欧州委員会の大臣は、自国の利益を離れて、EUの利益のために働くことが要求されます。
3、欧州委員会とその官僚たちが、相手国と交渉を重ねる。
交渉の過程でも、常に閣僚理事会(各加盟国の大臣たち)と相談しながら進めます。また、欧州議会に報告をする義務もあります。
実際に一つひとつの項目について細かい交渉を担うのは、官僚です。日本側は経産省や外務省などの官僚、EU側は欧州委員会の行政職員(=官僚。約1万4000人います)です。EU官僚も、自国の利益ではなく、EUの利益を考えて「EU人」として仕事をすることが求められます。
4、欧州委員会と相手国が文書に同意する。同意後、欧州委員会は、合意文書を閣僚理事会に渡す。
そのほかにも、全文をEUの24公用語に訳す、法律と言語の専門家に精査を求めるという作業があります。
5、閣僚理事会が、合意文書を承認するかどうか決める。承認したら、協定は仮発効する。
6、正式にEUと相手国が署名する。
EU側で署名をするのは、EU大統領(正確には「欧州理事会議長」)です。現在の大統領はドナルド・トゥスク氏(ポーランド人)。
7、欧州議会が過半数で承認すれば、晴れて正式な発効となる。
日本でも議会の承認が必要ですが、EUでは欧州議会が承認します。欧州議会は、EU市民が選挙で選んだ議員で構成される議会です。
※この文では「承認」と表現しましたが、「採択」「批准」もほとんど同じです。
これでやっと終了、と言いたいのですが・・・。少なくとも、日本側は終わります。
いま日本とEUの経済協定は、ステップ4の直前にいます。「大筋の合意」から「全部の合意」に至れば、おそらく大きな問題もなくステップ5に進むことでしょう。
しかし、実はステップ5には、大問題があるのです。EUの機能・役割そのものに関する問題のために、英国離脱問題(ブレグジット)に勝るとも劣らない議論が行われてきました。
EUの権限はどこまでか
ステップ5における大問題を知るには、まずEU独自の仕組みについて理解する必要があります。
それは「EUと加盟国の権限は、どのように分かれているか」という根本です。
国とは「国家主権」をもっていて、自分の国のことは基本的に全部自国で決めます。
でもEUは「ユニオン」です。加盟国は、一部の主権をEUに移譲しています。つまり、自国では決められないことが存在するのです。
EUと加盟国の間には、主に3つのカテゴリーがあります。
【A】EUが決める権限があるもの
【B】加盟国とEUで権限を分け合っているもの
【C】加盟国に権限があって、各国が自国のことは自国で決めて、EUはサポートだけのもの
どの分野がどこに入るかは、EUの法律で決まっています。
例えば、関税同盟、ユーロ圏の金融政策や海洋生物資源の保護は【A】、農業や漁業は【B】、教育や文化は【C】になります。
では、経済協定はどのカテゴリーに入るのでしょう。
EUの法律では【A】に属します(共通通商政策)。つまり、EU機関が決めて良い分野なのです。ステップ5の段階で、閣僚理事会が経済協定の全部を仮発効できる権限をもっていても、理論上はおかしくはないのです。
でも、「協定の中に【B:EUと加盟国が権限を分け合っている】に属する大事な項目が入っている」「EUが決めるな」という声が増大してきたのです。
似ている日本とEUの状況
グローバル化が進むにつれて、この問題はますます重要になっていきました。
実は、日本とEUの状況は不思議なほど似ています。日本でTPP(環太平洋パートナーシップ協定)について国をあげて大議論をしている最中、ヨーロッパでは、カナダとの経済協定に関して大議論をしていたのです。そこにさらにTTIP(大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定)も加わりました。
カナダとEUの経済協定は、もう7年間も締結しようと交渉してきて、あと一息で協定は成立する、という段階で、たった1つの政府が反対の声をあげたのです。それは、ベルギーの南部・ワロン地方(フランス語圏)の地域政府でした。当時私は「さすがEUのお膝元、ベルギー人の感度は大したものだなあ」と感心していました。まるで他人事のように。2016年のことです。
しかし、その後事態はびっくりの展開をたどりました。まさか約1年後に日本との協定に直接的な影響を与えることになるとは、当時は思いもしませんでした。
(追記:さらに新たな展開があり、EUは感嘆すべき力を見せています。日EUの協定には希望が見えてきている状況です)。
さらにややこしい第2回「(2)混合協定とは何か」に続く。