日本人向け幼稚園、新型コロナウイルスで異例の閉園 失われる学びと伝統、行き場をなくす子どもたち
ニューヨーク近郊にある主に日本人の子どもが通う幼稚園(休園中)が、地域での新型コロナウイルス感染拡大を受けて閉園を決めた。衛生管理の強化などに伴うコスト増で資金繰りが厳しくなると見越して再開を断念、6月末で約四半世紀続いた歴史に幕を下ろす。米国にある日系の教育機関が、コロナウイルスの影響で経営に行き詰まるのは異例。日本の文化や伝統を重んじて季節ごとの行事を行い、日系コミュニティーの振興に一役買ってきただけに、現地日本人の間には動揺が広がる。
感染が深刻だったニューヨーク市は、今月8日から一部の業種で営業が再開して順次規制解除が進む一方、間もなく夏休みに入る子どもたちは一層厳しい状況に置かれることも予想される。「サマーキャンプ」と呼ばれる毎年恒例のプログラムの大半が今年は実施されないためだ。
例年夏場は子どもと共に一時帰国して日本で過ごす親も多いが、再入国をめぐる米トランプ政権の方針転換などを不安視し、帰国をためらう家族も少なくない。
コロナ禍の今、子どもたちはどこでどのように過ごすべきか――。難しい判断を迫られている。
24年の歴史に幕
9月以降もまだCoronavirusの影響で正常な保育は望めず、お子様と職員の安全を守ることを優先に考えますと、学園を再開すべきではないという判断に至りました。
ニューヨークに隣接するニュージャージー、コネティカット両州にそれぞれある「あすなろ国際学園IAAS」と「グリニッチ国際学園」は今月上旬、苦渋の決断について学園のホームページで知らせた。園内施設の徹底した衛生消毒、1クラス10人以下、テーブルに座れる上限は2人といった種々の制約を踏まえ、園が再開したとしても「社会生活を養うためにお友達と一緒に歌ったり、踊ったり、協力して一緒に何かを成し遂げるという本来の保育の姿は全く想像できない状態」(両園を運営する学園の山本薫園長)だと苦しい胸の内を吐露した。
1997年設立の各園は2~6歳が通う「NY近郊のマルチランゲージ幼稚園」と銘打ち、日本人と米国人の先生が協力してクラスを担任していた。節分やひな祭り、七夕、七五三といった日本の伝統行事を重んじ、日米のバランスの取れた教育がモットーだった。
フェイスブックにはそうした行事や空手、ハロウィーンなどに興じる子どもたちの楽し気な様子が折々投稿されていた。今年の3月上旬までは――。
学園のホームページやブログには、コロナウイルスの影響で休園する旨が3月に掲載されていたが、その後特段の動きはなかった。そして6月、
学園施設を閉鎖したままレント、設備費、保険、諸経費を維持することは財政上不可能なため、不本意ではありますが、(中略)6月末をもちまして閉園をすることに決定いたしました。
困難なオンライン保育
ニューヨークやニュージャージーの公立キンダーガーテン(幼稚園)や日系の幼稚園・保育園の中には、パンデミック(世界的な流行)を受けてオンラインで保育を行っている所もある。しかし大人が子どもの近くで補助しなければ成り立たず、預かって保育するという本来の目的が果たせていないのが実情だ。そのため、やむなく退園を決めたり、通常の保育が再開するまで一時通園を取りやめたりする家庭も増えてきているという。
そうしたケースが相次げば、先述の2園同様、経営が難しくなる教育機関が出てくるとも限らない。
日本もこの春、感染を恐れて保育士が退職するなどして閉園した保育園があったが、やはり異例のことだった。
異例ずくめの夏
米国は6月に学校の卒業式、終業式が行われ、子どもたちは9月上旬まで3カ月近い長い夏休みに入る。
子どもたちの夏の過ごし方をめぐり、駐在などで米国に住んでいる日本人家族には例年、いくつかの選択肢がある。夏季限定の子ども向けプログラム「サマーキャンプ」への参加や、日本に一時帰国して過ごすことを選ぶ家庭が多い。
サマーキャンプの実施主体は市や企業、団体などさまざまで、子どもたちが動物園や水族館に連日通って動物などの生態を学んだり、郊外の森や川に泊り込んで自然と触れ合い仲間と絆を深め合ったり、アップルが直営店「Apple Store」でムービーの作り方を教えたりと内容も多種多様だ。
しかし今夏はコロナウイルスの影響で、そうした取り組みが軒並みキャンセルになっている。
感染者数の減少を踏まえ、サマーキャンプを条件付きで認める行政方針が出始めてもいる。方針は下表の通り州ごとに異なる。
ただ、下記のニューヨーク・タイムズ紙のように、対面でのサマーキャンプ実施に伴う感染拡大を危ぶむ見方もある。例年なら「3密」になるようなプログラムも目立ち、主催者側にとって実施のハードルはかなり高いものになりそうだ。
苦肉のバーチャルキャンプ
感染のリスクを避けながら、オンラインでバーチャルのサマーキャンプを行う動きもある。
無料のプログラムもあれば、高度にデザインされたSTEM(Science, technology, engineering, and mathematics)教育の有料コースもある。小学生高学年以上の子どもは授業などでデジタル機器の操作に親しんでいるため、そうしたオンラインの講座にも比較的抵抗は少ないだろう。「Varsity Tutors」は、ズームを通じた無料のオンラインプログラムを多数用意している。
ただバーチャルサマーキャンプは、より低年齢の子どもほど自律的に取り組むのは難しそうで、大人のサポートを必要とする。また日本と違い、米国は子どもだけで留守番や買い物をできる年齢は州法などで決まっており、違反すれば罰せられる。例えば、ニューヨークではおおむね12歳以上なら1人で居ても良い。
それより小さい子どもを持つ共働きの親などは今夏をどう乗り切るか。
との指摘の通り、今から頭痛の種となっている。在宅勤務が可能な人はまだマシだろうが――。
ちらつく大統領令
日本へ一時帰国して夏を過ごすケースもあるが、コロナウイルスによる不透明感に加え、予測不能なトランプ氏の動向を懸念する声は根強い。
つい先日も「トランプ政権、就労ビザなど一時発給停止を検討」(6月11日付ウォール・ストリート・ジャーナル“Trump Administration Considers Suspending H-1B, Other Visas Through the Fall”)といった報道があり、肝を冷やした家庭は少なくない。
報道によれば、既にビザを取得している人は対象外とされる。ただ、これまでのトランプ氏の言動を踏まえると、例えば、一時帰国中に急きょ大統領令が発動されて再入国できなくなるような不安が付きまとう。そうした懸念が頭をよぎり、帰国に二の足を踏む家庭の心境は想像に難くない。
不安を煽るわけではないが、米国は8月下旬に感染の第2波が襲来し、9月に再び感染者が急増するとのワシントン大学の予測もある。依然先行きが見通せない中、行政も企業も個々人も、難しい選択が続く。
(※ 特に注記のない写真は筆者撮影)