市民は沈黙してしまった。このままでいいのか?香港の未来に危機を抱いて新たな一歩に踏み出す
いま日本において報じられるワールドニュースは、ほぼウクライナ一色になっている(※それでも戦争の長期化で報道の量はかなり減ってきてしまった)。
ただ、当然のこととはいいたくないが、ほかの国でも武力衝突や紛争がいまも起きている。
そこで、思い出してほしい。ほんの数年前、日本でもしきりに報じられていたのは香港の民主化デモに関するニュースだった。
でも、いま香港について報じられるニュースはごくたまにある程度。めっきり少なくなってしまったと言わざるえない。
映画「Blue Island 憂鬱之島」は、改めて香港について深く考えるとともに思いを寄せることになる1作だ。
あれだけ大規模な民衆によるデモがあった香港はいまどうなっていて、人々はどこへ進もうとしているのか?
そのことを点ではなくこれまでの歴史という線でとらえようと試みている。
手掛けた香港のチャン・ジーウン監督に訊く。(全四回)
デビュー作となる前作後、すぐに次への一歩へと踏み出したいと思いました
映画「Blue Island 憂鬱之島」の話に入る前に、チャン・ジーウン監督にとっての前作に当たる「乱世備忘 僕らの雨傘運動」の話から入る。
ジーウン監督のデビュー作でもあった同作は、2014 年、香港の若者を中心に起きた民主化要求デモ「雨傘運動」の79日間を描いた。
そして、山形国際ドキュメンタリー映画祭をはじめ、数々の映画賞を受賞。この経験をこう振り返る。
「2017年の山形国際ドキュメンタリー映画祭の<アジア千波万波>部門の小川紳介賞を受賞して、その後、日本でも公開されたわけですけど、当時は、なんだかすごく不思議な感覚の中にいたといいますか。自分のことではあるんですけど、自分の身に起こったように思えない感じだったんです。
というのも、『乱世備忘 僕らの雨傘運動』を作ったときは、まだ大学を卒業して間もないころ。ほんとうに小さなキャノンのカメラをもってただただ撮影に奔走した感じでした。たとえば、映像のクオリティといったこととか、ほとんど考えていませんでした。
つまり雨傘運動の当事者たちを追うことに一生懸命で、映像のことだったり撮影の方法といったことは二の次のようなところがあった。
ですから、ほんとうに小さなカメラで撮った映像で、画質もお世辞にもいいとはいえない。それを編集した作品が、山形国際ドキュメンタリー映画祭のときですけど、あのような大きなスクリーンで上映されて、多くの日本の方がみてくださいました。もちろん、多くの方にみてもらいたい気持ちはありました。けれども、このような小さなカメラで撮った小さな作品がこのように大きく羽ばたくとは想像していなくて、なんだか夢のようでした。
しかも、その上、賞までいただくことになって、ほんとうに心からうれしかったです。
ただ、一方で映画作家としては反省したといいますか。映像の画質の問題や撮影の手法など、もっと改善できた点があるのではないかと思いました。
この作品での反省を踏まえて、わたしはもっと映画について勉強して、映画制作に関して上達しなければならないと痛感しました。
また、『乱世備忘 僕らの雨傘運動』ではできなかった表現方法や映像の手法に挑みたいといった、映画作家としての意欲みたいなものも高まりました。
ですから、すぐに次への一歩へと踏み出したいと思いました。
それからありがたいことに、山形国際ドキュメンタリー映画祭で受賞したことは大きな助けになっています。
この受賞で、比較的早く次回作へ向けての資金のメドが立ったので、非常に感謝しています」
香港への世界の関心が薄れていたことへの危機感
実は、「乱世備忘 僕らの雨傘運動」の発表からあまり間を置かず、今回のプロジェクトに動き始めていたという。
「先ほど言った通り、山形国際ドキュメンタリー映画祭での受賞が2017年の10月のこと。同じ年の年末あたりから、この作品の撮影は既に始まっていました。
雨傘運動は2014年に起きて、『乱世備忘 僕らの雨傘運動』はその当時の香港を映し出しました。しかし、2017年の時点では、運動はもう終わりを迎えていました。
そして、正直なことを言うと、世界の関心も薄れていた。香港の人々や社会自体も、なにか疲弊感のようなものが充満してきて。『声をあげても仕方ない、声をあげてもなにも変わらない』といったようなあきらめムードが漂い始めていた。
そうなったときに、わたしは思いました。『このままでいいのか』と。
そう考えたとき、改めて、香港の市民社会であり市民生活、あるいは香港の今の政治体制と、きちんと向き合わないといけない、そういうことに視線を注いだものを取らなければいけないと思いました。
で、山形国際ドキュメンタリー映画祭のあと、すぐに新しい映画のプロジェクトを立ち上げようと思いました」
香港人のアイデンティティーはどうやって育まれていったのかを、描けないか
そこでこんなことを考えたという。
「まず、香港の歴史に着目しようと考えました。
歴史を振り返ってみると、香港で大きな運動が起きたのは、雨傘運動だけではない。
過去の歴史において、大きな政治的な事件や暴動が起きている。
そういったものをひとつひとつ検証して、どうやって香港の社会は形作られていったのか、香港人のアイデンティティーはどうやって育まれていったのかを、描けないかと考えました。
香港で起きた大きな事件を振り返り、その歴史の遍歴をたどることで、いまにつながる香港の市民の心の軌跡も浮かびあがるのではないかと思いました。
それから、『乱世備忘 僕らの雨傘運動』の最後の場面で、僕は運動に参加した若者に問いかけた。『20年後に信念を失っているのが怖いか?あなたは20年後、30年後も相変わらず今自分が信じていることを信じ続けるのか?』といったことを。
このことは、わたしに対する問いかけでもあったのですが、先ほど言った通り、2017年の香港はすでに運動直後のやる瀬ない思いが憂鬱さとなって、島を覆っていた。
雨傘運動を先導していた者たちが逮捕され、市民は沈黙してしまった。このままでいいのだろうか?と思いました。
そのことを前にして、20年後など言ってられない、もう問いに答える必要があるような気がして。香港における民主主義や自由をより深く再考しなければならない。
そのような作品を作ることはできないかと思いました」
(※第二回に続く)
「Blue Island 憂鬱之島」
監督・編集:チャン・ジーウン
プロデューサー:(香港)ピーター・ヤム アンドリュー・チョイ/
(日本)小林三四郎 馬奈木厳太郎
登場人物:チャン・ハックジー、アンソン・シェム、ティン・シウイェンほか
公式HP:blueisland-movie.com
ユーロスペースほか全国順次公開中
場面写真は(C)2022Blue Island project