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強まる中国の圧力に沈黙する市民。香港の現実を恐れず自分の表現で伝えていきたい

水上賢治映画ライター
「Blue Island 憂鬱之島」のチャン・ジーウン監督  筆者撮影

 いま日本において報じられるワールドニュースは、ほぼウクライナ一色になっている(※それでも戦争の長期化で報道の量はかなり減ってきてしまった)。

 ただ、当然のこととはいいたくないが、ほかの国でも武力衝突や紛争がいまも起きている。

 そこで、思い出してほしい。ほんの数年前、日本でもしきりに報じられていたのは香港の民主化デモに関するニュースだった。

 でも、いま香港について報じられるニュースはごくたまにある程度。めっきり少なくなってしまったと言わざるをえない。

 映画「Blue Island 憂鬱之島」は、改めて香港について深く考えるとともに思いを寄せることになる1作だ。

 あれだけ大規模な民衆によるデモがあった香港はいまどうなっていて、人々はどこへ進もうとしているのか?

 そのことを点ではなくこれまでの歴史という線でとらえようと試みている。

 手掛けた香港のチャン・ジーウン監督に訊く。(全四回)

「Blue Island 憂鬱之島」より
「Blue Island 憂鬱之島」より

いい意味でドキュメンタリー映画の枠組みや体裁にこだわらない

 最終回となる今回は、少し表現手法に寄った話を。

 本作は、文化大革命、六七暴動、天安門事件のそれぞれの体験者の証言などのドキュメンタリーパートと、その証言をもとにした再現ドラマで構成されている。

 ドキュメンタリーとフィクションというまったく違った手法をそれぞれ取り入れたのはどういうアイデアから出たのだろう?

「これは僕の表現者としての好奇心がはじまりといっていいです。こういう形にしたらどういう表現になるのか探究したい気持ちがまずひとつありました。

 なぜそういう思いに至ったかと言うと、ここ十数年ぐらい、僕は世界の映画祭を巡ることができて、いろんなドキュメンタリー映画に触れる機会を得ました。

 その中で、いい意味でドキュメンタリー映画の枠組みや体裁にこだわらないというか。

 わりと自由な発想を盛り込んだドキュメンタリー映画が世界にはいっぱいあって、僕はおもしろいと思ったんですね。

 だから、ドキュメンタリーにこの再現ドラマを入れ込むような手法は、もっとあっていいんじゃないかなと思って。

 ちょっと通常のドキュメンタリーとは違うかもしれないですけど、思い切ってトライしてみようと思いました。

 そういう新たな表現方法を見出したい気持ちがありました。

 それと、もうひとつ理由がありました。それはこの手法ならばなにか予想もしない化学反応が起こるのではないかと思ったんです。

 というのも歴史的大事件に直面した人たちの証言をもとにした再現ドラマのキャストは、現代の香港民主化デモに参加した学生らに頼みました。

 それは、過去の歴史の大きなうねりに翻弄された人物を、現代の香港の若者が演じることでなにか感じるところがあるのではないかと考えたからです。

 現代の香港の若者が、役を通して過去の歴史を追体験したとき、どんなことを考え、どんな感情が生まれるのか?

 ひじょうに興味がありました。また、歴史の継承みたいなところにもつながる予感もありました。

 それで、思い切ってこのような手法にチャレンジしてみることにしました」

「Blue Island 憂鬱之島」より
「Blue Island 憂鬱之島」より

再現ドラマを作ることによって、その人の証言が、

その体験がより明確に伝わるものになるのではないかと

ただ、周囲には止める人も多かったという。

「意欲的な試みではあるけれども、リスクもあるので、『考え直しては』『前と同様インタビューをきちんととればいいのでは』という意見はけっこういただきました。

 あと、再現ドラマを撮ろうとすると、ひじょうに困難が伴うんです。1970年代、1980年代を再現しようとすると、美術や場所探しなど実はものすごくお金がかかる。資金の問題が生じるので、そのことを心配してくれて『考え直しては』という人もいました。

 ただ、わたしはひとりの映画作家として新たなことにトライしたかったですし、それから、再現ドラマを作ることによって、その人の証言が、その体験がより明確に伝わるものになるのではないかと考えたんです。

ですから、うまくいくかどうかはわからなかったのですが、チャレンジしたいと思いました」

失敗を恐れずに、いろいろな表現手法にチャレンジしていきたい

 映画を見る側からすると、この試みは成功しているように思う。ただ、監督はなかなか難しいものを感じたようだ。

「たとえば、文化大革命のパートがありますけど、再現ドラマを撮り終えて、実際に運動に参加した方に聞いたんです。

 『どうですか、当時が再現できてますか?』と。すると残念ながら『いや、ちょっと違うかな』と答えが返ってきました(苦笑)。

 まあ、そう簡単なことではないことは重々承知していたのですが、記憶を再現することはほんとうに難しい。どうしても実際とは隔たりができてしまう。

 でも、一方で成功したところもありました。

 さきほど話したように再現ドラマには、香港デモに参加した学生らに演じてもらいました。

 彼らは時代のまったく違う若者を演じたわけですけど、どこか自分と重なるところがあって、ほとんどが役にシンパシーを抱いていた。

 自分たちより前に香港の未来をおもって闘っていた人がいたことに深い感銘を受けていました。

 そういう意味で、世代と世代をつなぐことができた。このことは大きな収穫だったし、この手法をとってよかったなと思います。

 これからも失敗を恐れずに、いろいろな表現手法にチャレンジしていきたいです」

【チャン・ジーウン監督第一回インタビューはこちら】

【チャン・ジーウン監督第二回インタビューはこちら】

【チャン・ジーウン監督第三回インタビューはこちら】

「Blue Island 憂鬱之島」より
「Blue Island 憂鬱之島」より

「Blue Island 憂鬱之島」

監督・編集:チャン・ジーウン

プロデューサー:(香港)ピーター・ヤム アンドリュー・チョイ/

(日本)小林三四郎 馬奈木厳太郎 

登場人物:チャン・ハックジー、アンソン・シェム、ティン・シウイェンほか

公式HP:blueisland-movie.com

全国順次公開中

場面写真は(C)2022Blue Island project

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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