”香炉峰の雪”は”本能寺の変”のような効力があった。黒木華のラスボス感にもぞくり「光る君へ」第16回
雪と椿のコントラストが美しい。大河ドラマ「光る君へ」第16回「華の影」(脚本:大石静 演出:原英輔)では清少納言の「枕草紙」で有名なエピソード「香炉峰の雪」が描かれ、古典文学愛好者をを喜ばせた。
第16回の見どころ
その1:香炉峰の雪エピソードは本能寺の変のようなものか
その2:おごれる道隆と汚れ仕事を引き受ける道兼 揺れ動く光と影
その3:倫子、女の勘のおそろしさ
(以下ネタバレあります)
その1:香炉峰の雪エピソードは本能寺の変のようなものか
中国の詩人・白居易の漢詩に「香炉峰雪撥簾看」(香炉峰の雪は簾をかかげて見る)という一節がある。定子が、ある雪の日、「香炉峰の雪はいかがであろうか」と聞くと、清少納言はその漢詩に倣い御簾を上げて雪を見せた。
「光る君へ」では、一条天皇(塩野瑛久)と定子(高畑充希)夫婦を中心にした登華殿でサロンが催され、伊周(三浦翔平)、隆家(竜星涼)、行成(渡辺大知)、斉信(金田哲)、公任(町田啓太)←全員、藤原姓! が集っていた。
外には雪が積もっている。
定子に「香炉峰の雪はいかがであろうか」と問われた少納言(ファーストサマーウイカ)は、知識と機転をフル稼働して、御簾をあげて雪が見えるようにした。
そこで、「さすが中宮様、みごとな問いかけでした」と言える伊周と「なんのこと?」とわからない隆家。成長した隆家、初登場シーンにもふさわしく、兄とはまるで違う隆家のキャラ紹介の場面にもなっている。教養のある公任が解説セリフを担っているのも期待に応えてくれている。
雪の庭で雪遊びに興じる定子と一条天皇の無邪気さ、必死に媚びるF3(行成、斉信、公任)、遊びに加わらない隆家。それを見て引き返す道長(柄本佑)。
あとでF3は酒を飲み飲み、本音を語る。
古典文学を愛する者にフィットする「香炉峰」のエピソードを使って、宮中の人間もようを絵巻のように鮮やかに描いた、優れた冒頭だ。
SNSでは第16回の放送前から、予告を見ただけで「香炉峰」「香炉峰」と盛り上がっていた。
戦国時代における「本能寺の変」のような、その時代を描くなら絶対欠かせないよねという、おなじみのイベントを描くことは重要なのである。
その2:おごれる道隆と汚れ仕事を引き受ける道兼 揺れ動く光と影
定子と一条天皇の仲が盤石で、道隆(井浦新)は安泰。中関白家の栄華が極まり、日がな優雅に過ごしている。一条天皇の母・詮子(吉田羊)だけは遠ざけられ、文句を言っても「後宮はかくあるべき」と無視される。史上初の女院になってもちっとも嬉しくはないだろう。慇懃無礼な態度をとられて悔しそうだ。
宮中のあちこちで放火が起こり、詮子が仕組んでいるのではないか疑惑が持ち上がる。「妬まれてけっこう」と陽気な隆家。彼はけろっと、道隆は多くの人から恨まれていると言い放つ。
が、道隆は「光が強ければ影が濃くなる。恨みの数だけ私達は輝いている」と一向に動じない。
人間は権力を持つと変わってしまう。その典型的な人物が道隆だ。疫病は下々の者しか罹らないと謎の自信に、一条天皇は民をおろそかにする政を憂う。
内大臣に出世した伊周も父と同じ態度で、それに比べると、道兼(玉置玲央)は堕ちに堕ちたすえ、「汚れ仕事は俺の役目だ」と気持ちの変化を見せている。
光と影は、いつだって定位置にはない。光が動くと影も動き、それぞれの形を変えていく。
都を脅かしているのは放火だけではなく、疫病が蔓延していた。
「今宵、疫神が通るぞ」「これから都が大変なことになる」と予言する安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)。強風が都をわたり、疫病を広げると、天候の変化から科学的に予測したのだと思う。
まひろは悲田院で病に苦しむ多くの民の姿を見逃せず、看病をはじめ、自身も感染してしまう。
そこに助けに現れたのは、道長でーー。
お姫様抱っこしてまひろの家まで連れ帰り一晩看病する道長。
「逝くな戻ってこい!」と、まひろのやるべきことがまだあると励ます。まひろが言ったから、道長は民を大事にする政をやろうと努力しているのだから、まひろにも頑張ってもらわないと意味がないのだろう。
まひろの放った言葉を何年経ってもちゃんと胸に刻んでいる道長の誠実。
道長とまひろの純愛のような光が強くなれば、影になるのは倫子(黒木華)である。
「殿の心のなかには私でも明子様でもない もうひとりの誰かがいるわ」と予想し、ほほほと高笑い。嫉妬の炎が燃える。
香炉峰の雪を導入部にして、後半はオリジナルメロドラマ色全開の、考え抜かれた脚本。
このとき倫子が愛猫を抱えているところも芸が細かい。道長と結婚したばかりのときは猫は姿を見せず、猫の代わりに道長がなったのだろうと思わせたものだが、いま再び、猫を愛でているのは、倫子の寂しさの現れのようにも見える。
さみしく居場所のない者たちがいる。詮子、そして、さわ(野村麻純)。
さわはまひろを誘って石山詣に行ったおり、好意を抱いた道綱(上地雄輔)がまひろを狙っていたことに落胆し「私なんてどうでもいい子」と嘆いた。どうやら家でもどこでも相手にされないようなのだ。
詮子、さわ、倫子。誰かの喜びの影で、自分はどうでもいい存在なのではないかと不安に震える人物が生まれてしまう。
そう思うと、まひろはなんだかんだで道長にずっと思われていて幸せ者だ。
まひろは下級貴族の娘で過去に何度も見下されてきて、妾にしかなれない身分ゆえか、打ち捨てられた者たちを思いやる気持ちがある。もし、道長の正妻にでもなっていたら、満足してしまったかもしれないが、道長と結ばれないからこそ、まひろは民の心を思い続けられるのだろう。
大河ドラマ「光る君へ」(NHK)
【総合】日曜 午後8時00分 / 再放送 翌週土曜 午後1時05分【BS・BSP4K】日曜 午後6時00分 【BSP4K】日曜 午後0時15分
【作】大石静
【音楽】冬野ユミ
【語り】伊東敏恵アナウンサー
【主演】吉高由里子
【スタッフ】
制作統括:内田ゆき、松園武大
プロデューサー:大越大士、高橋優香子
広報プロデューサー:川口俊介
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう ほか