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ルポ「ガザは今・2019年夏」・13「絶望する若者たち(中)」

土井敏邦ジャーナリスト
トランプ遊びで時間を潰す若者たち(映画のシーン)]]

――絶望する若者たち(中)――

【自主映画を制作した青年】

 モハマド・カーセム(20)は親族から集めた700ドルを制作費にして、一本の自主映画を作った。大学を卒業しても仕事のないガザの青年を描いた10分ほどの短編である。

「鏡がない…!」と題したその映画はこんな内容である。

 悪夢から目覚めた青年は、仕事もなく、ガザ市の街を歩く。景気が悪く暗い表情の店主。自動車修理工場の親方から罵倒されながらも家族が糊口を凌ぐためにじっと耐える若い工員。

 海岸で待ち合わせた大学時代の友人から、「明日、ガザを出る」と打ち明けられる。大学を出て4年経っても仕事がない。ガザを出て、「新しい人生をみつける」という。主人公の青年が「ガザに留まって、希望と目的をもち続けろ。辛抱するんだ!」と説得するが、友人は「『辛抱!辛抱!辛抱!』もううんざりだ!」と立ち去っていく。

友人にガザ脱出を打ち明けられる(映画のシーン)
友人にガザ脱出を打ち明けられる(映画のシーン)

 取り残された主人公は、こうつぶやく。

「僕は外国で人生を切り開くために、ガザを出ることには賛成しない。僕は辛抱するんだ。

そうすれば必ず幸せがくるんだ。誰もが夢をもつ。僕には大きな夢があるが、今はガザでは実現できない。

 でも僕は決めた。不可能に見える夢を持ち続けることを。なぜなら、ガザで夢を抱いたのだから。僕は決して絶望しない」

 この映画を制作したモハマド自身、大学を一学期で中退し、失業中だった。

 その心情をモハマドはこう語った。

映画を制作したモハマド・カーセム(2015年11月/筆者撮影)
映画を制作したモハマド・カーセム(2015年11月/筆者撮影)

【やり場のない絶望と怒り】

「就職の機会がないために、ガザでは失業率がとても高いんです。僕には5人の兄弟がいますが、4人は大学を卒業したけど、みんな露天商をしながら食いつないでいます。

 兄たちを見て怖くなります。ガザで最も重要なことは、生活していくための仕事をもつことです。だから、仕事の機会がないことが、青年たちを最も苦しめているいるんです」

「大半の若者たちには仕事がありません。工学を学んだ者がタクシー運転手をしていたり、博士号を持つ者が機械工として働いています。こういう友人がたくさんいて、彼らは暇を持て余し、『何か稼ぐ方法がないか』と探し回っています。たばこ代さえ稼げないでいます」

「もちろんこの現実にとても悲観しています。こういう厳しい状況で、希望を失うのは当然です。

 パレスチナ人の若者にとって未来は全く見えてこない。全力で新しい希望を生み出そうとしたり、自分の未来を信じようとしても、残念ながら外も内も、閉ざされています」

「この絶望感や怒りをどう発散しているかって?

 僕はずっと家にいるわけではありません。わめき散らし、家の中のものを壊してしまいそうだからです。エネルギーが有り余っているので外を歩き回ります。

 海岸に行くと、叫び続けます。自分の中のエネルギーを全部放出するんです。叫ぶことで、自分の中のエネルギーを発散しようとします。叫び 泳ぎ 走り 歩きます。疲れ果て、眠ってしまうまでにです」

ガザの海岸(2019年8月/筆者撮影)
ガザの海岸(2019年8月/筆者撮影)

「僕は、今のガザのパレスチナ人を象徴する若者の一人だと思います。悲しみ 絶望や挫折や倦怠感 怒り・・・。このガザの現実から逃げようとしています。

 以前は体重は111キロでしたが、将来のことを考え悩み、5か月間で15キロも減りました。『将来10年先どうしようか』『このまま人生が終わってしまう』と考えるんです。

 僕は、目を閉じ、夢を見ているときだけが幸せです。夢だけは誰も奪えませんから。目を閉じて夢を見ているとき、想像の中でその夢をかなえられます。しかし目を開けると、苦い現実を目の当たりにし、悲しみに襲われるのです」

【破滅的な行為に走る若者】

「絶望し泣いている友人たちを見ると、僕は同情してしまい、彼らの痛みを和らげようとします。『他人の痛みを見れば、自分の痛みが小さくなる』という格言を信じるからです。

 僕はある運動を始めました。有り余ったエネルギーや、言葉にできない思いを発散するためにです。

 黒い壁を作って、その中に人がガラス製の物を持って入り、それらを思う存分壊すんです。僕は、皿やコーラのビンや手に入るガラス製のものを集めてきました。怒りや絶望を抱いている人たちが、それを発散するために壊すんです。全てを破壊し尽くし、『もっとくれ』と頼む人もいました。ガザの青年たちが感情を発散するほんの一例です」

「ガザでは相手に対する忍耐がなくなってきました。他人に会っても、交流しようとしないんです。全ては仕事がなく、やることがないからです。誰も何もすることがなく、とにかくやることが欲しいんです」

「若者たちは交流が途絶え、悪い方向に向かっています。多くの若者がドラッグをやっています。仕事がないからです。破滅的な行為です。

 状況がこれまでより悪化すれば、死んでしまいます。このように考え続けたら、精神を病み気が狂うか、死んでしまいます。状況が好転することを僕は願っています。ずっと絶望と悲しみの中で生きていたくはないんです。

 こんな状況が続けば、ガザでの自殺率は高まります。住民の間で内部抗争や殺人が多発するでしょう。住民の半分は精神的に病んでしまいます。絶望のあまり、人と交流しなくなります」

「住民は今、限界の状態です。4年とはいわず1~2年後、住民は死ぬか、住民はみなガザを出ていくでしょう。大規模な民衆蜂起を起こすかもしれない。住民の全員が国境に行くかもしれません。

 絶望と挫折ばかりの人生はもうたくさんです」

【ガザを脱出して夢を追う】

「友人の一人は海からガザを出ていきました。僕より5歳年上でした。親子3人でです。

 5歳年上の彼は工学部を卒業し、仕事を探しましたが、結局、無駄でした。

 彼はずっとガザを出ると言っていました。何度も合法的にガザを出ようとしたけど、すべて失敗しました。だから国境のトンネルを通り、アレキサンドリアから海を渡り、ドイツに着きました。海を渡るので、ずっと怖がっていました。幸運にも家族全員が海で溺死することなく、無事でした」

「ドイツでの友人たちの写真を見ると、一緒に行かなかったことを今とても後悔しています。一緒に行っていればよかったと。だって今、私はガザを出ようと懸命なんですから。

 ただ当時、僕は国境を越えることが怖かったんです。

今僕は、ガザを出る計画をしているところです。ここを出て、将来を見いだし、夢を実現し、幸せになれるよう神が助けてくれることを願っています」

「残念ながらガザには劇場も制作会社も監督への支援もありません。全ての方面が閉ざされています。仕事も才能を伸ばす場所も全くないんです。

 だから僕の夢の実現に最も近い手段はガザを出ることです。仕事を見つけ、働きたいんです。私が望む人生を送りたいんです。誰もが送っているような人生です。電気や水があり、自由があり、旅行したり、他の人と同じように生きたいんです。そう生きることは私の権利です。

 僕はガザを出て、ほんとうの人生の意味を知りたいんです」

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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