米国務長官はハエ、台湾総統はバッタ、香港メディア人はゴキブリ――悪態つく漫画 配信は人民日報だった
香港への国家安全法導入を非難するポンペオ米国務長官や蔡英文台湾総統、香港の大物実業家、黎智英氏(中国共産党に批判的な香港紙「蘋果日報」の創業者)を「害虫」扱いする漫画が中国のインターネット上で拡散されている。漫画には「香港国安法」と書かれたスプレーも描かれ、「虫を駆除する時だ」とのキャプションが据えられている。出所をみれば、中国共産党機関紙「人民日報」が5月26日、中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」上の公式アカウントに掲載したものだった。
◇蔡総統を集中的に批判
中国の全国人民代表大会(全人代=国会)が5月28日、香港への国家安全法の導入を決めたことで、国際社会では香港の繁栄を支えてきた「一国二制度」崩壊への懸念が広がっている。
人民日報が問題の漫画を微博上に公開したのは全人代決定の2日前。「香港の混乱に乗じて利益を得ようとしている」と題する蔡総統批判の論文に添える形で掲載した。
蔡総統は同月24日、香港で大規模な抗議デモが起きた際、フェイスブックへの投稿で「台湾は、より積極的に香港市民への支援を推し進める」などと表明した。同時に、香港への安全法導入を「香港の民主主義と自由、司法の独立に対する重大な脅威」と指摘、必要なのは弾丸でも恐怖・抑圧でもなく、自由と民主主義、高度な自治への確約だ、と訴えた。
人民日報の論文はこの発言を批判し「彼らは『香港独立』勢力と共謀し、この機に乗じて本土を攻撃して罵り、一国二制度を中傷している」などの主張を展開している。ただ論文が批判の対象としているのは蔡総統だけで、他の2人に対する記述は見当たらない。
◇中国が警戒するポンペオ氏
ポンペオ氏は全人代開幕日の5月22日に声明を出し、香港に対する中国の措置を「一方的で恣意的だ」「破滅的な提案」と非難し、香港の高度な自治の「終わりの前兆」と表現した。
中国側は24日、国営新華社通信を使ってけん制し、「香港は中国の一地方の行政区域」と主張。ポンペオ氏らを名指しして「黙って速やかに香港への干渉から手を引く」よう求めた。
全人代で導入が決まったあと、米国は態度を硬化させ、トランプ大統領は同月29日、「『一国二制度』を『一国一制度』に変えた」と批判。香港に認めてきた貿易などの優遇措置を停止するとともに当局者に制裁を科すという対抗措置を明らかにした。
◇香港民主化運動に熱心なメディア人
もうひとり、黎智英氏は香港の民主化運動の熱心な支援者だ。
1948年に中国広東省広州に生まれ、12歳で香港に密航。語学やビジネスを独学した後、香港発のカジュアルブランド「GIORDANO」を創業した。1989年の天安門事件を機にメディア参入を始め、週刊誌「壱週刊」や日刊紙「蘋果日報」を相次いで創刊した。一貫して反中国政府、民主化支持の立場を取る。
中国や香港当局は、黎氏が民主化運動に資金を拠出しているとみて、本人や民主派の関係者を摘発している。当局により、黎氏が▽2012年5月に立法会(議会)の民主派議員、梁国雄氏に25万香港ドル(約346万円)▽雨傘運動(2014年)の際、民主派団体代表らに計約4000万香港ドル(約5億5484万円)――などの資金提供をしてきたことが明らかにされている。
香港警察は中国当局の意向を受ける形で言論統制を強めているようで、今年2月28日には黎氏と民主活動家2人を、昨年8月の「逃亡犯条例」改正案に抗議するデモに参加したとして違法集会参加の容疑で逮捕した。3人は即日起訴された後、保釈された。
黎氏は米国と関係が深く、19年7月には米首都ワシントンで、ペンス副大統領やポンペオ国務長官、ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)=当時=と相次いで面会した。米国側が黎氏に異例の厚遇を施した背景には、トランプ政権が香港の民主化運動をバックアップする立場を強調し、香港への圧力を増強する中国政府をけん制する狙いがあったようだ。
米ブルームバーグ通信は5月28日、ブルームバーグテレビによる黎氏へのインタビューを掲載した。黎氏は「われわれにとって唯一の救済策はトランプ大統領による制裁だ」と指摘。最もインパクトの大きい最初の措置を「中国高官の銀行口座凍結」としたうえで「大統領が中国に、非常に過酷な制裁を課すよう、とても期待している」と述べ、中国政府との対決姿勢を鮮明にしている。