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新型コロナのさなか、中国のネット上で警戒される“セメント姉さん”とは何者?

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
埃まみれの「セメント姉さん」(左)と生放送前後の姿(右)=筆者キャプチャー

 新型コロナウイルス感染の影響が続く中国で、新型コロナとは何の関係もない「セメント姉さん」の話題がインターネット上で持ち上がっている。埃まみれになって重いセメント袋を運んで家族を支える「気の毒な女性」が、市民から支援金を集めたあと、実は演出だったことを暴露され、姿を消した。その女性が最近“カムバック”し、ネットショッピングで人気を集めていることからネットユーザーの間で警戒の声が上がっているのだ。

◇同情をカネに

 今から2~3年前、中国の動画サイトに、セメントの入った袋を背負う若い女性の姿が取り上げられた。

 男性たちにまじって、トラックから積み下ろされた重い袋を担いで工事現場まで運ぶ。この作業が繰り返され、小柄なその女性は頭のてっぺんから足先まで埃まみれになっていた。

埃まみれになって重いセメント袋を運ぶ「セメント姉さん」=筆者キャプチャー
埃まみれになって重いセメント袋を運ぶ「セメント姉さん」=筆者キャプチャー

 女性はカメラに向かって、こう語っていた。

「夫は重い病気で、ベッドに寝たきりです。家族を支えるのは、私の収入だけです。私には学歴も教養もなく、できるのはこうした手作業だけなのです。さまざまな建設現場を渡り歩いて、ようやくこのセメント工場での仕事を見つけました」

 毎日、大量のセメントを運び、帰宅後も頭髪は洗わず、マスクも取らずに食事をしている――と訴えたこの女性は、名前も年齢も居住地も不詳のまま、ただネット上で「セメント姉さん」と呼ばれた。

 この様子が連日、インターネットの生放送で伝えられ、がぜん注目を集めるようになる。ネットユーザーの中には「あなたの役に立ちたい」と寄付を申し出る人が続出。直接、モノや現金を送る人も現れた。セメントを背負う彼女の姿は「最も美しい運び屋」と称賛され、一躍、時の人となった。

◇暴露され

 ところが――この「セメント姉さん」は演出だったのだ。

 事情を知る人物がある日、ネット上に暴露した。

「彼女の背後に企画グループがいる。服装から動き方から、すべて仕込まれたものだ」

「その証拠に、写真の奥にプロが使う生放送用の機材が見える」

 相前後して、ネット上に「セメント姉さん」が化粧を施し、有名ブランド品に身を包んで高級車の横に立つ姿など、多数の写真が出回るようになる。高級住宅街に住み、富裕層や著名人の友人に囲まれて幸せに暮らしている様子を明らかにする書き込みも出てきた。

 ネット管理者はユーザーから「あれは詐欺行為だ」との通報を受けて「セメント姉さん」のアカウントをブロックした。この時、彼女はネット上に次の言葉を残して姿を消した。

「あれはお芝居であり、一度たりとも『すべて本当のこと』と言った覚えはありません。娯楽なので、みなさん、深入りしないよう願います」

 ネット上では「『若要人不知、除非己莫為(悪事は必ず人の知るところとなる)』とは、この『セメント姉さん』のことだ」という意見が出る一方で、「彼女がセメントを動かすことによって金銭を得たと信じている」と、擁護する声もあった。

 この騒動を中国当局も問題視し、国営新華通信社のニュースサイト「新華網」は2018年11月26日、次のような見解を表明した。

「気楽な娯楽は無害だが、うそや悪事、冒涜に頼って注目を浴び、閲覧数を稼ぐのは、自身のイメージを破壊するだけでなく、ネットワーク環境の汚染にもつながる」

「生放送のプラットフォームは『真』『善』『美』を広める場であるべきで、不健全な風潮や、よこしまな気風の集まる場所であってはならない」

◇再び露出

 新華網の「注意」から1年半がたった今、その彼女がネット上に再び登場したのだ。

 今度は「セメント姉さん」ではなく、若い女性らしく着飾り、オンラインショッピングの生番組を始めた。

 彼女の動静をウォッチするブロガーによると、その生番組は人気を博し、フォロワーが急増しているという。「セメント姉さん」だと気づいていないユーザーも少なくなく、いまや「ファッションブロガー」「網紅(有名人ではないが、ネット上で人気がある人物)」と称され、大金を手にしている可能性があるという。

 ネット上では、閲覧数を集めることで金儲けができ、それを目的に虚偽や過激な言葉を書き込む例が、各国であとを絶たない。中国では生放送を通して大金を得る「ネットセレブ」も多数存在するという現状がある。

 本来、中国ではネット情報は厳格に管理されているはずだ。共産党による独裁体制を維持するため言論は制限され、当局がタブーとする「天安門事件」「法輪功」などに関する情報はほぼすべて削除されている。だが、タブーに触れない情報については対応がぬるく、「セメント姉さん」のようなものが横行している。

 他方、信頼できる情報を発信しているはずの大手メディアは、当局による厳しい規制を受けるため、当局に不利な情報は伝えない。新型コロナウイルスに関する当局発表のデータも指示通りに報じられる。

 このため市民の間には「ネット上にこそ、本当に知りたい情報がある」「リーク情報はネットにしかない」という思いが強く、状況によってはネット情報の方が支持されることもある。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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