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『鎌倉殿の13人』序盤戦の山場となった「上総謀殺」のインパクト

碓井広義メディア文化評論家
小栗旬さん演じる北条義時(NHK WEBサイトより)

5月に入りました。

気がつけば、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』も”序盤戦”が終了。すでに全体の3分の1まで来たことになります。

これまで、いくつもの印象的な回がありましたが、中でも4月17日に放送された、第15回の内容は凄まじいものでした。

「上総謀殺」のインパクト

描かれたのは、坂東武士の中心的人物であり、有力な御家人でもあった上総広常(かずさ ひろつね、佐藤浩市)の「謀殺」です。

源頼朝(大泉洋)への不満から御家人たちの反乱が起こります。そして北条義時(小栗旬)は、上総に敢えてこの企てに加担するよう依頼していました。頼朝も承知の上で。

やがて反乱は頓挫するのですが、頼朝は「全員を許す」の言葉をひるがえして、上総一人に責任を負わせようとします。

完全な「みせしめ」であると同時に、自分の脅威となりそうな者の「排除」と言えるでしょう。

見る側も、義時と同じく「人間・上総広常」の存在を好ましく思っていたこともあり、頼朝の決定に衝撃を受けたのです。

三谷脚本の冴え

この回、三谷幸喜さんの脚本が、常にも増して冴えていました。

まず、側近たちとの会議。頼朝が上総の処分を告げます。

「最初に思いついたのは、おぬし(大江広元)であったな」

「鎌倉殿でございます」

「(笑って)わしであった」

もちろん義時は知りませんでした。

「承服できません!」

「では誰ならいい。(反乱者の名簿を手に)この中で死んでいい御家人の名前を挙げてみよ!」

また、「御家人は使い捨て」だという、頼朝の残酷な言葉が追い打ちをかけます。義時もまさに、その御家人の一人なのです。

義時は、親友の三浦義村(山本耕史)に相談しました。しかし、冷静な義村は……

「わかってるくせに。(俺に)止めて欲しかったんだ。上総の所に行かない口実が欲しかったんだ。(お前は)頼朝に似てきているぜ」

こういう視点のセリフを言わせるあたり、さすが三谷さんです。

俳優陣、圧巻の演技

御家人たちが呼び集められた大広間。

その一隅で、梶原景時(中村獅童)とすごろく遊びをしている上総。

突然、景時が斬りつけます。逃げ惑う上総。何度も太刀をあびせる景時。

他の者と同様、義時もじっとしているしかありませんでした。

上総の驚き、悔しさ、悲しみが、佐藤浩市さんの迫真の演技によって、見る側にもひしひしと伝ってきます。

「お前も知っていたのか」という義時への疑い。義時の沈黙と涙。悟った上総。

たまりかねて、足を踏み出そうとする義時でしたが、頼朝は「来れば、お前も斬る!」と一喝。どこまでも冷徹です。

全てが終わり、立ったまま向き合う頼朝と義時。2人の顔のアップ。渋々、膝を屈する義時。

頼朝が言い放ちます。

「わしに逆らう者は何人も許さん。肝に命ぜよ!」

涙を拭おうともしない義時。

その目の奥には、これまで見たことのない暗い炎が揺れているようでした。佐藤さんと拮抗する、小栗さんの名演です。

さらに、上総が遺した書きものが見つかります。

そこでは「3年のうちやるべきこと」を挙げており、すべて「鎌倉殿の大願成就のため」と記されていたのです。

それを丸めて捨て、「あれは謀反人じゃ」と捨て台詞を吐く頼朝。冷血のダメ押しでした。

しかも、三谷脚本はここで終わりません。

上総謀殺という惨劇の裏で、義時の妻・八重(新垣結衣)が、長男(のちの泰時)を産むのです。

生と死の鮮やかな対比。

義時の中には「この子を死なせるものか」の決意があったはずです。

『鎌倉殿の13人』は、三谷版「ヒッチコックドラマ」か

思えば、ここまでの義時は、いわば「巻き込まれ型」の実直なキャラクター。

元々、武士らしい野心や功名心、出世欲や支配欲とは無縁の男です。

にも関わらず、北条の家に、坂東武士に、流刑人として現れた頼朝に、もっと言えば歴史という大波に巻き込まれる形で生きてきました。

実は、主人公が「巻き込まれる男」というのは、三谷さんが敬愛するヒッチコック監督が得意とした手法です。

『鎌倉殿の13人』は、三谷版ヒッチコックドラマなのかもしれません。

つまり、ここから思いも寄らないサスペンスの要素が加わってくる。

上総の死をきっかけに、義時は「巻き込まれる男」から「巻き込む男」へと、徐々に変貌を遂げていくのではないでしょうか。

想像をたくましくすれば、今後訪れる「頼朝の死」への関与があってもおかしくない。

それほどに、「上総謀殺」は義時の心に強く刻まれたはずです。

脚本・俳優・演出の熱量の総和によって、この回は見る側にとっても忘れられない、ドラマ序盤戦の大きな山場となりました。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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