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日本を「既存制度の呪縛」から解き放つ仕組み…自治権付与「特定区」の創設(ディズニーが日本を変える?)

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
ディズニーワールドには別の側面がある(写真:ロイター/アフロ)

 最近非常に興味深い記事を見つけた。

それは、「米フロリダ州、ディズニー『自治権』廃止 知事が署名」(ロイター、2022年4月25日)というものである。

 この記事は、米ウォルト・ディズニー(WD)が、フロリダ州にあるテーマパーク「ディズニーワールド(DW)」を自治区のように運営できた権利を廃止する法案が、同州知事によって署名されたことを伝えるものであった(注1)。なお、DWは、日本のJRの山手線の内側地域の約2倍にもおよぶ広大な地域をカバーしている。

小学校で性的指向と性自認の議論を規制するフロリダ州法 支持派と反対派がそれぞれデモ
小学校で性的指向と性自認の議論を規制するフロリダ州法 支持派と反対派がそれぞれデモ写真:ロイター/アフロ

 この記事は、民間企業であるWDが、特定地域において自治権をもっていたことを示すものである。つまり米国においては、民間企業でも「自治権」を持てる仕組みがあるという、驚くべき事実である。日本でいえば、たとえばトヨタが最近ぶち上げた構想である「Woven City(ウーブン・シティ)」(注2)の地域に自治権が与えられ、トヨタがその地域を独自に運営、管理していくことができるということを意味するのである。

 米国には、「特定区あるいは特別区(special district)」という仕組みがある。これは、地方政府の一分類で(注3)、「総合的な役務」を提供する「一般目的地方政府」ではなく、「単一・唯一の役務あるいは複数の役務を提供されるために設立される地方政府の単位」のことである。WDが運営するDWは、この「特定区・特別区」に該当する。

 DWは、米国のフロリダ州のオレンジ郡およびオセオラ郡にまたがり設置されている「リーディ・クリーク改善地区(the Reedy Creek Improvement District、以下RC改善地区と称す)」に立地している。そして、RC改善地区には、同様に一種の地方政府の「ベイ・レイク市」および「レイク・ブエナ・ビスタ市」が設置されている。同市には独自の市議会があり、それが監督・運営を担うこととされている。しかしながら、所有土地の広さに応じた数の投票権を住民は有するが、地域内の土地の大部分は、「ディズニーワールド社(Walt Disney World Company)」が所有しており、その結果、同社が最も多くの投票権を有している実態がある。つまり、RC改善地区は、実質上同社に自治権が与えられていることになる。

ディズニーワールドには自治権が与えられている
ディズニーワールドには自治権が与えられている写真:ロイター/アフロ

 特別区は、同社を含む土地所有者などからの税金徴収や地方債の発行もできる。また上下水道、河川管理、ごみ収集、消防などの公共サービス提供を担うと共に、建築基準や土地利用にかかわる権限も有している。さらに同区内の2市は、それらの権限に加えて、警察、事業免許等の交付、病院等の設置、アルコールの製造・販売の規制権限等も有する。

 このようにして、WDが運営するDWは、上下水道、道路などの建設・管理・運営などを含む、司法と教育権を除く広範な特別権限をもっているのである。

 日本においても、「構造改革特区制度」(注4)や国家戦略特区制度(注5)などのさまざまな「特区」制度がある。これらはある意味で、上述の米国の「特定区・特別区」に類似した制度である。だが、日本の制度は、どちらかというと規制緩和、つまり現在存在する規制などの一部を緩和したり、適用から外す程度のものにすぎない。つまり、既存の法律・制度や行政の枠の中で、その一部を緩める程度のものである。

 日本でも、「特区」制度が語らはじめ、導入された時、非常に画期的で、興味深い取り組みであると、筆者も感じたものだ。しかし、その後の海外および日本での「特区」制度の進展や活用の歴史を比較すると全くといっていいほど、別の経過を辿ったといってもいいだろう。

 日本は、政策形成や社会運営が行政中心の社会である。行政は、先例やこれまでの既存の仕組みを重視する。そのこと自体は悪いことではないし、ある意味の正論だ。だが、社会を変えようとするときや、社会や時代の大きな変化や短期間における変容のなかにおいて、それに対応する際には、その視点や姿勢は、手かせ足かせになる。

 社会は、時に大きな変化や変容が必要になる。その意味からも、日本のこれまでの「特区」制度の試みも、既存の仕組みや法令などとの整合性から大きく離れた対応を生みだすことができず、非常に「小さな」変化や小手先のような改革の域を出たとはえいず、非常に不十分だったといわざるをえない。

世界では多様な「特区」が存在する。米「プロミスゾーン」構想 雇用促進目指し特区設定 (2014年1月資料写真)
世界では多様な「特区」が存在する。米「プロミスゾーン」構想 雇用促進目指し特区設定 (2014年1月資料写真)写真:ロイター/アフロ

 そこで提案である。日本でも、上述したようなディズニーワールド地区のような、単なる規制緩和を超えた、「自治権」を特定区に与えられる仕組みをつくれないだろうか。そこでは、規制緩和のように、この地区では「これができる」ではなく、刑法や民法などの基本的な法律などは当然に順守されるべきではあるが、それらのこと以外は「すべてできる」というような環境が適用されるべきである。

 近代化の歴史をみると、日本は、行政中心の国家運営で発展してきたことは致し方ない選択だったろう。そのために、社会の変化を生み出すために、非常に多くの労力や時間を要するような社会環境や条件が形成されてしまった。そのことが、日本のこの30年ぐらいの「ストップ・モーション」状態を生み出しているのも事実だろう。そのことは、結果として、日本の国際的な存在感を急速に低下させてきている。

日本でも自治権のある特定区構築で、新しい社会創出のチャネルやルートをつくることが必要だ
日本でも自治権のある特定区構築で、新しい社会創出のチャネルやルートをつくることが必要だ提供:イメージマート

 その意味で、日本は、今こそ大きなギア・チェンジが必要なのだ。他方、社会を変化させるのは一朝一夕にできることではない。

 だからこそ、日本にも、「自治権」がある特定区をつくれる仕組みを創出し、日本を大きく変化できるチャネルをつくるべきだろう。

 日本は、いまこそ前例中心あるいは既存制度との整合性をとりながらの国家運営からの呪縛から解き放たれる必要がある。

(注1)米フロリダ州では、本年4月、同州デサンティス知事から要請されていたWDがDWを自治区のように運営できる権利廃止する当該特別区廃止の法律が州議会で可決され、同知事が署名し、同法は来年6月に発効予定。

同州は共和党が強く、同知事も共和党系。WDは、同州の学校教育においてLGBTQを話題にすることを禁じた新法に反対しており、同州への政治献金停止を表明していた。

 これに対して、同知事は、2024年大統領選に候補者立候補といわれ、移民や中絶、LGBTQの権利などでも保守的立場(共和党的立場)をとっており、今般の対応も保守層へのアピールであるといわれる。

(注2)「Woven Cityは、人々の未来の暮らし、働き方、移動を大きく進化させる先駆的なプロジェクトです。そこに住まう人、そこに生まれるコミュニティの幸せと成長をもっとも大切にする「ヒト中心の街」。日々いとなむ生活を通して未来技術を進歩させる、活きた「実証実験の街」。住民とパートナーの継続的な参加によって成長し、進化し、共に未来を創造し続ける「未完成の街」。この3つのコンセプトをブレない軸とし、「ヒト」、「モノ」、「情報」のモビリティにおける新たな価値と生活を提案し、幸せの量産を目指します。」(出典:Toyota Woven CityのHP

 「1月上旬、トヨタ自動車が米国で突如発表した実験都市『Woven City』(ウーブン・シティ)の建設計画に注目が集まっています。自動運転やAI技術などを取り込んだ超ハイテクな街を静岡県の東富士工場跡地で開発するもので、1月に米国で開かれたIT見本市『CES』で構想が発表されました。自動車メーカーが主体となって行う都市開発。

                …中略…

 今年1月、トヨタ自動車の豊田章男会長は、AI(人工知能)、自動運転技術、ロボットなどを導入して、検証できる実験都市を、静岡県裾野市の東富士工場(2020年度末閉鎖予定)跡地に整備するプロジェクトを発表しました。この実験都市は網の目のように道が織り込まれ合う街の姿から、この街区全体を『Woven City』(ウーブン・シティ)と名付けられていて、2021年度初頭より順次着工の予定です。

 このウーブン・シティは、トヨタが実現に向けて、これまで構想を練ってきた「コネクティッド・シティ」に分類されます。トヨタが構想するコネクティッド・シティとは、世界中から先進的な企業や研究者に集まってもらい、CASE(コネクティッド=繋がる、オートノマス=自律運転システム、シェアード=共有化、エレクトリック=電動 を意味する造語)、AI、パーソナルモビリティ、ロボットなどの実証実験を行ってもらおうというものです。

 例えば公道では法的かつ安全面の問題から、実験中の自動運転車を自由に走らせることができませんから、こうした場所では実証実験を行うことが難しいです。一方で東富士の「ウーブン・シティ」であれば、この街はトヨタの私有地ですから、どんなモビリティを走らせても法令に触れるようなことはありません。ウーブン・シティでは街路には自動運転のクルマが行き交い、家のなかや商店においてサービスを提供するのはロボットやAI―といった将来像が示されています。

                …中略…

 計画地内に住宅(宅地)も整備されますが、そこで暮らす住民のイメージとしては、東富士の周辺地域の人々というよりも、世界中から集まった研究者やビジネスマン、及びその家族などが想定されていると思われます。具体的には、初期段階において、トヨタ従業員やウーブン・シティ開発のプロジェクト関係者をはじめ、2000名程度の住民が暮らすことを前提に置いています。さらに街作りを進めていくうえで、それぞれ独自プロジェクト実証の活用も含め、世界中の様々な企業や研究者などに対して参画を募っていくとのことです。

 将来的にはこの地で大勢の人が暮らし、生活環境に自動運転車や、ロボット、AIやIoTなどの最新のテクノロジーを取り入れて、技術を実証させながら、それらと共生していく社会を実現していくようです。自動車などのモノとインターネットがシームレスにつながり、そこから生まれる新しいビジネスモデルを世に発信していくには、うってつけの町となるでしょう。」(出典:記事「トヨタ自動車が目指す近未来都市『ウーブン・シティ』とは何か」ゼロ区)

(注3)米国の政府組織は、「連邦政府(Federal Government)」「州政府(State Government)」「地方政府(Local Government)」の3階層ある。そのうちの「地方政府」には、「カウンティ(County)」、「タウンシップ(Township)」、「シティやビレッジなどの地方自治体(Municipality)」、「学校区(School District)」、「特定区・特別区(Special District)」4分類がある。米国では、連邦憲法には地方団体に関する規定はなく、州政府には、州内の地方制度について規定する権限があるようになっている。米国では、州はある意味の「国家」であるので、このようになっているのであろう。なお、(一財)自治体国際化協会ニューヨーク事務所作成の「アメリカの州・地方政府の概要」(2016年5月)によれば、特定区・特別区は、全米で38,266団体(2012年国勢調査)あるという。

(注4)構造改革特区制度とは、「地域を限定して規制を緩和・撤廃し、地域経済を活性化させる取組み。日本では2002年(平成14)、小泉純一郎政権が構造改革の目玉政策として初めて創設を決めた。正式名称は構造改革特別区域制度。…以下、略」(出典:日本大百科全書(ニッポニカ)(小学館))

(注5)国家戦略特区制度とは、「特定地域で集中的に規制緩和や税制優遇を行い、経済の活性化に取り組む仕組み。正式名称は国家戦略特別区域制度。第二次安倍晋三(あべしんぞう)政権が2013年(平成25)、成長戦略の一環として創設を決めた。医療、農業、雇用、教育、都市開発などの規制を緩和し、ビジネス環境を整え、内外から人、企業、資金、情報を集め、国際的な経済活動の拠点形成を目的とする。省庁や業界団体などの抵抗が強い「岩盤規制」を崩し、国際競争に負けない都市づくりを目ざす。…以下、略」(出典:日本大百科全書(ニッポニカ)(小学館))

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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