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韓国ミュージカル『モーツァルト!』が日本でもオンライン配信、トリプルキャストを見比べてみた

中本千晶演劇ジャーナリスト
ヴォルフガングとアマデ ※記事内写真提供:EMK Musical Company

 「韓国のミュージカルはすごいらしい」

 そんな噂は、日本のミュージカルファンも聞き及んでいることだろう。もちろんソウルに足繁く通う熱心なファンもたくさんいる。かくいう私も2014年に観劇目的の「ソウル遠征」を試みたことがある。

 

 韓国ミュージカルの魅力、それは何といっても圧倒的な歌唱力だ。日本のミュージカル俳優は、歌、ダンス、芝居、それぞれ得意分野が違う様々なタイプがいるが、韓国の場合、基本的にどの俳優も日本でいう「歌が得意なタイプ」に分類されるレベルの歌唱力を持っている、という感じなのである。

 

 そんな韓国ミュージカルに、日本にいながらにして気軽に触れられる機会が訪れてしまった。ソウル・世宗文化会館大劇場にて8月9日まで上演されていたミュージカル『モーツァルト!』が8月9、10、11日と3日連続でオンライン配信されたのだ。配信は「PIA LIVE STREAM」と「uP!!!」で行われた。

 

 『モーツァルト!』は1999年にオーストリアで初演されて以来、世界中で上演されている人気のミュージカルだ。脚本・作詞はミヒャエル・クンツェ、作曲はシルベスター・リーヴァイ。かの『エリザベート』で知られるコンビである。

「僕は音楽」「運命から逃れたい」(ヴォルフガング)、「私は芸術家の妻だから」(コンスタンツェ)、「黄金の星」(ヴァルトシュテッテン男爵夫人)など、コンサートなどでも単独で歌われる名曲も多い(※)。

 日本では2002年に初演され、これまで井上芳雄、中川晃教、山崎育三郎、古川雄大が主役のヴォルフガングを演じている。韓国でも2010年に初演されて以来5度の再演を重ね、今年が10周年にあたる。

 今回、主役のヴォルフガングを演じたのは、キム・ジュンス、パク・ウンテ、パク・ガンヒョンの3人だ。何と今回の配信では、3名のバージョンがそれぞれ見られるという。

 キム・ジュンスは元・東方神起のメンバーとして知られるが、ミュージカル界でも活躍を続けている(2014年には幸運にも彼の『ドラキュラ』を観ることができた)。パク・ウンテは、かねてより韓国ミュージカル好きな友人からその名を聞いていて、一度舞台を観てみたいと切望していた人だ。そして、もう一人のパク・ガンヒョンも、今、注目度急上昇中のミュージカル俳優だという。

 俗な世間に翻弄されながらも命を削って曲を生み出さずにはいられない天才・ヴォルフガングを、果たしてこの3人はどう見せてくれるのだろう? 結局、誰か一人を選ぶことはできなくて、3公演セットで見ることにしてしまった。

天才ゆえの孤独と苦悩が描かれる
天才ゆえの孤独と苦悩が描かれる

 キム・ジュンスはチャーミングで誰もが愛さずにはいられないヴォルフガングだった。感情表現も豊かで、客席からの笑い声や歓声もひときわ多いような気がした。パク・ウンテは、明るさや大らかさの中に「選ばれし者」の品格が漂う。甘く切なく、ドラマティックな歌声には聞き惚れるばかりだ。パク・ガンヒョンは若々しく素直でちょっと世間知らずなところが守ってあげたくなる感じ。伸びやかな歌声が耳に心地よく、丁寧な歌い方に説得力を感じた。…やはり、三人三様なヴォルフガング像だった。

 天才芸術家の夫に置いてけぼりにされる孤独な妻・コンスタンツェもヘナ、キム・ヨンジ、キム・ソヒャンの役替わりだ。この役は「私は芸術家の妻だから」が一番の聴かせどころだが、強い意思を感じさせるヘナ、夢の中で酔いしれるように歌うキム・ヨンジ、そして本当に人生を楽しんでいるかの様に笑顔さえ見せながら歌うキム・ソヒャンとそれぞれ違い、決めの1曲への集中力と表現力に圧倒された。

ヴォルフガングの才能を食い物にするウェーバー一家
ヴォルフガングの才能を食い物にするウェーバー一家

 ヴォルフガングを取り巻く人々もダブルキャストになっているが、これまたそれぞれに違う。ユン・ヨンソク演じる父レオポルドはどこまでも厳格さを貫くが、ホン・ギョンスの方は慈愛に満ち、愛という名の束縛が息子を苦しめていくさまが哀しい。

 姉ナンネールも、チョン・スミは現実に立ち向かっていく強さを感じさせるが、対するぺ・ダへは純情可憐な雰囲気をたたえ、健気に弟に尽くす姿が切なかった。

 名曲「黄金の星」を歌うヴァルトシュテッテン男爵夫人も、それぞれ違うやり方でヴォルフガングを真に自由な芸術家へと導く。シン・ヨンスクは強く毅然としており、時に厳しくヴォルフガングの背中を押すが、キム・ソヒョンは気高く優雅で、ヴォルフガングにとって癒しと救いの存在であるように見えた。

 面白かったのがコロレド大司教のキャラクターだ。ヴォルフガングの才能を誰よりもわかっているが、その才能を支配下に置こうとする存在である。日本では初演時からずっと演じている山口祐一郎のイメージが強烈だが、今回の二人はどちらもそれとは違う。

 ミン・ヨンギは「科学と真理に仕えるしもべ」であり冷徹な佇まいだが、一転して旅の途中の場面でのユーモラスな芝居とのギャップに人間味を感じさせる。いっぽう、ソン・ジュノの方はぐっと若くて野心家であり、二枚目のコロレドだ。これまでのヴォルフガング対コロレドの関係性と違う対等な感じのバトルが、とても新鮮だった。

斬新な舞台美術も見どころ
斬新な舞台美術も見どころ

 韓国版の『モーツァルト!』にはこれまで大きく3つのバージョンの演出スタイルがあるそうで、日本の小池修一郎氏も2016年に演出に携わったことがある。

 この作品には「アマデ」と呼ばれるヴォルフガングの分身のような少年が登場するが、このアマデに関して、今回は「本当の自分」あるいは「ヴォルフガングの才能そのもの」を表す存在としてわかりやすく描かれている気がした。

 また、家族としての秩序を守ることが幸せにつながるとする考え方が日本版よりも強調されている印象を私は受けた。ヴォルフガングが家族を思う気持ちとの間で揺れるさまも明確に伝わってきて、それだけに父がアマデを抱きしめて終わる(本当のヴォルフガングを受け入れる)ラストは胸に迫るものがあった。

ヴォルフガングとアマデの関係からも目が離せない
ヴォルフガングとアマデの関係からも目が離せない

 フィナーレは全員で「黄金の星」を歌い継ぐという趣向。「壁の向こうに、空に向かって飛び立ちなさい」というメッセージは、まさにコロナ禍で気持ちまで閉じこもりがちな私たちを勇気付けるものであり、3日連続で、画面の前でひとり涙してしまった。

 一つの役に対して色々な方向から光を当てることで全く違う演じ方ができること、そして、一曲の歌によって、これほどまでに豊かで多様な表現ができるのだということに驚かされた3日間だった。そして『モーツァルト!』という作品の魅力の奥深さにも改めて気付かされた。これも3公演を連続して見比べたから感じ取れたことだろう。

 

 だからこそ「劇場で生で観たい」という思いは募る。この状況が落ち着いたら、今度こそは再びソウルを訪ねるぞと心に誓ったのだった。

※楽曲名は韓国語でのタイトルを表記しています。日本語でのタイトルは以下のとおりです。

「僕は音楽」→「僕こそ音楽」

「運命から逃れたい」→「影を逃れて」

「私は芸術家の妻だから」→「ダンスはやめられない」

「黄金の星」→「星から降る金」

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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