トランプ氏のアカウント閉鎖も口実――「反中」香港紙を廃刊させた中国の放つ奇妙な論理
中国共産党に批判的な論調を取り、廃刊に追い込まれた民主派の香港紙「蘋果日報(Apple Daily)」について、党機関紙・人民日報系「環球時報」は社説で「(蘋果日報廃刊は)ツイッター社によるトランプ氏のアカウント閉鎖と同じ」という理屈を持ち出した。そのうえで「閉鎖するのは蘋果日報であり、香港の報道の自由ではない」と強弁し、香港当局の措置を正当化した。
◇中国本土並みの香港の言論
香港では昨年6月に香港国家安全維持法(国安法)が施行され、香港当局によるメディアへの規制が強まった。同8月には蘋果日報創業者の黎智英(Jimmy Lai Chee-ying)氏らが国安法違反容疑で逮捕され、今年4月には黎智英氏に禁錮1年2月の判決が言い渡された。併せて個人資産約5億香港ドル(71億円程度)も凍結された。
それでも蘋果日報は共産党批判の報道を続け、市民は新聞を買って支援した。だが幹部5人の逮捕や社屋の捜索などの圧力が加え続けられた結果、蘋果日報は6月24日付を最後に発行を停止した。
国安法の実施細則では、治安機関を統括する保安局長が「国家の安全を害する犯罪と関連している疑いがある」と判断しさえすれば、裁判所の許可を得なくても、個人・法人の資産を凍結できる。蘋果日報がそのターゲットとなり、瞬く間に廃刊に追い込まれた形だ。香港ではもはや当局に忖度した言論活動以外は不可能となり、中国本土並みの状態になったといえる。
蘋果日報の廃刊に対し、香港の旧宗主国である英国のラーブ外相が「香港当局による強制閉鎖」「表現の自由に対する寒気のする打撃だ」とする声明を出した。欧州連合(EU)報道官も「国安法は明らかに報道の自由と、意見を表明する自由を抑え込むために利用されている」と非難した。
こうした批判に対し、環球時報は「このような陳腐な攻撃は、もはや退屈だ」と揶揄したうえで「香港で起きたことは、中国人がよく言う『青山遮不住,畢竟東流去』という言葉を裏付けるものである」と主張した。
この「青山遮不住,畢竟東流去」は、物事の大きな流れは変えることができず、いずれ収まるべきところに収まるという意味だ。環球時報は“香港の市民がいくら抵抗しても、中国共産党が目指す『大きな流れ』に抗うことはできない”というニュアンスで使っているのであろう。
◇トランプ支持者の襲撃と香港の民主化デモを同列に
ここで環球時報が持ち出したのは、トランプ前米大統領のツイッターのアカウント停止だ。
米国では今年1月、当時大統領だったトランプ氏の支持者が連邦議会議事堂に乱入した事件を受け、ツイッターやフェイスブックなどが「暴力の扇動」を理由にトランプ氏のアカウントを永久に停止した。トランプ氏や支持者は、保守層に支持されている新興SNS「パーラー」に集まるようになったが、米アップルとグーグルの両社は「暴力的な利用者を排除する機能がない」などとしてアプリ配信を停止した。
この状況をとらえて、環球時報は次のような論理を展開している。
「『トランプ氏のアカウントやパーラーが米国の憲法制度に対して挑戦的である』ことは『蘋果日報が香港の憲法制度に挑戦的である』ことに比べ、はるかに小さなことである、というのは言うまでもない。前者は逸脱であり、後者は露骨な対立である」
そのうえで国安法を正当化している。
「トランプ氏の支持者が米議会を襲撃し、暴力的な方法で米国の憲法制度に衝撃を与えた。もし、どこかの米メディアが暴動を擁護し、それを弾圧する米政府に制裁を加えるよう外国政府に呼びかけ、破壊的な世論の山が築かれていたならどんな結果になっていたか、想像してほしい」
中国外務省はかつて、トランプ氏支持者による議会襲撃を、香港の立法会(議会)にデモ隊が乱入した事件(2019年)と比較し、その際「立法会へのデモ隊乱入は、ワシントンでの出来事よりも深刻だったが、デモ隊は1人も亡くなっていない」と誇示していたことがある。
トランプ氏支持者による米議会襲撃は、民主的な手続きを暴力で妨害し、民主主義の歴史に汚点を残した。一方、香港のデモは、高度な自治を保障する国際公約の「1国2制度」の大原則がなし崩しにされようとしたことへの抵抗であり、ふたつとも「議会への乱入」ではあるが、性格が異なる出来事というのは言うまでもない。