正月明けに端材のススメ。端材にこそ魂は宿る、龍天門の香港ローカルフードフェア
端材
端材という言葉をご存じでしょうか。
端材は「はざい」と読み、以下のように定義されています。
端材という言葉は、この説明の中では、DIYと記載されているように何かしらの工作物を意味していますが、レストランの世界でも使われることがあり、その場合にはこの説明と同じく、食材の「余分な切れ端」というような意味を持つのです。
端材とは普段は主役となりえぬ食材のことですが、この端材をメインに使った料理のフェアが行われます。
それは、「ミシュランシェフ陳啓明氏の「龍天門」復帰は何がすごいのか?」でも紹介したウェスティンホテル東京「龍天門」で2016年1月4日から29日にかけて行われる「職人たちの食卓 香港ローカルフードフェア」です。
どうして、名門の龍天門でこのようなフェアが行われるのでしょうか。
世界の穀物事情
本題へと入る前に、農林水産省「食品ロス削減に向けて」を参考にして、食糧事情について述べたいと思います。
飢餓で亡くなる人は世界で1年間に1500万人以上、1日に換算すると5万近くに上るとされていますが、これは食糧が不足しているからでは決してありません。
食糧の中で最も重要とされている穀物は、世界で年間24億トンも生産されていますが、これは必要とされる穀物の実に2倍近くもの分量なのです。この数字には家畜の餌も含まれているので、全てを人が食べているわけではありませんが、穀物以外に芋類や畜産物などもあることを考えると、十分な食糧が生産されていると考えてよいでしょう。
日本の食品ロス
また日本では、1年間で5500万トンもの食品を輸入していながら、1700万トンもの食品が廃棄されています。
このうち本来は食べられるのに廃棄されている「食品ロス」は年間500~800万トンに上ると推測されていますが、この分量は世界全体の年間食料援助量400万トンを超え、日本がODAで援助しているナミビア、リベリア、コンゴ民主共和国の年間国内消費量600万トンに相当し、日本の年間コメ生産量850万トンに迫ろうとしているのです。お金に換算すれば年間11兆円となり、あの消費大国であるアメリカの4兆円を超えています。
私はこういったことは、非常にもったいなくて、大きな問題だと感じていたので、「あなたの知らないクレオール料理」や「肉好きには知っておいてほしい、新肉ブーム「ノーズ トゥ テール」」といった記事を書いて、食べ物を大切にするフェアに焦点を当ててきました。
まかない料理
話を戻しましょう。
龍天門の香港ローカルフードフェアには、以下のような意図があります。
「端材」を利用して、料理人たちがまかない料理を作るのが恒例、普通は客が食べることがない「端材」を、料理長陳 啓明の手により美味なる逸品に。
通常、客が食べるのはもちろん食材のよいところであり、反対に、スタッフがまかない料理として食べるのは食材の余ったところ「端材」になります。従って、このフェアは貴重な試みなのであり、前述したノーズ トゥ テールが西洋版であるとしたら、これは広東料理版であると言ってもよいでしょう。
ソウルフード
龍天門の総料理長である陳氏は頻繁に香港へ視察に行きますが、ホテルなどの高級店にはあまり感動せず、庶民的なローカルフードにはいつも感動させられると述べています。
ソウルフードはアフリカ系アメリカ人の郷土料理を指すものですが、ローカルフードは時にソウルフードと言い換えられることがあります。人々は食材が少なかった昔、どんな食材も余すところなく食べるために様々な工夫を施して、少しでもおいしくしようと努力しました。創意工夫によって紡がれてきた食べ物が長い間受け継がれ、命をつなげてきたのです。ローカルフードにはそこに住む人々の魂が宿っているので、ソウルフードと読み替えられることにはとても納得感があります。
そういった意味で、ミシュランガイドで星を獲得したこともある陳氏と龍天門がこういった「ソウルフード」=「ローカルフード」=「まかない料理」=「端材を使った料理」のフェアを行って、端材を一流の料理に仕上げることは、大きな啓蒙になると考えます。
食品廃棄の問題を考えるにあたっても重要な示唆となるものではないでしょうか。
注目料理
注目する料理は、以下の通りです。
「豚足酢漬け」「海鮮アラスープ」「魚のアラ腐乳ジャン添え」「鶏脚人参辛味醤油添え」「ピーマンヘタ挽肉炒め」は、まさに端材を使った料理であり、今回のフェアの真髄を最も感じられるのではないでしょうか。「魚くちびる葱生姜炒め」「鴨舌ニンニク揚げ」「厨房の皇帝メシ」は珍味にも似ているので、食通にも喜ばれます。中国郷土料理を食べられることで有名な「黒猫夜」で提供されるような料理であり、龍天門らしからぬ料理と言ってよいでしょう。
他には市場の雰囲気を漂わせる「香港屋台焼きそば」、庶民的なチョウフンである「チョウフン土鍋焼き」、ソウルフードの定番調理方法であるフライを用いた「豚足のXO揚げ」が興味深いです。「花捲き」「フォー」「ラードご飯」は好きなだけ食べられるようになっており、気取った感じがありません。みんなでワイワイガヤガヤ賑やかにお腹が満たされるまで堪能できるところも、普段の龍天門にはない魅力です。
フェアを行う時期
1月の正月明けに香港ローカルフードフェアを行うことは非常に有意であると考えます。理由は次の通りです。年末と正月に日本の中国料理では、鮑、伊勢海老、黒毛和牛といった贅沢な食材を使った高級料理が食べられます。こういった高級料理を存分に食べて飽きた後には、これとは対称的なローカルフードのような料理が求められるであろうからです。
また、他にも注目したい点があります。よい食材を使っておいしい料理を作ることは、ある程度の料理人にとっては難しいことではありません。しかし、こういった端材を用いておいしい料理を作り上げることは、腕のよい料理人にとってもやはり大変であり、仕込みから入念に行わないといけないので手間隙がかかります。そのため、陳氏がいかにして端材をおいしい料理へと昇華させていくのかにも注目すると、より楽しくなるでしょう。
端材の果てに
私はフォアグラやトリュフ、ウニやオマール海老、ジビエや黒毛和種など高級食材が好きで、さらにはフォアグラであればフランスのランド産、オマール海老でもオマールブルーを食べられたら嬉しいと思ってしまう単純な人間なのですが、例えば皮が主役で肉が端材である北京ダックのように、こういった主従の役割はとても恣意的なものであり、どの食材を中心に据えるかは料理人のアイデアや技術に依存するとも思うのです。
従って、陳氏が「最近の中国料理は、ずれてきているのではないか」と疑問を呈する時には、それは意味もなくモダンであったり、基本なくして奇抜であったり、端的に新しかったりするだけの料理に対する疑問なのだと受け取っています。そしてこれは、どんな端材でもおいしい料理に仕上げるということこそが、本来期待された料理人の使命であり役割であり、どんな端材に対しても感謝を表しておいしく食べることこそが、本来備えられた人間の本能であったりするはずなのに、そのことを忘れていた人々に対する警鐘のような気がしてなりません。
クリスマスや正月の時のように豪華なものを食べた後からでも遅くないので、2016年は、正月明けから端材に焦点が当てられ、食材をいかに大切に扱うべきかを考える年になることを切に願っています。
情報
詳しくは公式サイトをご確認ください。
参考
元記事はレストラン図鑑に掲載されています。