【今日はドレミの日】千年前、音階が生まれた 半田ごてからの起業物語 音楽生成AI・SOUNDRAW
全てのクリエイターにリスペクトを――。
そうした思いを込めて「AI(人工知能)×音楽」で世界を舞台に勝負するベンチャー、SOUNDRAW(サウンドロー)はスタートアップが集結する東京・渋谷に拠点を構える。同名の音楽生成AIサービスは、「ロック」「R&B」「ラテン」などのジャンルや「ハッピー」「ドラマチック」といった情緒性・ムードをユーザーの好みに応じて掛け合わせてチューニングすることで、AIが自動で作曲する仕組み。アップビートやダウンビート、ブルースなどメロディーラインは自由自在だ。
そんな音楽生成の無限性を追求するドレミの魔術師、創業者の楠太吾CEO(最高経営責任者)は、大学時代にのめり込んだダンス、そして音楽の創作を広く普及、民主化させようと果断な挑戦を続ける。
6月24日は「ドレミの日」。1024年のこの日にイタリアの僧侶グイード・ダレッツォ(Guido d'Arezzo)が音階を「ドレミファソラシド」と定めたとされ、この日は世界的に「ドレミの日」となっている。
モノづくりがしたい
楠氏がAIを活用した今の音楽生成サービスの開発に取り組み始めたのは2018年。もともと2013年の新卒時には、さまざまな業界に対応するチェーン製造大手の椿本チエインに入り、モノづくりの現場を学んだ。入社して最初の3年間のうち、1年半は現場実習で京都府京田辺市にある工場の製造ラインに立つ日が続いた。
「面白くてやりがいはあった。ただ、一度しかない人生、何か自分の手で新しいものを生み出したいという思いが募っていた」と当時を振り返る楠氏。関西の中小企業の経営者の話を聞いてはアイデアや目標を膨らませていった。
そうした折、特殊鋼を扱う商社の社長との出会いが運命を変えた。社長は新規事業を次々と立ち上げ、IT分野の開拓に精力的だった。そのビジョンに魅了され、熱烈に自身を売り込み勇んで入社。ただ、いざ入ってみると「考えていたより開発環境が整っておらず、自分で全部しないといけなかった」。
加えて楠氏自身、「プログラミングは全然やったことがなかった」と言い、独学で勉強を開始。東京・秋葉原にあるコワーキングスペースに連日こもっては、プログラミングや半田ごての扱いを学んでいった。「3カ月以内に何か作らな死ぬ」ような気概と切迫感をもって臨んでいた。
「頭がちぎれるほど」に知恵を絞って生まれたのが「SoundMoovz(サウンドムーブズ)」という手首や足首に着けるリストバンド型の音楽ガジェットだった。装着して踊ることでデバイスがその動きを感知してデータ化、音楽に変えるユニークな仕組みだ。「音楽に合わせて踊るんじゃなくて、踊ることで音楽を奏でる」という逆転の発想は、大学時代にダンスの全国大会で2度の優勝経験を持つ楠氏ならではの着眼点と言える。
秋葉原の同じ作業場にいた英国人が、試作中のSoundMoovzを見て「海外でも売れる」と絶賛。楠氏は促されつつ、香港で開かれた玩具の展示会に製品のプロトタイプを10個ほど持ち込んだ。
英語はあまり喋れなかったが、得意のダンスを披露しながら製品をプレゼンした。それが大注目を浴び、受注数は5万、10万と膨らんだ。量産できる工場を中国などで急いで探し、生産体制を整えた。最終的にSoundMoovzは17カ国で40万個を売り上げて大ヒットした。
地獄が始まった
SoundMoovzで最初の成功を収めた楠氏だったが、そうしたガジェットははやりすたりのサイクルが速く、SoundMoovzのブームが去りつつあると感じていた。
SoundMoovzの成功から資金と経験を得て、次の一手を探っていた楠氏が出会ったのは「AI×音楽」だ。AI作曲の技術に触れ、その革新性に未来を見いだした。
当時、音楽を生成するAIの分野で最先端を行く人物から協業の打診もあったが、1億円に上る契約金の支払いを求められ、驚愕しつつ二の足を踏んだ。「それなら自分で作ってしまおう」と音楽の生成方法を調べ始めた。
最初は作れそうな手ごたえを得ていた。しかし、「そこからが地獄だった」と楠氏は苦々しく述懐。「全然うまいこと曲ができない。教師データを学習させて出来上がった曲はもうめちゃくちゃで、猫がピアノの上を歩いているみたい」だったと苦笑する。一方、SoundMoovzのガジェットが生んだ儲けもAIの開発費などでどんどん目減りし、「『やばいやばいやばい』と焦り、ほんまにしんどい時期だった」と回顧する。
急がば回れと、地道な改善を繰り返し、人と区別がつかないレベルの楽曲を生成できるようになった。ブラインドテストでは、AIが作った曲と人間が作った曲が同程度の評点を得て、曲の作り手がAIか人間か判別できないほどの品質に達した。楠氏は自信を深めていった。
グローバル戦略
SOUNDRAWのホームページは、英語に重きを置いて構成されている。
「音楽は非言語なので、グローバルに出やすいジャンルだと感じていた。SOUNDRAW開発のDay1(デイワン)からグローバルに出られるような形で準備してきた」と楠氏は語る。初めから海外市場を狙って事業展開を見据え、既に米国ニューヨーク市に拠点を開設。「海外展開を加速させようとしていたところ、生成AIの波が来た」と現状を捉える。
また、デバイスありきのSoundMoovzと違い、SOUNDRAWは全てデジタルコンテンツとし、インターネットで完結するビジネスモデルにしている。
売り上げの海外比率は、創業初期は30%ほどだったが、現在は欧州と北米とで全体の約80%を占める。海外展開は今後さらなる加速が見込まれる。
2023年にはデザインプラットフォームを手掛けるオーストラリアのCanvaのオフィシャルパートナーとなり、同社のアプリケーションにSOUNDRAWのサービスがAPIで連携された。このほか、米国や中国のスタートアップとも組み、業容を広げる。
ブランドの周知にも余念がない。SNS・インスタグラムのフォロワー数4000万人超という人気ラッパー、ニューヨーク市ブロンクス区出身のフレンチ・モンタナ(French Montana)や、同ブルックリン区のMC、ファイビオ・フォーリン(Fivio Foreign)といったインフルエンサーとも組み、PRに力を入れる。
著作権フリー
生成AIが大きく注目されるようになった2023年以降、AIの学習過程や生成物をめぐる著作権侵害の懸念は日増しに強まっている。
その点、SOUNDRAWは「ロイヤリティーフリー」を掲げ、自ら著作権を持つデータを用いているのは強みだ。AIに学習させるメロディーやドラムといった音源データは第三者の著作物を使わず、SOUNDRAWが自ら用意し、内製化している。つまり社内の"作曲家"がデータをこしらえるのだ。
そうした音楽のプロの手を介した高い完成度の生成AIミュージックに加え、著作関係が明快な音源を利用できる安心感が支持され、ユーザーは国内外で増え続けている。
一方、にわかに増える歌手や声優の音声を生成するAIに関し、楠氏は「僕らはあくまでアーティストやクリエイターを手助けするツールを提供するところに徹したい。そうした方々の仕事を奪うようなことは本意でない」と強調。当面は作曲AIに専念する考えだ。
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著作権への配慮や楽曲に対する愛、クリエイターへのリスペクトがあふれるSOUNDRAW、そして楠氏。「世界一の作曲サービスをつくる」。創業時からのビジョン、旗幟を鮮明にし、SOUNDRAWはさらなる進化を遂げ、高みを目指していく。
・SOUNDRAW ホームページ
・SOUNDRAW YouTube
https://www.youtube.com/@SOUNDRAW
・SOUNDRAW X(Twitter)
楠太吾(くすのき・だいご)CEO